34話「軍人ミーティング」
カルヴェルム帝国には『軍』と呼ばれる組織がある。
帝国を守るため教育された兵士は、各部隊に分けられる。
前線を守る者、壁内を守る者、兵たちを統率する者。
皇帝陛下を守る者、各国と連携を図る者等。
個人の能力にあった所属へと、それぞれ割り振られるのだ。
帝国が『鉄壁』と称される所以は、そこにあった。
様々な分野に人材が細かく行き届いているため、たとえ野原に単独で陣を張ろうとも、牙城は決して崩れない。
だがその鉄壁は今、崩れる前兆に侵されていた。
なぜなら、数々の要因が帝国に現れ始めているからだった。
「おや、もういらしていたのですね」
帝国の都にそびえたつ、軍事司令館の建物。
帝国軍本部とも呼ばれるその場所に、3名の権力者が集う。
会議室に入ってきたのは、穏やかな面持ちの男だ。
彼は敬礼をして、長机の中央奥側に座る男へ挨拶をした。
「遅刻とは感心せんな、会議はもうはじまっている」
「これは申し訳ない、クロイツ総司令官どの。少々、事務処理に手間取りまして」
「……まあいい。早く座りたまえ」
クロイツと呼ばれた男は、ため息をつきながらも遅刻を許した。
「新任とはいえ軍団長だろう、しっかりしてもらわんと困る」
軍団長と呼ばれた男は、長机の左脇の席に腰を下ろす。
姿勢を正し、クロイツに敬意を払って笑った。
「ええ。亡き先任の代わりとして、責務は真っ当いたしましょう」
クロイツは目を閉じ、首を小さく横に振った。
「おいおいレオン、俺には挨拶なしか?」
レオンと呼ばれた軍団長は、正面に視線を向けた。
そこには同じく軍服の、大柄な男が行儀悪く座っている。
「これはとんだ失礼を。お元気ですかな、バルドル元帥どの」
「ハッ! それでいい」
バルドルは満足したように鼻を鳴らした。
総司令官、元帥、軍団長。
軍において、いずれも非常に高い地位の役職だ。
その3人が揃い、レオンはさっそくクロイツへ尋ねる。
「それで今回の議題はなんですか?」
「ふん……近頃の異変すべてだ」
会議室の空気がガラリと変わった。
クロイツは机の上にある資料を、レオンに渡して見せる。
資料には、近ごろ帝国で起きている問題についてがまとめられていた。
「魔物の活発化とコロニーの大量出現。それに剣士斬りの騒ぎ。とんだ豊作だ」
「帝国の秩序を乱す不届き者、めんどうだねぇ」
レオンはそれを聞いて、訝しげな表情を浮かべた。
「魔物……先日大掃討を行なったばかりでは?」
「探知塔のお墨付きだとよ。また近いうちに来るらしい」
バルドルは肩を落とした。
また嫌いなアレが来ると言うように。
「次回の大掃討はおそらく規模が違うだろう。帝国の各部隊を緊急で招集し、いつも以上に前線へ送ることになる」
クロイツも同様、顔をしかめ両肘を机についた。
帝国には定期的に、魔物の群れが攻めてくる時期がある。
そこで実行されたのが、大掃討である。
戦闘に長けた兵士が選び抜かれ、掃除でもするかのように帝国外壁を守る。
ゆえに『大掃討』と命名されたのだ。
「近年は周期が早まりすぎている。コロニーの増殖速度も異常だ」
探知塔は魔物たちの発生周期を察知し、報せる役割を果たしてくれる。
軍はそれに対処するのが役目だった。
ただ最近は、大掃討の周期が加速度的に早まっているらしいが……。
「魔物はまだ対処可能だ、期待の新人もいる。だが問題は人のほうだぜ」
「剣士斬りですね?」
「ああ。ご存じ、神出鬼没の白仮面だよ。迷惑極まりない連中だが」
バルドルは一枚の資料を、机へ雑に放り出した。
「もう一人、クソ野郎が出やがった」
「彼は?」
「名前は不明。うちの隊のやつが一瞬だけ、その姿を目撃したんだと」
資料に描かれた人物。
白い髪に青い瞳。整いすぎたその顔は、逆に人間味を感じさせない。
アスタフィア王国に現れたという、要注意人物の張り紙だった。
「我らが帝国に、薄汚いネズミが何匹も紛れ込んでるらしいな」
バルドルは白い凶悪犯を睨んだ。
彼らを野放しにはできない。
だが依然として、捕まえるための情報が足りない。
この滞っている状況が、帝国軍の士気を少しづつ削っているのだ。
会議室に、短い沈黙が流れる。
「……実はそれについて、政府から預かった情報があります」
と、レオンがそんな話を切り出した。
「なんだ、話したまえ」
「数日前に、セレス商会の馬車が入国しているのですが、どうもおかしな点があるのですよ」
「お、セレス商会って、あの魔道具専門店の?」
セレス商会は魔道具を取り扱っていることで有名だ。
その名を聞けば、大抵の人間はその印象ですぐに思い浮かぶだろう。
バルドルが実際に口を挟んだが、レオンは続けて概要を話す。
「その積荷に関する市場での売上、および仕入れの記録が一切ないのです。加えて、本件をその商会の帝国支部へ事実確認を行なったところ、この数日に、そのような馬車を手配した覚えはないとのこと」
「どういうことだね」
クロイツとバルドルは真剣な顔で、レオンの説明に耳を立てた。
「そして、当日の門番兵にも確認を取りました。セレス商会の印章を携えた2名の商人が来訪し、正規の手続きを経て通過させた、と」
以上の情報をまとめ、レオンは結論を出す。
「つまり――商人を装った何者かが、この国に侵入している可能性があります」
「……マジか」
新たな問題の浮上。
冷静なレオンとは裏腹に、他2人は息をのんだ。
「剣士斬りと白の指名手配犯、さらに得体の知れない侵入者だぁ……!?」
「これは由々しき事態です。早急に国民へ外出の規制を敷き、冒険者や旅人、商人の身分の者を徹底的に調べる必要があるでしょう」
このままでは被害者が増える一方。
本腰を入れて帝国を守る段階は、とっくに迎えていた。
「政府へ直ちに通達を。皇帝陛下には私から奏上する」
「了解しました」
「軍を総動員し、脅威を取り除け。なんとしても帝国を守らなくては」
軍の方針はここで決定した。
鉄壁と称された帝国に、最初の亀裂が刻まれた。
破滅の幕は、静かに上がり始めている。




