33話「黒炎」
剣士斬りと名乗った仮面の男。
声と体格からして、男だろう。
体を斬られて血を流す仮面。
壁に吹き飛ばされ、ぐったりとしている仮面。
俺に首を締め上げられた後、距離を取った仮面。
そして、大物オーラを放つリーダー格の仮面。
計4名の仮面集団、剣士斬りだ。
レイネが追っていた魔神の眷属は、この中の誰かだ。
まあ順当に、リーダーの仮面か?
「悪趣味な仮面だな。どこに売ってたんだ?」
「お前たち、シュタインの始末はどうした」
無視すんなよ。
リーダーは隣の仮面に尋ねた。
仮面のひとりは顔を横に振る。
「……あの者がシュタインになり変わっていました……」
「ほう?」
「……魔法陣いらずの異能。おそらく契術使いかと……」
「そうか、それはまた珍しいものよ」
魔法を使わなければ契術。
そういう見分け方があるわけか。
リーダーは腰の剣に手を添えた。
戦う気満々だな。
こっちとしても、ありがたい限りだが。
「しかし、だ。君がルシアン・フォン・シュタインでない以上、私がここに留まる理由はない」
「ああ? どうしてアイツを狙う」
執拗にルシアンを標的にしているようだ。
俺が問いかけると、リーダーは小さく肩を落とした。
「君にはどうでもよいことだ。見たところ、剣士でもなさそうじゃないか。ただの小僧となんら変わりない」
今、俺をただの小僧って言ったか?
どこをどう見たら、剣士じゃないと判断できる。
「特別に見逃そう。ルシアンに化けていた理由を置いていけ、そうすれば寿命が僅かに伸びるぞ?」
腹の立つ上から目線だ。
人斬りの分際で偉そうに。
ああ、こういう奴を探してたんだった。
「お前魔神の眷属だろ。バレてるぜ、その性格」
「……フッフッフ」
仮面の奥から笑い声がする。
一瞬の静寂が流れ、
「生かす理由がなくなったな」
「上等だッ!」
俺は地面を蹴った。
剣士斬りが剣を抜くのと、ほぼ同時。
甲高い音が鳴る。お互いの一閃が激しくぶつかった。
剣は交差し、ギリギリと競り合う。
速い。俺の動きに対応してきた。
流石に他3人の仮面とは一味違うか。
攻防は数秒続いた。
時々、するりと抜けてくる気味が悪い斬撃。
俺には真似できない、淀んだ殺意が孕んだ剣だ。
それを躱しつつ、カウンターを合わせる。
「ここまでやるか――!」
「あったりめぇだろッ!」
俺は、奴のがら空きになった胴体へ蹴りを入れる。
剣士斬りはたまらず、後ろ一直線に跳躍した。
生かす、生かされるの問題は、お前が出していいものじゃない。
むしろ逆だ。
その権利は、俺の手にある。
「ふぅぅ……」
剣士斬りが地面に着地するタイミングだ。
完全な隙。そこで確実に斬り伏せる。
帝国の大地をえぐるほど、踏み込む。
俺の身体は疾風のごとく前進した。
ここがGKOじゃなかろうと、ステータスの暴力は発揮される。
剣士斬りが跳躍して着地するまでの、ほんのわずかな合間。
ドンピシャで接近できた。
あとはこの剣を斜線上に斬り込むだけ……!
「――〈黒炎〉」
剣士斬りがなにかを発した。
全身に鳥肌が立つ感覚。
俺の剣は、防がれていた。
黒くてドロドロとした、炎……?
剣士斬りの体から溢れ、俺の剣は蝕むように呑まれていく。
「ちっ――!」
咄嗟に剣から手を放した。
あれに触れてしまうのは、不味い。
そんな直感が、俺の脳に後退の指示を送ってきたのだ。
炎は俺を狙い迎撃してくる。
間一髪で避けるが、 再び裏路地の奥へ追いやられてしまった。
なんだあれ……気持ちわる!
ボォッ! という音が鳴る。
周辺を焼くほどの、とてつもない熱エネルギー。
うねり、生き物のように躍動する炎だった。
「これを使わせるとは、想定外だ」
剣士斬りにまとわりつく炎。
ついさっき学んだことがある。
魔法陣なしの詠唱、もしやあれも契術?
「おっと、勘違いはしないでほしい」
「なにが――」
俺の近くで、何かが燃え上がった。
あれは、俺が裏拳して倒れた仮面のひとり……?
それだけじゃない。
他にも2つの黒い炎があがっていた。
さっきまで人の形をしていた仮面たちだ。
その全員が、炎の燃料に変えられていた。
「これはガラティーン様から授かった、大いなる力。君の些末な契術と一緒だと考えているのなら、改めたまえ」
3つの炎は剣士斬りの炎へと向かい、吸収された。
最初の3人は炎で、それがアイツの能力で……?
「……最初から、剣士斬りはひとりだけだった?」
「そうとも。彼らは私の分身体にすぎない」
結論で言えばそうなるだろう。
でも、あれは人間じゃなかったのか?
ちゃんと喋ってたし、苦しんでたよな?
「さて、私はこれで失礼しようか。まだノルマのほうを達成していないのでね」
「あ! 待てよ!」
剣士斬りは黒い炎をまといながら、軽いお辞儀をした。
コイツここで逃げる気か!
敵の逃走でバトル強制終了は、個人的に一番萎える。
こうなったら、妖刀を偽装してもう一度接近を……!
「む?」
「――《アルマ・サンダー》ッ!」
剣士斬りの真上から叫び声がした。
次の瞬間、路地裏に雷が落ちてきた。
爆音が鳴り響き、赤い稲妻が剣士斬りに直撃する。
通路一帯に土煙が立ち込める。
この声と雷は……もしかしなくとも!
「レイネ!」
「あなた、こんなところでなにしてるの?」
頼れる美少女レイネさんだった。
彼女は建物の屋根から、俺の隣に降り立った。
「その姿、もう我慢できなくなったのね」
「これはやむを得ず……仕方なくだ」
「そう? 指名手配されてるんだから、気をつけなさい」
ここなら人目につかないし、目撃者も剣士斬りだけだ。
なるべく頼りたくなかったが、仕方ないのだ。
「そっちこそ今までなにしてたんだ。おっそいぞ!」
剣士斬りを張り込んでいると聞いていたのに。
肝心のレイネがいなくて、なぜ俺が狙われるハメになるんだ?
あとシンプルに駆けつけるのが遅い。
「し、仕方ないじゃない。魔神の反応が突然消えて、探すのに手間取ってしまったから……」
「ほんとうか~?」
レイネは申し訳なさそうに俺から目線を外した。
「――あ。け、剣士斬りは!?」
消える、という言葉で思い出した。
雷が落とされた地点に急いで目を向けると……。
そこにはすでに誰もいなかった。
剣士斬りは落雷を防いで、どこかへ逃げてしまったようだ。
「……」
「……ちょっと、なにその目は。別に私のせいじゃないでしょう!?」
まあ、誰のせいとは言わないが。
せっかく会えた帝国のお騒がせ者を取り逃してしまったな。
「でも収穫はあった。あの仮面野郎が剣士斬りで、間違いなく魔神の眷属だ」
そうアイツは自分で白状していた。
これでやっと一人目の眷属が見つかったというわけで。
残る学園の二人目と、魔神さえ見つかればゲームクリアだ。
……結構ハードじゃないか?
「昨日ずっと待ち伏せしていた私が会えなくて、どうしてアメハルの前にはすんなり現れたのかしら」
「……こっちが聞きたいさ、ったく」
剣を鞘にしまって、ため息をついた。
色々気になることがある。
例えば、剣士斬りが口にしていた『ガラティーン様』とか。
「ここを離れましょう。軍が来るわ」
「そういえば騒がしいな」
夜にも関わらずざわつきがあった。
裏路地の外から、ドタドタと無数の足音が聞こえてくる。
「――動くな! 我らはカルヴェルム帝国……軍?」
すでにそこに俺たちはいない。
壁を蹴って登り、今は屋根の上だ。
帝国の兵たちは困惑している。
きっと近隣住民から通報を受けたんだろうな。
俺は彼らを見下ろした後、すみやかにその場から立ち去った。
「はやく、おろして! 恥ずかしい、でしょ!」
「いたいいたい」
前にも一度やっただろうに。
おおっと、あばれるなあばれるな。
屋根の下に転げ落ちるぞ?
手際の良いお姫様だっこに、レイネはとてもご立腹のようだった。
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