26話「逃げた矢先」
「やばいやばい……やばい!」
俺は学園の廊下を疾走する。
どうして彼女があそこにいた?
制服着て、パンを貪ってたぞ!?
「待てっ!」
後ろを振り返ると、フラメアが追ってきた。
スカート姿で、走ってきている!
この際、他の学生に見られても構わない。
とにかく今は彼女から逃げなければ。
どこかに身を隠せる場所を探すんだ……!
「止まれアメハル、なんでこの学園にいんだッ!」
「黙秘する! あの3項目にバッチリ当てはまる!」
「はあ!? ちょ……に、逃げるなッ!!」
俺は歩調を緩めることなく、曲がり角へ滑り込んだ。
フラメアは帝国軍人じゃなかったのか?
黒い軍服から制服に変わっていたから、気づかなかった。
よく考えれば、彼女は怪しくておかしい上に強い。
捕まったらなにをされるか……!
死角を攻め続けろ。
分かれ道を行き、定期的に見失わせる。
タイミングを見計らって、安全地帯に逃げ込むんだ。
「……っ! ここだ!」
後ろにフラメアの姿が見えなくなった。
隠れるなら今しかない。
俺は一心不乱で、近くの部屋のドアノブに手をかける。
鍵はかかっていない。
素晴らしい手際でその部屋へ侵入。
幸運にも人はおらず、俺は瞬時に扉を閉めた。
部屋の隅へ体を潜めた。
気配をなくすため、口を手で覆う。
「あいつ、どこいったッ!?」
扉の向こう側で、バタバタと足音が聞こえる。
どうやらフラメアは、走り去っていったようだ。
「はあ……はあ……ふぅ」
俺は安堵で深呼吸する。
ドクドクと唸る心臓を休めさせた。
「なんで彼女が? が、学生だったのか……?」
まさか、日に2回も追われることになるとは。
昼食も食堂に放置したままだ。
せっかく金貨まで払ったのに、とんだ災難だった。
フラメアの追跡からは撒けた。
しかしどうしたものか。
曇雨晴で出歩いたのは軽率だった。
彼女に見つかる危険性から、もうできないだろう。
大人しくルシアンで過ごした方がよさそうだ。
ルドたちに見つかる前に、こっそりと戻るべきだな。
「それにしても助かった。ちょうどこの部屋があって」
咄嗟に逃げ込んだ場所を見渡す。
小規模な教室といった感じだ。
中央に4人掛けの机と、大きな棚がある。
棚にはたくさんの書類、本が並んでいた。
ここでなら、誰にも見られることなく偽装できる。
「昼飯は残念だけど、教室に帰るしかないか」
俺は空腹を無視して立ち上がった。
偽装の準備……なんてのはないが、体に力を入れた。
「〈偽装〉、ルシアン」
いつもの黒い霧が漂う。
俺の体を覆い、ルシアンの側が形作られて――
ガチャリ。
「え?」
扉が開けられる。
黒い霧はまだ晴れていない。
ルシアンが出来上がる前に、その人物と目が合った。
――ブルーさんだ。
青髪の女学生、彼女がこの部屋に入ってきていた。
目を見開いて、俺を見つめてくる。
「いやこれは……っ!」
偽装する瞬間を見られた。
黒い霧が晴れて、俺はようやくルシアンになる。
だがブルーさんに俺の正体を数秒見られて、
「待っ――!?」
俺が抵抗するよりも早く、彼女に間合いを詰められた。
右手首を外側へひねり上げられ、関節が悲鳴を上げる。
反射的に伸ばした左腕も、即座に払われてしまう。
両手が背面へと回され、交差する形で固められた。
「ぐお……!?」
俺は壁へ押しつけられた。
肩と頬が石壁に当たり、身動き一つ取れない。
「先客がいたとは、驚きだね」
「――――!」
彼女の声は、凍りつくような冷たさだった。
明らかな敵意。
刺されるような視線が、俺に向けられた。
「な、なんのことやら……俺は……」
「僕はディオナ」
「え?」
自己紹介をされて、呆気に取られた。
裏腹に、俺を拘束する力が強まる。
「いててててッ!?」
「シュタイン君、それとも別の名前で呼んであげようか?」
ディオナと名乗った彼女は、俺の耳元でそう囁いた。
や、やっぱりバレてる……!
誤魔化すことは、もはや不可能だった。
「早く答えないと腕、折っちゃうかも?」
「い、いいます曇雨晴と申しますぅいたたたッ!」
「アメハル?」
尋問じみた方法で、名前を引き出されてしまった。
すまんレイネ。俺はここまでかもしれない。
「どうしてシュタイン君の姿を? なにが目的なのかな」
ディオナは手の力を緩めないまま、問いかけてくる。
この洗練された動き――素人じゃない。
そっちこそ何者だ。
魔神の眷属、だとすれば喋るわけにはいかない。
「せ、世界を救おうとしてんのさ」
「……世界を?」
「だから見逃してくれ……頼む! 善意100パーセントの潜入なんだ、学園に害を及ぼす気はない!」
核心は伏せて、敵ではないことだけを必死に訴える。
レイネのことは、絶対に言えない。
「おや、ここでなにをしているんだい」
背後から割って入ってくる、落ち着いた声。
この構図、どこかで……デジャヴか?
「ベルマン先生」
ディオナは振り返る。
すると、俺を拘束する力が弱まった。
隙を逃さず体を引くと、彼女の手はあっさりと離れる。
部屋へ足を踏み入れてきたのは、ベルマンだった。
「ここは私の執務室だ。無断で暴れられては、困るのだけどね」
「……すみません。少し戯れていただけですよ」
ディオナは乱れ一つない声音で答えた。
俺のことには触れない。
不審者として突き出すこともできたはずなのに。
――隠した? 俺を?
「クロイツ君には二週間の自宅謹慎を言い渡したよ」
「そうなん……ですか?」
「ああ。魔法を使おうとしたからね。当然の報いさ」
ベルマンは淡々と告げた。
少なくとも二週間は、ルドに追われることはない――そう考えれば僥倖だ。
だが、胸の奥にわずかな引っかかりが残る。
「シュタイン君のあの度胸に免じて、今回は見逃してあげよう。ほら、もう教室に戻りなさい」
「ありがとうございます。さ、行こ」
「え? ちょ――」
礼を言い終えるより早く、ディオナが俺の手首を掴んだ。
ベルマンに横目で見送られる。
大した叱責もなく帰してくれるのか……?
有無を言わせぬ足取りで、部屋を後にする。
執務室の扉が、背後で閉まる音を立てた。




