29話「剣術の指南講座」
チュンチュンと小鳥の声が聞こえる。
どの世界でも、朝はそんな音で人は目覚めるらしい。
朝? もう朝なのか。
じゃあ起きないとな。
学校……異世界の学園に遅刻してしまう。
心地が良くて、いつまでも寝ていられる。
この魔性のベッドから起きないと――
「……今、何時だ?」
俺は思考をフル回転させ、ベッドから飛び起きた。
制服を着て、鞄を拾い上げる。
寝癖など気にしてられるか。
一刻を争い、俺の命運もかかっている!
「あら、お客様――」
「おはようございますいってきます!」
「ど、どうして制服を!?」
階段を降りているところを召使いさんに見つかった。
事情は知らされていないのか?
後でルシアンに適当な理由つけてもらおう。
俺は裏口から、屋敷を猛スピードで出た。
「はあ、はあ、はあ!」
通学路を全力疾走する。
登校2日目にして寝坊とは、我ながら怖い。
以前の夜型の生活が裏目に出るなんて!
「〈偽装〉……ルシアン!」
誰も見ていない。
学園が見えてきた辺りで、契術を発動させる。
黒霧はいつも通り、俺の体に漂った。
置き去るように走っても、ぴったりとついてくるから不思議だ。
最近は頭痛になることが少ないし、偽装対象によって体にかかる負荷が違うのかもしれない。
「あ! きたきた」
校門の前で手を振っているのは、ディオナだった。
笑顔で俺を迎えてくれる。
それはいいのだが、どうしてここに?
「いやいや、遅刻するぞ!? はやく――」
「1限目は武術だよ? 剣術道場にいかなきゃ」
「……なにそれ」
武術の授業。
剣術道場というのも聞き覚えがない。
ディオナも急いでるようには見えなかった。
「有名な剣術の師範に教えてもらえるんだって。昨日ベルマン先生が言ってなかった?」
「い、言ってたっけ?」
荒かった呼吸が、自然と落ち着いていく。
ということは、まだギリギリセーフということか?
覚えていないが、1限目は教室じゃない?
「ディオナはなんでここに……」
「君を待ってたんだ。一応聞くけど、ルシアン君じゃないよね?」
「……そうだよ」
「ならよかった。僕に怯えてこないんじゃないかって、心配してたから」
ディオナは笑みを浮かべている。
こっちの心を見透かしてくるかのように。
改めて、しくじったな。
主導権を握られ、いつでも切り捨てられる。
怯えるのも無理ないだろう。
「道場は帝国の西にあるんだって。一緒にいこうよ」
彼女は歩き出した。
学園で授業をするわけではないらしい。
まあ、剣術は教室でやらないか。
剣道場に、わざわざ行かなきゃいけないのか。
よし。
「えっと、実は起きてから体調悪いんだ。
保健室に寄って、1限目は休もうかな〜って――」
俺は気分の悪さを装う。
ディオナはそれを見て足を止めてくれた。
学園を離れるのは困る。
だって、魔神関係者は学園の中にいるんだ。
このサボり時間をつかって、捜索をしたいところ……。
「今日の武術の授業、参加できないと成績がくっと下がるんだって。それでもいいの?」
「冗談です。早くいきましょう」
気分がよくなった。
立ち往生してる場合じゃない。
これ以上、ルシアンに迷惑かけてたまるか。
――――
学園から西地区へ歩いて、30分ほど。
足が悲鳴をあげるギリギリで剣道場に着いた。
ディオナからの質問を躱しつつ歩いてきたが、ずいぶんと時間がかかった気がする。
「遅刻だね。潔く怒られよう」
「結局か……」
まあまあな数の階段を登って、剣術道場を前にする。
道場という名の修練場。
そこで運動着の学生たちが、木刀を手に何度も素振りを行なっていた。
「あれがガイゼフ師範かな? 厳しそう」
学生の中心に、壮年な男が立っている。
ガイゼフ師範というらしい。
白い道着に足には下駄。
貫禄のある顔立ちで、鋭い目つき。
後ろに手を組んだ、いかにもな男だ。
「俺、運動着とか持ってきてないぞ」
「貸してくれるとおもうよ。遅刻してきた僕たちに、同じ対応をしてくれたらだけど」
ディオナが目線に、俺は釣られた。
ガイゼフ師範が俺たちのことに気づいたようだ。
学生たちの間を抜け、こっちへ近づいてくる。
「君たちも東の学生かね」
ガイゼフは渋い声で聞いてきた。
手に持つ木刀も相まって、威圧感マシマシだ。
「遅刻は厳禁と伝えていたはずだが?」
ガイゼフは顎に蓄えた髭を撫でた。
雰囲気からして、かなり厳格そうだ。
どう返したものか……。
「今からでも参加できますか? 僕たちはてっきり、学園内の運動場でやるものだと勘違いしてしまいまして」
「ふむ――」
ディオナはありきたりな言い訳をした。
これで納得してくれればいい。
彼が、簡単に許してくれそうには見えないのが残念だ。
ガイゼフは俺とディオナを交互に見た後、
「みなのもの、休めッ!」
後ろを振り返って叫んだ。
その命令に学生たちは従い、木刀を振る手を止める。
「君、名はなんという」
「え……ルシアンですけど……」
俺の目を見て名前を尋ねられる。
ディオナではなく、俺だけに聞いてきた。
「ルシアン……シュタイン家の次男か? そうか、では中央へきなさい」
ガイゼフはそう言い放ち、道場の真ん中まで歩いていった。
なぜ俺だけご指名されたんだ?
中央にこいって、みんなが注目してる中でなにを?
「今から皆に、剣術とはなにかを教えよう。ルシアン君にはその見本になってもらう」
見本?
早くいけと急かすように、学生たちの視線が俺に集まっている。
意味はわからないが仕方ない。
俺はガイゼフがいる道場の中央へ足を運んだ。
「この木剣を使いなさい。私と模擬戦をしようじゃないか」
「模擬戦?」
ガイゼフに木剣を差し出され、それを受け取る。
「さあかかってきなさい。君の遅刻がいかに愚かだったのかを、思い知らせてやろう」
……なるほど。
軽い粛清をしようというわけだ。
叱るのではなく見せしめ。
みんなの目がある前で、俺をボコす気か。
ここでも舐められている。
ディオナではなく俺を選んだのがその証拠だな。
俺が悪いのは事実だが、気分を悪くされれば話は別だ。
「……」
「ん? なんだ、その構えは――」
舐めるなよ。
俺がGNOでなにをやっていたとおもってる。
剣士だ。
プレイヤーランキングに名を馳せる、剣士だぞ。
俺は木剣を垂直に構えた。
対人戦はあまり得意じゃないがな。
オーバーキャスターでなくとも、動きは真似することができるだろう。
一呼吸。
そして地を蹴った。
ガイゼフへと、木剣で斬りかかった。




