30話「衝動的な善意」
気がつくと体は動いていた。
木剣を強く握り、振り上げ斬りかかる。
遅刻はもはや詫び入れない。
ルシアンが舐められたからか。
その奥にいる俺を、無意識に貶されたからか。
どちらにせよ、かかってこいと言われたので。
合図もなしに俺はガイゼフへと迫る。
「……っ!」
ガイゼフは軽く身を引き、木剣を受け流してきた。
木剣同士がぶつかり甲高い音が鳴る。
相手は剣の達人らしいし、当然か。
すぐさま次の動作に移る。
自分の体の重心を前へ倒す。
木剣を斬り返し、ガイゼフの横腹に狙いを定めた。
無論、これも防がれる。
「ほう……短気な奴だ」
俺はガイゼフから距離を取った。
今まで意識していなかったが、動けるな。
オーバーキャスターにならずとも、パワーダウンした動きの形を作り出すことは可能だったんだ。
「気迫はある。だが礼儀を忘れたか? 開始の礼もなしに始めるとは」
流石の余裕だな。
ガイゼフの出立は、素人の目だってわかる。
隙がない。どこに打ち込んでも防がれそうだ。
「ベルマンから聞いているぞ。昨日、クロイツ家の長男相手に舐めた口をきいたそうじゃないか」
「なに……?」
「君がそうだったとはな」
ガイゼフは木剣を手に提げ、周囲の学生に向けて声を張り上げる。
「みな、見逃さぬことだ。そして味わいたまえ、敵から身を守るための剣術というものを」
不敵な笑みを浮かべていた。
俺の方に向き直り、木剣を片手で構えてくる。
「今度こそ模擬戦開始だ。礼はしないことにしたよ、私は君が嫌いなようだからね」
完全にアウェーだ。
学生たちのさらに周囲に、この道場に属していそうな者たちまで集まってきた。
ルドはいないものの、これまでのいじめの加害者と目撃者たち全員が、俺とガイゼフに注目している。
クソ……!
「はあッ!」
俺はもう一度地を蹴り、木剣を振るう。
ガイゼフはその場から動かない。
構うものか。
右に左、斬り上げて突く。
真正面から全力で、木剣の重さをぶつける。
だが――
「所詮はシュタイン家の落ちこぼれ。姉のようにはいかないようだな」
すべての攻撃を、正確に防御された。
ただの一撃さえ、彼に命中することはなかった。
ガイゼフの、俺を蔑む目。
逆に笑い続ける口は、不快感をもたらしてくれる。
その瞬間、俺も彼のことは好きになれないと確信した。
木剣を打ち込み続ける。
呼吸が乱れても、その顔を崩すまで止めたくない。
「私はクロイツ家とはそれなりの仲でね。侮辱されると、それなりに腹が立つのだよ」
「ぐ、あっ……!」
鈍い音と、喉を潰されたような声が出る。
ガイゼフは反撃してきた。
相手の木剣が、俺の首筋に強打する。
俺は後ろに吹き飛ばされ、背中から落ちた。
おもうに。
ガイゼフが言う見本とは、剣術じゃない。
余計で、愚かなことをすればどうなるか。
俺の身をもって、それを証明しようとしているんだ。
「模擬戦はどちらかが降参、または気絶するまで続行される。遠慮なく降参を選ぶがいい」
いってぇ……。
師範と呼ばれる奴がやる仕打ちかよ。
こっちはただの学生だっての。
『俺の姿で好きにやれ。そういうことだ』
許可されていると、逆にやりづらい。
ルシアン、今借りているのはお前の姿なんだ。
教室の時とはわけが違う。
攻めているのは俺、なのに一方的だ。
相手は大人で、学生と模擬戦をしている。
誰も止めてくれる様子はない。
ディオナも真剣に、この模擬戦を観ている。
「……っ!」
再びガイゼフに立ち向かった。
真正面からではなく、フェイントを交えて距離を詰める。
「がっ!?」
だが無駄に終わる。
あっさりと反撃され、地面に転がった。
降参か気絶。
どっちも嫌だ。
後に悪評が広がるのは、ルシアンだけだから。
「帝国は君を必要としない。君の評判は今や誰もが知っている、『魔法名門の出来損ない』だろう?」
知らねぇよ。
クロイツ家やらシュタインの姉やら、ルシアンが落ちこぼれだということなんざ知るか。
「この程度で済ませれているのはクロイツ家の慈悲だ。まあいずれ、君は消される運命だがね」
今度はガイゼフが攻めてきた。
俺は木剣で肩を突かれ、無防備な脇腹を容赦なく薙がれてしまった。
また地面に転がる。
「……ふ、ざけんな……」
ルシアンを助けたい。
いじめられていたからではない。
俺はいつでも、弱者の側にまわって味方がしたいんだ。
「早く降参することだ。そして、自分の弱さを恥――」
「黙れ」
これは俺の癖なのかもしれない。
本来の目的を忘れて、目の前のことに熱くなる。
偽装する人物を忘れて、自我が優先される。
それでもいい。
今はただ――この野郎をぶちのめしたい。
「ど、どうしたんだシュタインの奴。いつもならすぐ降参するのに……」
「それより、これ以上はやばいんじゃ……」
今さら心配なんてするな。
野次馬の声を無視して、俺は立ち上がる。
木剣を杖に、フラフラでもなんとか踏ん張った。
「なんだ、その目は」
俺はガイゼフを睨んだ。
ようやく、その不快な笑みを崩してくれたな。
オーバーキャスターになってしまおうか。
そうすれば簡単な話になる。
でもルシアンではないとバレる。
ああ! めんどくさい!
「……ガイゼフ師範」
静かにその名前を呼んだ。
ガイゼフはそれには答えず、訝しげな顔になる。
「――あんた、眷属か?」
直球で聞いた。
野次馬には小さくて聞こえず、彼にだけはっきり聞こえるであろう問いを。
「なにを言って」
俺はその答えを聞かず、走り出した。
そして木剣を無造作に持ち、ガイゼフに向けて勢いよく投げつけた。
正解かどうかは今はどうでもいい。
一瞬の戸惑い、ガイゼフにできたわずかな緩み。
それをこじ開けるには、これが有効であってほしい。
「貴様――!」
ガイゼフは飛んできた木剣を弾いた。
剣の達人を倒す。
それを成し得るには、契術だ。
偽装は自分だけでなく、物にも付与できる。
どんな物であろうと形を変え、性質を上書きする。
誰にも気づかれないよう、使わせてもらった。
今投げつけたのは本物の木剣じゃない。
転がった際に拾った石を、偽装したものだ。
本物の木剣は、もう片方の手にある。
「なにッ……!?」
「はああああ!!」
無我夢中で、木剣を振るった。
それを迎え撃とうとするガイゼフの木剣。
だが叶わせない。
俺はギリギリで受け流して、外へ弾き返した。
彼の防御はガラ空きだ。
今ならぶち込める。
木剣を手放して、拳を握った。
「舐めてんじゃ、ねえええええッ!!」
渾身の力で、ガイゼフの顔面に拳を叩き込んでやった。
俺自身の気持ちを最大限含めて。
喧嘩をしたことはない。
でもここは異世界だ。
日本じゃないということだけで、実行できたんだ。
ルシアン、好きにやらせてもらったぞ。
俺は今笑っている。爽快感に溢れてる。
なにが剣術だ、殴った方が早い!
「ざまあみろ!」
ガイゼフは体を仰け反らせていた。
そのまま倒れ、
「――愚か」
次の瞬間、木剣が下から跳ね上がった。
硬い衝撃が顎を打ち抜いてくる。
白い火花が視界に散る。
頭が揺れて、景色が波打った。
「く……そ……」
こんな負け方、前にもしたな。
今度は本物の痛みを感じる。
無念にも、瞳は閉じてしまう。
視界は暗くなり、意識はそこで途切れた。




