第3話 「最初の調査」
陸軍省での辞令交付を終えた栗林晴翔は、藤田副官に案内されながら、参謀たちが待つ作戦会議室へ向かっていた。
廊下を歩くたび、すれ違う将校たちが一斉に敬礼する。
晴翔はそのたびに胸の奥がざわついた。
――自分は今、栗林忠道として見られている。
その事実が、現実味を帯びて迫ってくる。
会議室の扉が開くと、十数名の参謀が一斉に起立した。
「栗林閣下、着任おめでとうございます!」
晴翔は軽く頷き、席に着いた。
机の上には、硫黄島の地図、兵力一覧、工兵隊の編成表、そして補給状況の報告書が並んでいる。
参謀長が口を開いた。
「閣下、硫黄島の現状についてご説明いたします。
まず、兵力は――」
晴翔は手を上げて制した。
「その前に、一つ確認したい。
……硫黄島の水源は、どうなっている?」
参謀たちは顔を見合わせた。
その中の一人が答える。
「水源は……ほとんどありません。
島には湧水がなく、雨水を貯めるしか……」
晴翔は深く息を吐いた。
――やはり、史実通りだ。
硫黄島最大の弱点は「水」だった。
兵士たちは常に脱水状態で、戦闘力は著しく低下した。
晴翔は現代で何度も資料を読み、そこに“改善の余地”を見出していた。
「工兵隊を増強する。
井戸を掘るための資材を、今のうちに可能な限り島へ送れ」
参謀たちがざわつく。
「い、井戸でありますか? 硫黄島は地熱が高く――」
「掘っても熱湯しか出ない可能性が――」
晴翔は静かに言った。
「可能性があるなら、やる。
水がなければ、戦い以前の問題だ」
その口調は、大学生のものではなかった。
栗林忠道の身体が持つ“指揮官としての威厳”が自然と滲み出ていた。
藤田少佐が一歩前に出る。
「閣下のご命令、工兵隊に伝達いたします」
晴翔は頷き、次の資料を手に取った。
「地下壕の換気計画はどうなっている?」
参謀の一人が答える。
「現在、換気孔は各壕に一つずつ設置予定ですが……
砲撃で潰れる可能性が高く――」
「二重化する。
換気孔は最低二つ。
壕同士を連結し、空気の流れを確保する。
火炎放射器対策にもなる」
参謀たちは驚愕の表情を浮かべた。
「か、閣下……そのような工事を行えば、工期が――」
「工期は延びる。だが、兵の命は守られる」
晴翔は地図を指でなぞりながら続けた。
「摺鉢山周辺の陣地は再配置する。
米軍は必ず南から上陸する。
史……いや、地形的にそうなる」
危うく“史実”と言いかけて、慌てて言い直した。
だが参謀たちは気づいていないようだった。
参謀が慎重に口を開く。
「閣下……水際撃滅を主張する者も多くおります。
特に古参の将校たちは――」
晴翔は即座に言った。
「水際撃滅は行わない。
敵の艦砲射撃で全滅するだけだ。
反対する者がいれば、全員更迭する」
会議室が静まり返った。
皆が小さく息を呑む。
「……承知いたしました。
閣下のご判断に従います」
晴翔はゆっくりと立ち上がった。
「まずは、硫黄島をこの目で見る。
視察に向かう準備をしてくれ」
藤田少佐が敬礼する。
「はっ。閣下、すぐに手配いたします」
晴翔は窓の外を見つめた。
夕陽が沈み、東京の街に夜が訪れようとしている。
――ここから始まる。
――史実とは違う硫黄島を作るための戦いが。
その夜、宿舎に戻った晴翔は、疲れた身体を布団に沈めた。
「……現代に戻れれば、もっと調べられる」
そう呟いた瞬間、意識がふっと途切れた。
次に目を開けたとき、そこは――
見慣れた自分のアパートの天井だった。




