第17話 「見せる壕、隠す壕」
夜の闇が薄れ、硫黄島に朝の光が差し込む。
摺鉢山の影が長く伸び、島全体が静かに息をしているようだった。
栗林晴翔――栗林忠道中将としての晴翔は、参謀と工兵隊長を伴い、島の南部へ向かっていた。
「今日から、偽装と欺瞞の構築に入る。
米軍は必ず、我々の位置を探ろうとする。
その目を徹底的に欺く」
工兵隊長が頷く。
「閣下。偽装壕の案、拝見しました。
あれほどの数を……本当に作るのですか?」
晴翔は静かに答えた。
「必要だ。
“見せる壕”と“隠す壕”を明確に分ける」
晴翔は地図を広げ、指で示した。
「ここからここまでの海岸線に、偽装壕を大量に作る。
入口だけを作り、内部は浅くていい。
米軍の偵察機に“ここが主陣地だ”と思わせる」
参謀が驚いた顔をする。
「しかし、艦砲射撃で破壊されてしまいます」
晴翔は頷いた。
「それでいい。
敵の砲撃を“偽の壕”に吸わせるのが目的だ」
工兵たちがざわついた。
「本命の壕は……?」
晴翔は北部の岩盤地帯を指した。
「ここだ。
地質調査で判明した硬い岩盤の下に、本命の壕を掘る。
敵の砲撃は届かない」
参謀たちは息を呑んだ。
次に晴翔は、通気孔の図面を広げた。
「通気孔も偽装する。
本物は角度をつけて地形に隠す。
偽の通気孔は、わざと目立つ位置に作る」
工兵隊長が目を見開く。
「敵の火炎放射戦車は……偽の通気孔を狙うわけですな」
晴翔は静かに頷いた。
「火炎放射器は直線しか撃てない。
偽の通気孔に炎を吸わせ、本命の壕は無傷で残す」
兵士たちがざわつく。
「そんな……本当にできるのか……?」
晴翔は言った。
「できる。
地質調査の結果がある。
我々には“地の利”がある」
晴翔はさらに続けた。
「海岸線に“囮陣地”を作る。
鉄条網、土嚢、銃眼……すべて偽物だ。
米軍は必ず写真偵察を行う。
その目を欺く」
参謀が問う。
「兵は配置しないのですか?」
「しない。
水際撃滅は行わない。
兵は地下に潜り、敵が散開したところを撃つ」
兵士たちの表情が引き締まる。
偽装壕の工事が始まると、兵士たちの間に奇妙な空気が流れた。
「本当に……こんなに偽の壕を作るのか?」
「敵を騙すためだろ。閣下の考えはいつも先を行ってる」
「本命の壕は……どこなんだ?」
「それは俺たちにも分からん。だが、それでいいんだ」
晴翔はその会話を聞きながら、胸の内で呟いた。
――混乱ではない。
――これは“情報の統制”だ。
――兵が全てを知る必要はない。
――知るべきは“生き残る方法”だけだ。
晴翔は司令部に戻り、机に向かった。
――偽装壕の配置はこれでいい。
――だが、米軍は必ず航空写真で分析してくる。
――影の落ち方、土の色、掘削跡……
――現代の資料で、航空偵察の癖を調べておく必要がある。
晴翔は深く息を吸った。
「……次に戻ったら、航空偵察の研究だ」
視界が揺れる。
眠気が襲う。
机に突っ伏した瞬間、意識が沈んでいく。
次に目を開けたとき、そこは静かなアパートの天井だった。
晴翔は息を整え、ノートを開いた。
「航空偵察の癖……影の分析……
偽装を見破られないための研究をしないと」
未来を変えるための準備は、まだ続く。




