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25話「ランチ・ハプニング2」


 俺は頬杖をつきながら、ベルマンの授業を聞いていた。


 この世界には魔法があり、体系化された学問がある。

 魔法の意義を探究し、原理と摂理を解き明かす。

 それが魔法学だ。


 ベルマンは魔法学を担当する教師。

 黒板に文字を書いて、概要を簡単に説明してくれた。


 魔法はいわゆる、神が人類に与えた祝福。

 赤ん坊の頃から使用可能とされ、特別な制限もない。

 何らかの理由でその祝福を放棄しない限り、死ぬまで魔法を使い続けることができる。


 神とは――アルマ、ヴェルト、エルダの3神。

 魔神ではなく、こちらは本物の善神たち。

 彼らは実在し、昔その姿を見たという人たちも少なくないと伝えられているらしい。


 魔法詠唱の起句は、神様たちのことだったんだな。

 ようやく意味がわかったよ。

 それぞれの神の特徴、由来する性質が魔法の分類になっているのだと。

 

「はあ……」


 俺が彼の授業で理解できたのは、ここまでだ。


 まず文字が読めない。

 当然、黒板に書かれたものは解読できなかった。

 俺からすれば、あれは整った落書きである。


 おまけに耳で聞いてもわからない。

 理由は、知らない固有名詞がたくさんでてきたから。

 まるで上級英語のリスニング、それに酷似していた。


 真面目に聞くのは早々に諦めた。

 そもそも、魔法が使えない俺には関係ない授業だし。

 踏ん切りは簡単につけられた。


 まあ……理由はもうひとつあるが。


 俺は隣の席を横目に見た。

 

「……すぅ……すぅ……」


 ルシアンの知り合いらしい、青髪の女学生だ。

 今は机に突っ伏して、寝息を立てている。


 名前はわからない。

 名を尋ねれば、「なんで知らないの?」と怪しまれる可能性がある。

 なので仮に、ブルーさんとしておく。


 ブルーさんは普通のクラスメイトたちとは違う。

 多分、ルシアンと距離を置くことなく話せる仲なんだろう。

 

 せっかく、色々聞こうとしたのに。

 彼女は開始2分ほどで、可愛らしい寝顔を披露してくれた。

 いや寝るなよ。もう少し頑張ってくれよ。


「さて、ここまでが前回の内容だったね。そろそろ鐘も鳴るし、早めにおわるとしよう」


 ベルマンはチョークを置いた。

 授業がようやく締めに入るらしい。

 

 なにが早めだ。

 体感で、確実に1時間は超えているはず。

 理解不可能の授業を聞かされるこっちの身にもなれ。


「食堂でも売店でも、レストランでも自由に昼食を取りたまえ。

 各々、後悔のない時間を過ごすといい」


 ベルマンはそう言って、教室を後にした。


 教室はざわつき始め、立ち上がる学生もちらほら。

 どうやら、もう自由にしていいらしい。

 食堂に売店……貴族用の高級志向かもな。

 

 寝ているブルーさんを起こして、世間話でも――


「……喉が渇いたな」


 俺は席を立った。

 ルドたちがこっちに歩いてくる予感がしたからだ。


 教室を早足で退室し、廊下へ。

 案の定、俺をつけてくる者たちがいるな。

 振り返らずともわかる。ルドたちだろう。

 

 学園の構造はわからない。

 だが今はとにかく、目の前の道を進む。

 連中は諦める気配がないようだ。


 俺を裏路地に拉致し、またボコる気か?

 そうだな、ここは――


「……偽装解除」


 廊下の分岐点。

 そこを横切ったあたりで、俺は立ち止まった。


 授業終了の鐘が、学園中に鳴り響く。


 足音が近づいてくる。

 タイミングを見計らい、進行方向を反転させた。


「おっと! す、すみません!」


「ちっ、どこ見て歩いてんだッ!」


 ルドたちとぶつかりそうになった。

 俺は咄嗟に頭を下げて謝る。


「クソ、どこにいきやがったルシアンの野郎!」


 彼らは俺を無視した。

 そのまま、奥の廊下を曲がっていってしまった。

 捕まえることもせず、強く睨むだけとは。

 

 まったく、節穴だな――なんちゃって。


「ふぅ……助かった」


 偽装を解除して、曇雨晴に戻ったのだ。

 おかげでイラつかれる程度で済んだな。

 別人が化けているとは、考えもしなかったらしい。

 

「制服着てれば、大丈夫か。少しぶかぶかだけど」


 俺は元の姿のまま出歩くことにした。


 ルドたちに詰められなかったのだから、不審者扱いされる心配はないだろう。

 この姿であれば、彼らに追われることもなくなる。

 

「魔神の眷属、どこにいるんだ? 怪しい人って言ったって、今1番怪しいのは俺だし……」


 怪しい、おかしい、強いの三拍子。

 それを揃えた人物を探すなら、まず接触だ。

 観察だけで眷属だと確定させるのは不可能だろう。


 そして『強い』が、具体的に何を指すのかは不明だ。

 戦いにおいてだろうか。それとも頭の良さ?


「……考えるほど難しくなってくる。本当にこの学園にいるのか……?」


 フェイルノートもそうだった。

 魔神サイドの思考がまるで読めない。

 なにか目的があるのは、間違いなさそうだが……。


「ん、ここは食堂か」


 悩みながら歩いていると、賑やかな場所の前に着いた。


 ベルマンが言っていた食堂だな。

 さっき鐘が鳴っていたから、ちょうど昼時なんだ。

 学生たちは長テーブルに食事を運んでいる。


 そういえば、腹が減った。

 何事も空腹では身が入らないというものだ。


 俺は食堂に足を踏み入れた。


「ルシアンから金ももらったし……なにか食べるか」


 懐から、巾着型の小銭袋を取り出す。

 中を覗くと、金と銀の硬貨が数十枚。


 昨日の昼は確か、銀貨1枚でスパゲッティを堪能した。

 これだけあれば、腹がちぎれるほどおかわりできるだろう。

 ルシアンの器の広さが伺えるな。


 食堂の端に、注文口が見える。

 あそこで料理を頼めるようだ。

 俺は注文口の近くへ歩いていく。

 

「えーっと……?」


 メニューらしき掲示板があった。

 料理の絵が丁寧に描かれている。


 どれも上品な見た目で、文字が読めなくとも食欲をそそらされる出来栄えだった。

 下の硬貨の絵は、何色で何枚かを表しているようだ。


 パンと肉に、スープがついたやつにするか。

 シンプルだが美味そうな見た目だ。

 銀貨5枚……少々高いが、味に期待だな。


 俺は石床を踏み鳴らしながら注文口へ向かう。

 カウンター越しで、きちんと背筋を伸ばした給仕係が、にこやかに頭を下げた。


「ごきげんよう。何をお求めですか?」


「え〜……あれ、お願いします」


 名前がわからないので、掲示板の中央を指で示す。

 給仕係は一瞬だけ掲示板に視線を走らせ、すぐに頷いた。


「アンバービーフプレートですね。かしこまりました。

 お受け取りは、隣の窓口で少々お待ちください」


 そう言って、小さな木札を渡された。


 肉の焼ける香ばしい匂いを背中に感じる。

 俺は指定された窓口へと移動した。


 待つこと数分。

 想像よりも早く、木札の番号を呼ばれる。


「4番札の学生様、どうぞこちらに」


「ああ、はい」


「アンバービーフプレートですね。金貨1枚になります」


「え゛」


 バカな。

 

 き、金貨1枚!?

 俺が頼んだものは銀貨5枚のはずだ!

 

 俺は注文口に出された料理を見る。

 こんがり焼かれたステーキプレート。

 サラダにデザートがついた、頼んだものとは別の……。


 これ、隣にあったやつじゃん。


「いかがされましたか?」


「あ……いえ、はい、ありがとうございます……」


 一度出されたものを突っぱねる。

 そんな勇気があるわけもなく。


 俺は金貨1枚を取り出し、料理と交換した。

 

 両手にトレーを持つ。

 その上には、昼食とはおもえない豪華ステーキ。

 やられた。これが貴族食堂のやり方か。


 罪悪感もある。

 他人の金で食う飯はさぞ美味かろう。

 ただ、高すぎる買い物は気が引ける……。


「……席も空いてない」


 テーブルは見渡す限り、満席だった。

 貴族といえど、食堂で済ます学生は多いようだ。


「はあ……ん?」


 困ったのは数秒だけだった。

 真ん中のテーブルに、自然と目がいく。

 

 なぜか人が少ない。

 そのテーブルには空席がたくさんあった。

 

「空いてるじゃん。あそこにするか」


 俺はトレーを運び、すばやくその席に着いた。

 椅子を引いて、腰を下ろす。


 頼んでしまったものはしょうがない。

 ここはしっかり味わって、感想を――


「アメハル?」


「……は?」


 呼ばれるはずのない名前を、呼ばれた。


 そんなことがあり得るか。

 おもわず、正面へ顔を向ける。


「お前、なんでここに!?」


 驚きたいのはこっちだ。

 帝国に俺の知り合いはいない。

 だが、顔と名前を知られた人物は1人いる。

 

 ――フラメア。


 彼女が俺のいる向かいの席で、驚愕していた。


「……失礼。席を間違えた」


 俺はそう言って立ち上がった。

 昼食は放置し、椅子を押し除ける。

 

 流れるように、食堂から逃走した。


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