32話「剣士斬り」
俺は必死に脳へ訴えた。
逃げろ、と。
「……っ!」
奇跡的にも足は動いてくれた。
そうだ、逃げろ。
180度回転し、全力を足裏に集中させる。
恐怖がバネになり、反対方向へ走ろうとして――
「な、なっ!?」
白い仮面があった。
暗闇から出でて、不気味な笑みを俺に向けていた。
そんなわけない。
だって、俺の後ろにいたはず……!?
「おいおい、冗談だろ……!」
後ろを振り向くと、白い仮面はある。
前を見ても、白い仮面はある。
つまり挟まれていた。
コイツらはなんだ。
俺を囲んでどうしようって?
血の滴る剣を持っているのだから、もちろん――
「我ら剣士斬り。汝の手足を頂戴する」
「ちょ……っと待てって!」
ぬるりと、2つの仮面が動き出した。
一歩同時に、俺に近づいてきた。
そしてまた一歩と、段々躊躇がなくなってくる。
パニック。
俺はお化け屋敷には行かない派って言っただろうが!
「またこんなんかよ、もうッ!」
この道は横幅が広く、ちょうど分かれ道もある。
逃げるには絶好の一本道があった。
そこに逃げ込むしかなかった。
いつかのように、呼吸が乱れる。
命を落とさないために走る。
「け、剣士斬り……剣士斬り!?」
帝国で不審者といえば、俺とレイネを覗けばその名前が真っ先に思い浮かぶ。
2人組だったことは初耳だ。
俺のことを『見つけた』と言っていた。
俺を……探していた?
いやその前に、なんで俺を狙う!?
剣士斬りは南地区にいるはずだろ!?
とにかく走れ。
学園でフラメアにしたことと同じだ。
上手く撒いて、この裏路地から脱出する!
……また裏路地かよ!
もはや不幸の象徴じゃないか!
「クソッ!!」
後ろを確認しても、奴らの姿は見えない。
だが追ってきている。
俺の足音とは別に、鳴り響く音が近づいているのがわかる。
もう一度前を見た。
横道から誰かが飛び出した。
「――っ!?」
ドン、と鈍い音。
俺は避けられず、人と体がぶつかってしまった。
よろめいただけだ。
すぐさま体勢を立て直す。
「ご、ごめ……でも逃げてくれ! 今後ろから」
やばい奴らがきているる。
そう警告してようとして、気がついた。
仮面があった。
ぶつかった通行人にも、白い仮面が。
「うわあっ!?」
俺はおもわず声をあげた。
離れなければ、コイツも仲間――
「《ヴェルト・ウィンド》」
頬に強烈な痛みが訪れた。
目の前には、裏拳が飛び込んできている。
突風に襲われたように、体が浮いた。
「ぐぶッ!?」
激しく脳を揺らされた。
裏路地の奥へ吹っ飛ばされる。
「ぐ……あ……」
道場での怪我をまた刺激された。
地面に転がって、硬い感触が気持ち悪い。
出会い頭に裏拳は卑怯だろ……。
「クソ……なんなんだよ、お前ら」
顔を上げると、白い仮面が3つ。
俺の目はようやく暗闇に慣れてきた。
うっすらとだが、奴らの黒い服装が見える。
全員が銀色の剣を持っていて、1人だけ剣から赤い血が垂れている。
すでに誰かを斬った後だろうか。
「ルシアンを狙いにきたのか?」
俺は膝をつきながら聞いた。
すぐ前方まで奴らは歩いてきている。
答えは返ってこない。
沈黙は、肯定と捉えよう。
「狙う理由がわからないな。ただの善良な貴族だけど?」
「……」
「ああ、そう。言えないんだな」
仮面たちは剣を提げたまま、歩み寄ってくる。
俺ではなく、ルシアンに用があるようだ。
たまたまひとりでいるところを狙われた、か。
「偽装解除」
だが、誤算だったな。
コイツらに同情するよ。
俺はルシアンの偽装を解いた。
偽物の皮膚は、黒霧となって拡散していく。
当然、膝をついた曇雨晴が現れるだろう。
そんな俺を見て、仮面たちは歩みを止めた。
「……貴様、何者だ」
元の姿に戻ると、ガイゼンと剣士斬りにつけられた傷が、綺麗さっぱりなくなっていた。
傷をつけられたのは、あくまでルシアンのガワ。
そういう認識でいいのだろうか。
なんにせよ、痛みは消えた。
俺は続けて言葉を紡ぐ。
「〈偽装〉、オーバーキャスター」
拡散した黒霧が、俺の体に再集結していく。
契術がある。
それだけでこれほどの安心感が生まれるとは。
アスタフィアの時とはわけがちがう。
「残念――ハズレ」
オーバーキャスターになった。
白髪と装備はいつも通り。
俺はマントを翻し、剣を鞘から引き抜いた。
「……どういうことだ……」
「……コイツは、たしか手配書にあった顔だ……」
仮面たちはボソボソとやり取りしている。
それなりに混乱しているようだな。
人気のない裏路地。
もはや、俺にとっては好都合な場所なんだ。
ここでなら、遠慮なくオーバーキャスターになれる。
「……始末する。コイツも剣を持っている……」
「「……了解……」」
「お、やるか。仕方ないな」
仮面たちは剣を構えた。
お互い一触即発。
誰かが動き出せば、始まる。
3対1を卑怯とは言わない。
「――殺す」
俺の頬を殴った仮面が動いた。
風が吹き、瞬時に俺の前へと立ちはだかった。
銀色に反射した剣の刃が迫る。
速い。だが俺にとっては遅い。
俺は剣を下から振り上げる。
相手の剣を即座に弾き返した。
「ふっ――!」
続けて、裏拳を繰り出した。
仮面にめり込み、いい音が鳴る。
剣士斬りは壁に向かって叩きつけられた。
「おいおい……軽いな」
「《ヴェルト・シャイン》」
もう一人の剣士斬りが剣を振りかざす。
今度は魔法の剣撃。
俺の胴体を斜めに切り裂かんとしてくるが――
「軽いって、言ってるだろ」
ちょっと揺れただけだ。
白い鎧は、その剣撃を難なく受け止める。
圧倒的な防御力を前にして、相手は怯んだ。
奴らが50だとして、俺は500だ。
仮に数値化すればそれだけ差があるだろう。
この一連の流れで、ある程度は感じられる。
刹那。
俺は殺人者の胴体へ、剣を薙いだ。
闇に紛れた黒服は裂かれ、朱の液体が流れ出る。
「……っ!」
仮面は咄嗟に、俺から距離をとった。
判断力は見事なものだな。
自分の体から血が流れるという痛みを、身をもって体験できただろう?
「《アルマ・ファイア》……!」
未だ無傷の3人目。
赤い魔法陣が展開され、炎が溢れ出す。
長い龍のような火炎放射が、俺を飲み込んだ。
熱い。
サウナみたいだ。
「――ハハッ!」
豪炎の中を突き進み、剣で振り払う。
仮面が正面に見えた。
魔法を放ってきた剣士斬りの首を、すかさず手で強引に掴んでやる。
「がっ……!?」
「こんなもんか? 剣士斬りさんよォ!!」
あまりにも簡単だ。
これが噂の剣士斬り?
こんな奴らに帝国軍たちは手間取っていたのか?
殴った奴も、剣で斬った奴も。
今俺が首を締め上げている奴も。
手応えはあるが想像以下だ。
剣士斬りを名乗ってはいたが……本物か?
「――なにをしている」
と、奥から男の声がした。
「ん?」
声の方に目を向ける。
さっき胴体を斬った仮面の横に、また別の仮面をつけた奴が立っていた。
「いつからそこに……」
俺はよそ見をしている。
その隙を、首を掴まれた仮面は手刀で対抗してきた。
当然、躱させてもらう。
顔をひょいと横にずらし、相手の手刀を空振りさせた。
面倒なので、そのまま新手の仮面の方へ投げてやった。
「ぞんざいな手つきだ」
「悪かったな。で、4人目の剣士斬り……」
他3人とは違う、紺色の袴のようなものを着ていた。
あの風格、そして出で立ち。
なにか巨大な存在感、これは――
「……もしかして、あんたが本命か?」
勘だがおそらく合っている。
3人の仮面とは一線を画す、ボス的な雰囲気!
仮面の男は、余裕な態度で立ち構え、
「いかにも、私が剣士斬りだ。もっとも、そう名乗った覚えはないがね」
自分が剣士斬りだと、そうはっきりと明言した。




