第16話 「島が戦場へと変わる」
軍令部伝達から一夜明けた硫黄島。
摺鉢山の麓には、昨日とは明らかに違う空気が漂っていた。
兵士たちの顔つきが変わっている。
恐怖ではなく、覚悟の色が宿っていた。
栗林晴翔――栗林忠道中将としての晴翔は、司令部前に立ち、参謀たちを集めた。
「今日から、湿気対策と夜間奇襲訓練を本格的に開始する。
兵站の再点検も同時に行う」
参謀たちは力強く頷いた。
まず晴翔は、地下壕の湿気対策を確認するため、工兵隊とともに壕へ向かった。
壕に入ると、むっとする熱気と湿気が肌にまとわりつく。
兵士たちは汗を拭いながら作業を続けていた。
工兵隊長が報告する。
「閣下。乾燥壕の設置が完了しました。
通気孔も角度をつけて掘り直しております」
晴翔は壕の壁を指でなぞった。
水滴がつくが、以前よりは少ない。
「水抜き穴は?」
「はい。壕の低い位置に複数設置し、排水路に繋げています」
晴翔は頷いた。
「よし。
寝床は必ず高床式にしろ。
地熱を避け、湿気を溜めないようにする」
兵士たちが声を揃える。
「了解!」
――湿気は兵を殺す。
――火薬も殺す。
――だからこそ、最優先で潰すべき敵だ。
次に晴翔は、弾薬庫の視察に向かった。
地下深くに分散配置された弾薬庫は、木箱が整然と並び、乾燥材が敷かれている。
兵站将校が報告する。
「閣下。弾薬は三十箇所に分散し、湿気対策も完了しております。
入出庫記録も、班ごとに毎日つけております」
晴翔は帳簿を手に取り、目を通した。
――数字が揃っている。
――無駄がない。
――これなら、長期戦に耐えられる。
「よくやった。
この管理を続けろ。
弾薬は命だ。
絶対に腐らせるな」
兵站将校は深く頭を下げた。
日が沈むと、晴翔は兵士たちを集めた。
「これより夜間奇襲訓練を行う。
敵の補給線を断ち、消耗させるための訓練だ」
兵士たちは闇の中で整列し、息を潜める。
晴翔は低い声で続けた。
「夜は我々の味方だ。
音を立てるな。
光を漏らすな。
撃ったらすぐに壕へ戻れ。
長居はするな」
兵士たちは頷き、闇の中へ散っていく。
晴翔はその背中を見つめながら、胸の内で呟いた。
――史実では、夜間奇襲は兵の士気を保つ最後の手段だった。
――だが、今は違う。
――戦術として、計画的に使う。
訓練を終えた兵士たちが戻ってくる。
汗と土にまみれながらも、表情は明るい。
「閣下! 壕間連絡路の移動が以前より速くなりました!」
「敵の背後に回り込む訓練、手応えがあります!」
「夜の島は静かで……逆に落ち着きます」
晴翔は彼らを見つめ、静かに頷いた。
「よくやった。
この島は、諸君の手で“戦える島”になりつつある」
兵士たちの胸が誇りで膨らむ。
司令部に戻ると、晴翔は机に向かい、地図を見つめた。
――湿気対策は進んだ。
――弾薬庫も整った。
――夜間奇襲も形になりつつある。
だが、まだ足りない。
――米軍は必ず、想像を超える力で来る。
晴翔は拳を握った。
「……次は、壕の“偽装”と“欺瞞”だ」
視界が揺れる。
眠気が襲う。
机に突っ伏した瞬間、意識が沈んでいく。
次に目を開けたとき、そこは静かなアパートの天井だった。
晴翔は息を整え、ノートを開いた。
「……偽装壕、偽の通気孔、囮陣地。
全部、調べておく必要がある」
未来を変えるための準備は、まだ続く。




