28話「経過報告会」
「ということがあったんだ。悪いな」
「……」
学園が終わり、日は沈んだ。
あの後は何事もなく、通学路から帰ることができた。
昨日から俺たちは、このルシアン邸に客人としてお邪魔させてもらっている。
ルシアンが1人で住んでいるという、立派な屋敷である。
ルシアンは家族から追放されたらしい。
なんでも、魔法の才能を重んじる家系だそうだ。
落ちこぼれだの、姉に劣るだの、ボロクソに言われてルシアンは孤立。
あとは想像通りの展開で、せめてもの慈悲としてこの家を与えられたそうな。
ルシアンには悪いが、俺たちにとって好都合。
一時の間だけ、ここを拠点として借りるに至ったわけだ。
「ディオナって子に、思いっきり偽装見られた。いやはや不覚だね」
今は大食堂で夕食をとっている最中だ。
召使いたちに豪勢な食事を運んでもらい、長テーブルの皿と向き合う。
俺は昼間の雪辱を晴らすべく、張り切って口に料理を頬張った。
なんという美味。肉は柔らかく、野菜はフレッシュ。
異世界だろうとなんだろうと、美味いものは美味いのだ。
「眷属は候補が多すぎて特定できなかった。すまん」
食事のついでに、隣にいるレイネに今日のことを報告していた。
ところどころの間をあけて。
ぴくりとも動かないレイネを尻目に、料理を口に入れていく。
お、このフルーツも甘くて美味いな。
空腹だった分、味わいが深くなって体に染み渡るというか。
「……アメハル、こっちを向いてちょうだい」
「ん? ――むぐ!?」
レイネの方を向くと、突然指が飛んできた。
俺のデコからいい音が鳴る。
口から料理を吹き出しそうになるが、なんとか堪えた。
料理だったものを急いで食道へ流し込む。
「れ、レイネさん?」
「はあ……あなた、危機感が欠如しているの?」
彼女は、俺の想定通りの呆れ顔だった。
流石にお咎めなし、とはいかないよなぁ……。
「よくそんな平然としていられるわね。第三者に正体がバレて、契術のことも知られた?」
レイネは報告事項を並べ立てる。
感情に任せ、皿の肉にフォークを刺して口に運んだ。
俺は潜入調査なんて、初めての経験だぞ?
ゲームの中ですら、せいぜいその場の隠密行動くらいだ。
少しくらい許してくれたって……。
「おまけに、俺が渡した金貨を無駄にしただと?」
「うぐ……!」
ルシアンからも俺の失態を指摘されてしまった。
「くくっ、変な啖呵も切ってくれおって。
まったく、見た目よりも相当の阿呆らしいな、アメハルは」
ルシアンは笑いながら、ナイフとフォークを動かす。
その上品な食べ方が、情けない俺をおかずに楽しんでいるように見えて、ちょっとムカついた。
「そういうお前らはなにしてたんだ?」
俺は衝動的になり、2人に聞く。
レイネは俺と別行動だった。
学園以外の魔神反応を追うと言っていた。
今日一日なにをしていたか、聞いてやろうじゃないか。
「ふたつ目の魔神反応、その位置を大体把握できたわ」
レイネは簡潔に答えた。
「北にある、帝国軍の軍事司令館。そこに魔神、あるいは眷属が潜伏している」
具体的な場所までわかったのか。
彼女は続けて調査の進捗を話していく。
「多分、軍人に紛れてるんだわ。容易には近づけないし、建物の中に侵入するのもおそらく不可能よ」
要するに、そっちも特に成果なしか。
軍の拠点といえば、想像するのは国の重要機関だ。
軍人のふりをしているとなると、接触は困難かつリスキーだろう。
「だから、もうひとつの反応を追うことにしたの」
レイネの視線はルシアンに向けられた。
話を振ったので、次はお前が話せというように。
「……この帝国では最近、不埒な輩が出没していると話題になっている」
「不埒な輩?」
俺が聞き返すと、ルシアンは一拍開け、静かに食器を置いた。
「――剣士斬りだ」
「剣士斬り……?」
その名前はどこかで聞いた覚えがある。
聞いただけで、どういうものかは深く考えなかったが。
「都市の夜道に現れ、なぜか剣士だけを狙っては斬りかかる。その殺人鬼につけられた異名だ」
……辻斬りかよ。
剣士だけを斬るから、剣士斬り。
安直でも、怖さを煽るならちょうど良い塩梅だった。
「犯人は未だ捕まっていない。巧みに姿をくらませる剣士斬りに、軍も捜査が難航しているとのことだ」
厄介なやつもいるもんだ。
剣士だけを狙うというところが、不可解極まりない。
そんなことをして、何になるんだ……?
「私はその剣士斬りを追ってみるわ」
「え、なんで?」
レイネは突拍子のないことを言ってきた。
反射的に聞き返すと、すぐに答えてくれる。
「3つ目の魔神の反応は、西に感じているの。
そして……剣士斬りもそれと同じ区域で多く発生している」
剣士斬りが、魔神関係者だという読みか。
ただの快楽殺人者で、まったく無関係である可能性もあるが、怪しさ満点なのは確かだ。
「軍事司令館は後回しにして、剣士斬りを探るわ。行き止まるかより、その方がマシだもの」
「なるほどな。でも……大丈夫なのか?」
剣士斬りを追う。
すなわち、彼女1人でそいつと対峙するということ。
どんな危険が待っているかもわからない。
「心配いらないわよ、今はまだ様子見だけ。
戦ったりするのは、人物を特定してからだって言ったでしょう?」
レイネはそう言って席を立った。
食事を終え、大食堂の出口に歩いていく。
「さっそく今夜、夜道に張り込んでみるわ。
アメハルも引き続き、マーキングをお願い」
そうか、剣士斬りは夜中に現れるんだったな。
だから彼女は装備をつけたままだったのか。
「くれぐれも――今日みたいな油断はしないで」
「はい……」
こわい。
レイネの顔は冷徹モードだ。
剣士斬りを探すため、彼女は夜の帝国へ繰り出していった。
「初めてだから仕方ない……なんて言ったら、燃えかすにされるんだろうな」
念を押されてしまった。
振り返れば、俺のやらかしは相当やらかしている。
ひっくり返すくらいの成果がないと、許されないだろう。
「俺も、風呂入って寝るか」
そのためにも、明日も早起きしなければ。
スマホの充電はすでに切れ、することもない。
日本での生活とは真逆だが、これもいいものだ。
「アメハル」
「ん?」
席を立って大食堂を後にしようすると、ルシアンに呼び止められた。
「この家はどうだ。何か不満はあったか?」
「いやいや、不満なんてない。
こんな屋敷を提供してもらって、むしろ悪い気持ちがするよ」
「気にするな。元々部屋は有り余っている、好きに使えばいいと言ったろう」
ルシアンは穏やかな笑みを浮かべていた。
座ったまま、俺の方へ体を向けてくる。
「お前がやったクロイツへの侮辱は、許されるものではない。近々、何かしらの動きがあるだろうな」
「や、やっぱり? 勢い余ってつい……」
あの時はどうかしていたのだ。
我慢できなくなったというか、止まるブレーキが壊れていたというか。
オーバーキャスターの時といい、偽装をしていると気分が高まる傾向がある。
なぜかは知らないが、テンションがおかしくなる。
ルシアンには悪いことをしてしまった。
「だが――爽快感があった」
俺の考えとは裏腹に、ルシアンはそう答える。
爽快感?
「お前の話を聞いたとき、心がスッキリしたのだ。
俺の代わりに、奴らを侮辱してくれた。
ただ何もせず、泣き寝入りするだけだったはずが、な」
わからない。
どうして俺に感謝するような感想なんだ。
「たとえクロイツから処罰が下ったとしても、俺がお前の代わりに受け入れる。
そんな心晴れやかな気分だ」
さすがに違うだろう。
胸を張って言われても、肩代わりされる筋合いはない。
俺は自分の意思で、口を出しただけだ。
誰かに背負わせるつもりはない。
「……俺が勝手にしたことだぞ。責任はちゃんと取る」
「ふん、今さらなにを。やらかしをやる気に変えてやると言っているのだぞ?」
「はあ?」
俺の覚悟は羽虫のように払われた。
「お前たちの追うものが何かは知らん。関わりたくもないが……情報の提供はしてやる。こう見えて、それなりのツテがあるからな」
するとルシアンは、懐から1枚の紙を取り出した。
それを俺に渡してくる。
「……これは?」
「俺が学園にいない間、身を隠している場所だ。そこに信頼できる友人がいる」
ずっと屋敷にいたわけではなかったらしい。
ルシアンが安心して居座れる場所があるのか。
「なんて書いてあるんだ?」
「……お前、読み書きができんのか? 『ハルトライン商会』の招待状だ。特別に用意してもらった」
「え、ハルトライン商会って――」
帝国の外壁門で会った、あのおっさん。
ガハハと笑う彼の姿を思い出した。
その商会の招待状? ルシアンがおっさんと友達?
世間は広いようで、案外狭いんだな……。
「頼りになるかは保証できないが、困ったら駆け込んでくるといい。お前たちが探す、怪しい者とやらの情報があるかもしれない」
「あ、ありがとう。でも、なんでここまで……?」
ルシアンの代わりに学園へ行かせてほしい。
要求はこれだけだったはずだ。
屋敷の無料宿泊、この招待状、さらには俺の責任をすべて受け持つだって?
――それこそ怪しい。
こんな疑いは、持ってはいけないのだろうか。
「俺の姿で好きにやれ。そういうことだ」
どういうことだよ。
そう返す前に、ルシアンは大食堂から出ていった。
俺は招待状に目の焦点を合わせたまま、その場で立ち尽くしてしまった。
どう考えてもわからない。
利益と損が見合っていないじゃないか。
君の立場を、好き勝手に利用しているだけなのに。
「……なんだよ、それ」
似ている。
俺の過去に。
平然となりすました、自分の罪に。
贖罪もせず、また繰り返そうとしている。
「お客様?」
「……あぁ……すみません」
テーブルの片付けをしにきた屋敷の召使いさん。
声をかけられて、俺は正気に戻った。
疲れたな。
用意してくれた俺の部屋に向かおう。
それで広い屋敷の廊下を進み、浴場の風呂に浸かって疲れを落とす。
最後にふかふかのベッド。
ゆっくりと飛び込んで、今日を終えるんだ。




