35話「友人の姉」
剣士斬りの件があって、翌日。
今日で3日目の学園生活だ。
俺は窓際の席に座り、ベルマンの授業を聞き流している。
あの後は、何事もなくルシアン邸に帰宅できた。
幸い怪我ひとつしていない。
痛い思いはしたが、ルシアンの皮が犠牲になってくれたおかげだ。
偽装解除すると、俺自身にはなんの影響もないことになるらしい。
ひょっとしてすごい発見なのでは?
これで、誰かに偽装していれば怪我し放題……というわけでもないかもだが。
話を戻そう。
俺はルシアンの鞄から物を取り出した。
ざらついた紙と、羽ペンにインク。
要点を軽くまとめていく。
昨夜わかったことは主にふたつだ。
ひとつは、剣士斬りの容姿。
白仮面をつけた推定男性の紺装束。
黒い装束は、剣士斬りの契術で生み出された分身だった。
ふたつ目は、剣士斬りが魔神の眷属だということ。
あの時はすっかり忘れていたが、眷属をすぐに倒してはいけない。
大元の魔神と、もう一人いるとされる眷属の目星をつけてからだ。
この学園にいるとされる、魔神関係者。
レイネが特定した軍の本拠地にいる魔神関係者。
どちらかが魔神で、もう一方が眷属……。
頼むからこっちが眷属であってほしい。
もし魔神とエンカウントしたら、なにが起きるのか想像できないな。
「ねぇ、さっきからなに書いてるの?」
隣に座るディオナが、俺の机の上をのぞき込んできた。
日本語だし別に見られても構わないが……。
「……なんだっていいだろ」
見られるのはちょっと嫌だ。
腕を紙に被せて軽くガードする。
「それ文字? 見たことない形だけど」
「文字じゃない、落書きだよ。だからほっといてくれ」
「ふーん、でもそろそろやめたほうがいいとおもうよ?」
「え?」
ふと前を向いてみる。
ベルマン先生が俺のことをじっと見ていた。
教室も、いつの間にか静まり返っている。
俺は口を閉じて姿勢も正した。
む、無言の圧やめてくださいよ……。
「ごほん……神に与えられた祝福である魔法を、蔑ろにしてはいけない」
ベルマンは穏やかな顔つきに戻った。
教師って特有の怖さがあるんだよな。
「ましてや契術なんて言語道断だ。魔法は生涯使えなくなる上、契約内容は大抵ひどいものだからね。みんなは悪魔と契約することがないように」
すでに契約しちゃってる場合はどうすればいいですかね?
真面目に聞けばすぐこれだよ。
魔法学という科目である以上、仕方ないけどさ。
ああ、なんとも言えない居心地の悪さだ。
――――
午前の授業が終わった。
ボーっとしていれば、案外すぐだな。
「いっしょに食堂いこうよ。僕の好きなメニューが出てるんだ」
ディオナが席を立った。
お腹が空いたと訴えかけ、俺の同意を誘ってくる。
「まあ、そうだな。でも今日は遠慮しとく」
なるべく食堂には近づきたくない。
一昨日のフラメア遭遇があって怖いからな。
ルシアンの姿なら大丈夫だとおもうが、念のためだ。
「そう? おいしいよ、アンバービーフプレート」
「……いやなことを思い出すワードだな」
「君もお腹空いたでしょ? 行って損はないとおもうなぁ」
それってあれだろ、金貨一枚の超高級定食だろ?
俺が間違えて頼んで、食べ損なったヤツ。
正直食べたい。
腹も減った、まだルシアンからもらった金貨も残っている。
ルシアンの姿なら大丈夫だよな?
「やっぱり行き――」
「ルシアンはいるか」
突如、教室にそんな声が響き渡った。
俺たちの会話は遮られ、教室にいる全員の注目がそこに集まる。
あの淡い金髪は……!
「あれって君の……じゃなかった、ルシアン君のお姉さんじゃない?」
「は? お姉さん? 誰の?」
あれは、どこからどう見てもフラメアだ。
それがどうしてルシアンの姉になる。
姉がいると言っていたし、確かにちょっと面影ある気もするが。
……嘘つけよ。
「お、いるじゃん。話があるから、ちょっと来な」
フラメアは俺を発見すると、そう言って教室を出ていった。
クラスメイトたちの視線は、ゆっくりと俺に移ってくる。
やめろ。そんな迷惑そうな目で見るんじゃない。
「行ったほうがいいよ」
ディオナは隣でニヤニヤしながら言ってきた。
コイツ、俺のこの状況を楽しんでる。
他人事だと楽でいいですね、俺も他人事なのにさ。
『俺には姉がいる。最近会っていないが、学園にはきてるはずだ』
と、ルシアンが言っていたのを思い出す。
まさかその姉が、フラメアだったとは。
『いいか……そいつには絶対、鉢合わせるな』
もう無理な話だ。
直接来られたら、抗うすべがない。
「はあ……」
俺は観念して席を立った。
クラスメイトたちに見送られながら、教室を後にする。
「おお、今日はやけに素直だな?」
フラメアは教室前で、俺を待ち構えていた。
偽物だとバレないようにルシアンを演じなくては。
「一体なんの話だ……姉さん」
「は? なんだ気持ち悪い、頭でも打ったのか」
フラメアは露骨に顔をしかめた。
平常心だ、平常心。
いきなり罵倒されても、表情は保て。
「まあいい。話っていうのは、お前を勧誘しにきた」
フラメアは両腕を組み、壁に寄りかかる。
「勧誘ってどこに?」
「まさか忘れたのか? 軍だよ軍。あたしの推薦で、お前を帝国軍にいれるんだよ」
彼女は呆れ顔で俺を見つめてきた。
「今まで散々言ってきたが、今日で最後にする。ルシアン、大人しく受けろ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
そんないきなり言われても、俺には決めかねる。
「どうして今なんだ。もう少し待ってくれたら、返事は……」
「――帝国は今、危機に侵されている」
フラメアは深刻そうに、目を細めた。
「得体の知れない奴らが闊歩して、いつどこで殺されてもおかしくない状況だ。剣士斬りの殺人に、不自然な焼死体……被害は前より拡大してる」
帝国で起きているという事件。
その多くは剣士斬りで、多分魔神の仕業だ。
フラメアのいる帝国軍が焦るのは当たり前だな。
「お前は軍の奥に隠れろ。そうすれば、無残な死を遂げることはなくなる。そうすれば……父上のようにはならない」
「それは……」
シュタイン家の事情は知らない。
だがこの場で答えられるのは俺だけ、か。
「……軍に入ったら何をするんだ?」
「安心しろ、雑務に長けた奴でもいい。お前、そういうの昔から得意だったよな?」
フラメアは壁から離れて、俺の方に歩いてきた。
自然な動きで、俺の手を掴んでくる。
「ぐ――!?」
俺は強い力で引っ張られて、壁に背中を叩きつけられた。
「さあイエスと言え、ノーとは言わせない」
俺の頭上でバンッ! という音が鳴る。
お互いの顔が、衝突寸前の距離まで近くなった。
「あたしはもう……失いたくないんだ」
彼女の声は震えていた。
俺と見つめ合っていた目線も、徐々に下がっている。
なんて答えるべきか。
ここにいるのは姿形を模しただけの偽物だ。
俺が、言うべき言葉は――。




