7話「遅延性の死者蘇生」
これは無理だ。
無慈悲な光の刃。
認識する間もなかった。
容赦なく、俺は切り裂かれた。
見えなかった。
回避なんてできるわけがない。
ゲームで培った経験。
どうにかして助かるという幸運。
そのどちらも通用しなかった。
俺はゆっくりと腹を触る。
指を見ると、驚くほど赤い。
これほどの血を見たのは初めてだ。
「まもなく馬車が迎えにきます。
貴方の死体は、主様の研究施設に運ばれるのです」
アルタは光の剣を払う。
鎧の音を立て、俺に近づいてくる。
あぁ、視界がぼやけてきた。
彼女の手が重なって見える。
俺に伸びてきて、どうするつもりだよ。
「全ては主様のために、有効活用させていただきますね」
ダメだ。
自分の死なんて認めたくない。
だが流れ出る血が、諦めろと訴えてくる。
ほら、耳もおかしくなってきた。
バチバチと弾けるような、変な音が聞こえてきて――
「ッ!? なにッ!」
アルタは驚きの声を出した。
視界からアルタが消えたと思ったら。
俺の目の前を、赤い閃光が通過した。
激しい音が鳴った。
その方に視線を向ける。
民家の壁が、ぶち破られて煙が出ていた。
「……えぇ?」
火花が散っている。
ビリビリと空気が揺れた。
その場に残留した光が、朦朧としていた俺の意識を呼び戻した。
何が起きているんだ?
奥から足音が聞こえてくる。
その足音は、この静寂の中で一際強く響いた。
「あ、あの子は」
覚えている。
昼の冒険者ギルドにいた、赤髪の女の子だ。
その彼女が、閃光が飛んできた方向から歩いてくる。
女の子は腕を突き出していた。
紅色の電気がビリビリと渦巻き、まとわりついていた。
「この私を攻撃するとは、どこの誰です?」
突き破られた民家の中から、アルタが出てきた。
どこにも傷はない。
余裕ある態度で、女の子に問いかけた。
「見覚えのない顔……主様の支配外の人間ですか」
「星国の騎士アルタ。魔神の眷属はあなたね?」
赤髪の女の子とアルタが対峙する。
臨戦寸前の空気だ。
目の前で繰り広げられる問答。
「いかにも。そういう貴女はどこのどなたです?」
ちらり。
俺は女の子に、横目で見られた気がした。
だがその目線は、すぐにアルタへ戻される。
「――ここで殺る。そこの彼のためにも」
なんだよ、それ。
彼って誰だ。
もしかして俺か?
女の子はローブを脱ぎ捨てた。
素顔と肌を露わにする。
見えづらかった赤髪と、眉をひそめた表情。
そして、両腰に2本の短剣が携えてあった。
それを素早く引き抜いて、女の子は構える。
「おかしなことを。すでに死んだ者を気遣ってどうなるのです。今さらでてきて、私と戦う?」
アルタは剣を提げて、嘲笑った。
おい、一応まだ生きてるぞ……。
死ぬ前に文句や罵倒を叫ぶくらいしたい。
呼吸も苦しいから、それは難しいかもしれないが――
「では私も、主様のために貴女を処理します。
《ヴェルト・シャイン》」
「――《ヴェルト・サンダー》」
2人は同時に、魔法を唱えた。
両者は現れた魔法陣を体へ潜らせる。
一瞬だ。
双方の姿が、俺の視界からかき消えた。
どこいった……
「はあッ!」
「ふふ! なかなか速いじゃないですか!」
視界の反対側からだ。
金属がぶつかる音が聞こえた。
夜に輝く2つのエネルギーがぶつかり合っている。
光と雷が交差した。
右往左往に動き回って、捉えられなかった。
見えない、目で追えないのだ。
追っている間には、彼女らは別の場所にいる。
眩い線を描くように、この暗い王都を照らしていた。
「ごふ……!」
そんな場合じゃない。
今にも死にそうな俺は、ここに放置ですか。
まったく酷い扱いだよ。
「……俺のため、って……遅いよ……」
斬られる前に割って入ってほしかった。
俺の上半身も地面に伏した。
もうすぐ死ぬんだ。
なら、彼女はどうして戦っているのだろう?
こんなに血を流して、助かるわけないのに。
「彼のため」? 俺の仇を取って何になる。
多分まもなくだ。
走馬灯みたいなやつが、頭に浮かんでくるんだ。
今までの思い出をシュワァと振り返るやつ。
そう。
このあと死ぬぞ。
覚悟を決めろ。
まだ意識がはっきりしてるな。
ほら死ぬよ、走馬灯流れるよー。
おかしいな。
そろそろのはずなのに。
俺、しんで――?
「あれ、なんかしぶとくないか?」
生きて、いるな。
涙を知らないうちに流したのか?
ぼやけていた視界がクリアに見える。
斬られてから、どのくらい経った?
腕は正常に動く。
斬られた箇所に手を潜り込ませる。
優しく指を動かして、傷を確認した。
あれ……流れてた血、止まってね?
「《アルマ・サンダー》ッ!」
「赤い雷、見栄えはいい。威力も申し分ない」
耳も問題なく聞こえる。
戦い続ける彼女たちの声は、ここからでも届く。
死ぬ間際の寒気とやらも感じない。
そういえば、斬られても特に痛いとは感じなかったな。
体の力が抜けたのは、単に驚いたから?
激しい光と音の中、顔を上げた。
「俺、全然生きてるじゃん……」
『――契約は成立した』
「え?」
突如、頭の中で声が響いた。
咄嗟に周りを見渡すが、誰もいない。
『引き金は死だ。
貴様がどんな奴であれ、フェイルノートは最終的に必ず殺してくる』
「ちょ、ちょっと待って? 誰だ!?」
聞き覚えのない声だった。
まるでノイズがかかっているようだ。
男か女か、性別すらわからない。
俺は立ち上がった。
その気力を取り戻したからだ。
『そこを突くのだ。
偽装された死を貴様が看破したとき、この力は目を覚ます』
「偽装、看破……?」
一体何の話だ。
すると、周囲に黒いモヤが現れた。
モヤは俺の体を覆ってくる。
不思議と嫌な気分ではない。
モヤはすぐに晴れた。
ひどく傷ついた体が、元通りになっていた。
「……傷が治ってる」
血は消えた。
服も修復している。
アルタに斬られる前の状態だ。
これは――
「たあッ! ……くっ!?」
「動きはよかったですが、それまで。
私に対する決定力がなければ話に……ん?」
赤髪の女の子は跳ね除けられた。
不意にアルタは、こっちを見た。
目を見開いているのがわかる。
五体満足で立っている俺のせいだろう。
「なぜまだ生きて――」
『ひとつ、未練の踏破。ふたつ、すべての魔神殺し』
自分でも理解が追いついていないんだ。
さっきまでの震えはない。
呼吸も安定している。
まるで死んで生き返ったみたいな気分だ。
『とはいえ、貴様がやるべきことは単純明快だ』
謎の声がより強くなる。
異世界にきてから、おかしなことばかりだ。
身をもって学んだ。
人を簡単に信用してはいけないと。
痛い目を見るのは自分だ。
それでも、この声に従うべきだ。
俺の直感は、故障しているのか?
『名を口にしろ。
例えば、貴様の知る最強の人物を思い浮かべるのだ」
最強の人物?
そんなの簡単だ。
アイツしかいない。
『口は武器だ。これもまた引き金だ。
絶え間なく、既存する物に違う名を被せろ』
その意味を問い返すことはしない。
どうせ応答はしない。
言う通りにするのが正解だから。
『くだらない現実など、貴様の偽装で覆してやるのだ』
張り上げず、小さすぎず。
ただその名前を、俺はつぶやいてやった。
「――〈偽装〉、オーバーキャスター」
全身の細胞が躍動した。
肌に垂れ落ちる汗が消し飛ぶ。
ぐっと身に力が入った。
内から湧き上がってくる、この気力は……!?
再び黒いモヤが漂い現れる。
同時に、得体の知れないエネルギーが、体に流れ込んでくる……。
「なっ、それは魔力!?」
俺を中心にして、風が吹いているんだ。
両目を閉じた。
アイツのこと以外考えない。
3年間、自分の分身として扱ってきたあの体。
曇雨晴としてではない。
あの世界では、違う人物として振る舞ってきた。
記憶から消し去ることができない、戦いの経験。
長く囚われ続けた、未練の電子集合体。
全身が黒いモヤに覆い尽くされたようだった。
「まさか、これって――」
馴染み深い感覚に出迎えられた。
なんとなく、手首を回してみる。
続いて足を動かし、地面を軽く叩いた。
髪を触る。
服装を見下ろす。
腰には、見覚えのある剣があった。
上に目線をやれば、白い髪の毛が揺れている。
慣れた手つきで剣を抜く。
剣に反射して顔が映っている。
それを見て……確信した。
そこにいたのは、俺ではない自分だった。
「貴方は」
アルタが驚愕した顔で見てくる。
今、俺が何者だと聞いたのか?
聞いただろう、なら答えなければ。
そう、俺は――
「俺はオーバーキャスター。略さず呼べよ」
笑って、そう名乗った。




