3話「アスタフィア王国、入国」
俺は部屋を出て、真っ先に驚愕した。
「……おぉ、壮観ですね」
目の前に広がるのは、広くて長い廊下。
太陽光に照らされて美しく光る、白い石造りの床。
規則正しく並ぶ柱と点在する扉。
これが本物の城かぁ。
異世界に来た実感が湧くというものだ。
「アスタフィア王城です。この国の根幹、とも言えます」
アルタがさっと横に立つ。
やわらかな声でこの場所を教えてくれた。
召喚される前は、深夜だったはずだ。
元いた世界と時間軸も違うのだろうか。
太陽光は昼に浴びるものと相違ない。
「改めて、私は騎士のアルタと申します。
これから王都へご案内いたしますが、その前に」
アルタが俺の足に視線を向けてきた。
そういえば俺は今、直の靴下で床を踏んでいる。
召喚されたのは、自分の部屋を出た直後か?
「《エルダ・ダーク・ボックス》」
「え」
彼女が手を差し出すと、空気が微かに揺れた。
黒くて淡い光の渦が生まれていた。
魔法陣みたいなものが出現して、クルクルと回っている。
次の瞬間には――アルタの手に銀色の靴が収まっていた。
「こちらをお履きください。サイズは合うはずですよ」
「……マジでか」
アルタはにっこりと微笑む。
俺は戸惑った。
放心しながら、差し出された靴を受け取った。
「――すごい!」
今のってひょっとして、魔法!?
何もないところから物を出してみせたぞ!?
四次元ポケットみたいに!
ゲームとは違う、本物の魔法をこの目で見たんだ。
内心興奮しながらも、あまりはしゃがなかった。
アルタさんが、首を傾げていたからだ。
俺の「すごい!」は、ここじゃ普通なのかもしれない。
渡された靴を履く。
思ったよりも、しっかりと足に馴染んだ。
それはそれとして、ジャージと鉄製の靴はちょっとミスマッチな気がするが。
「ではいきましょう。私の後についてきてくだされば」
「は、はい」
そう言われて、俺はアルタさんの後に続いた。
長い通路の奥へと歩いていく。
俺の想像通りの、中世風のファンタジー世界。
魔法の概念があることもわかった。
「異世界、異世界……」
なんか呼吸が荒くなってきたな。
無意識に独り言が出てしまった。
そうだ、将来を考えずに済むことを喜べ。
ひとまずは、元の世界は忘れてしまってもいいだろう。
しばらく歩いて、城から広い庭に出た。
丁寧に手入れされ草木。
鳥のさえずりが耳に心地よく届く。
人影はなく、どこか不思議な気配がする。
「今は皆、王都での職務に出払っています。
主様がいらっしゃいますので、警備は無用です」
アルタが前を歩きながら説明してくれた。
あのフェイルノートという神様。
小さくて可愛らしい見た目だったが、ああ見えて実は武闘派とか?
「馬車に乗って移動します。アスタフィアは歩くにはここから少し距離がありますし、なにより快適です」
アルタが指差す先には、馬車が用意されていた。
二頭の馬がブルルと踏み鳴らしている。
馬車に乗るなんて、当然初めての経験だ。
「アメハル様、後ろの席へどうぞ」
「ああ……どうも」
アルタが軽く頭を下げ、扉が開く。
いかにも騎士っぽい仕草に思わず照れてしまった。
俺は奥の席に座り、反対側にアルタ。
馬の操縦席には、全身鎧の人がいる。
馬車はバチンと音を立てて、静かに動き出した。
ガタガタと揺れている。酔わないといいが。
「なにぶんこの城は、山の上にありますので、王都へは少々時間を要します。
それまで、あなたの疑問にお答えいたしましょう。と、窓の外をご覧ください」
アルタさんの視線に誘導され、俺は窓の外を見た。
目に飛び込んできたのは――
「我らが星見の国、アスタフィア王国です」
山と森に囲まれながらも、存在感を隠せない国。
時の重みを感じさせる建物たちが、ひとつの都として静かに息づいていた。
俺は改めて、異世界にやってきたと実感した気がした。
緩やかな坂道を、右に左にと揺れながら進んでいる。
景観は見事なものだ。
ずっと外を眺めていても飽きない。
だが、この景色よりも大事なことがある。
「質問、してもいいんですか?
あえて言われるまま、何も聞かずについてきちゃいましたが」
「えぇ。アメハル様の数多の疑問を晴らす、そのお手伝いをさせていただければ」
アルタにそう返されて、少しほっとした。
ここまで色々聞きたくて仕方がなかった。
「じゃあ、遠慮なく。
――なんで俺はこの世界に呼ばれたんですか?」
そう、これが問題だ。
召喚されてすぐ確認すべきもの。
なぜ俺が召喚されたか、それをまだ説明されてない。
どうか魔王を倒して、とか。
世界を救うのにあなたの力が必要なんです! とか。
今のところ、それがない。
ただ呼ばれてどこかに連れていかれるだけだ。
これじゃあ目的もわからないまま、なんとなくでクエストを進めるみたいなものだ。
だから、まずはこの疑問を解消しておきたい。
「残念ですが、お答えできません」
「はい?」
聞き間違いか?
お答え、できません??
もっと耳を澄ませてみよう。
「主様にその許可をいただけていないのです。
申し訳ありませんが、別の質問を」
「…………はい?」
もう一度聞いても、そう聞こえたな。
あんたが質問に答えるって言ったんでしょうが。
俺を召喚した理由を、話せないだって?
最も知りたいことを知れないというのか。
俺はその事実に、姿勢が前のめりになる。
「いや、いやいやいや。何か理由があって、俺を呼んだわけですよね? たとえば、俺が勇者で、魔王を倒してほしいとか――」
「魔王はすでに勇者によって滅ぼされました。
この世界に脅威とされれる者はいません」
いるのかよ勇者。
しかも魔王はもう倒されてるし。
「それじゃあ、俺はなんのために?」
「ご安心を。主様はあなたの来訪を次へ活かしてくださいます。人類は救済され、新たな時代が訪れることは、すでに約束されたようなものなのです」
アルタは祈るように、手を合わせて言った。
まるで意味がわからない。
救済ってなんだよ、曖昧すぎるだろ。
俺の質問と答えが合ってませんよ!?
「……そ、そうですか」
俺は反射的にそう返した。
揺れる馬車に身を委ねて、もう一度外を眺める。
もしかして俺は、やばい連中に呼ばれてしまったのではないか?
この短時間でそんな可能性が浮上した。
「他に気になることはありますか?」
ねぇよ。
と、はっきり答えられる度胸はない。
気になることって言ったってなぁ――
「……アスタフィアの、名物とか教えてくれますか」
「大星見鏡にプロキオ博物館。食べ物ならシルバーボアの串焼きが美味しいですよ」
聞いておいてあれだが、立て続けに知らない単語を並べないでほしい。
心なしか頭がクラクラしてきた。
寝不足のせいか? 徹夜が続いたからな。
それとも、俺を呼んでおいて蚊帳の外にしてくるこの対応のせいか?
「遠慮なくご質問ください。あぁ、アスタフィアの歴史について解説でも」
「いえ、大丈夫です。ちょっと頭が痛いので、仮眠取ってもいいですか」
「これは、失礼しました。ですが何かあれば、すぐにこのアルタをお呼びいただければ」
アルタは穏やかに微笑む。
その反対に、俺は苦笑いを浮かべてしまった。
質問はひとまずもういい。
これ以上、頭痛を引き起こさないためにも……。
――――
「到着しましたよ、アメハル様」
アルタの声。
眠りかけた俺の意識が覚醒した。
ガラガラと、道を進む音が聞こえる。
窓からチラリと見えたのは、人の建造物。
目線を落とすと、人間のものらしき頭が通っていく。
他にも、動物の耳らしきものがついた頭が――?
俺は思わず身を乗り出した。
「おぉ!?」
こ、これが異世界の王都!?
決して素朴ではない、家の造りと色。
自然ながら統一された彩り。
これらがこの国の豊かさを表している気がした。
道には、星模様のペイントか?
星空をカラフルに描いたような道が、奥までずっと続いていた。
見ていて心が晴れる色合いだ。
まさに異文化の街並み。
異世界っぽい!
「これから王都を順に回っていきます。
気になるものがありましたら、馬車を停めますのでお声かけください」
アルタさんが観光ガイドみたいになっている。
胸が高鳴った。
目に映るすべてが新しい。
異世界万歳!
「あそこに見えますのが、アスタフィア王国が誇る大星見鏡です」
あのドーム状の建物のことか?
大星見鏡ってさっき言ってたやつだな。
「天体を拝むために作られた装置です。天文と魔法の向上に大きく貢献しています」
――魔法。
俺の心は一気に跳ねた。
「魔法、魔法っていいですよね。ファンタジーの代名詞と言ってもいいくらい」
そう魔法は人類の夢。
使えたらハッピーになれるもの堂々の第1位!
俺は長いことそれに憧れていたんだ。
「魔法をご存知ですか? 魔法は私たちの世界において欠かせないものですが、アメハル様の世界にも存在するのですね?」
「……あるかは知らないけど知ってるというか。とにかく、ここの魔法について知りたいというか!」
自分の欲を隠さずアルタに訴えてみた。
今のところ、俺は異世界に召喚されただけの一般人だ。
日常でさりげなく魔法を使って、スマートに暮らす。
そんな生活を送りたいという願望がある!
「では、近くに魔法訓練場があります。そこで実際に説明いたしましょう。冒険者ギルドへ向かってください」
「冒険者、ギルド!?」
なんてことだ。
まさか、想像していたままの組織があるのか……?
期待を膨らませながら、馬車に揺られる。
本物の神秘が、俺を待っているんだ!




