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22話「カルヴェルム帝国」


 帝国壁門までまもなく。

 俺は歩き、レイネは馬車を動かす。

 

 遊園地の人気アトラクションのような、長蛇の列だ。

 俺たちの他にも、色々な場所からたくさんの人が帝国にきているらしい。

 

 やっと、検問をしているところまで列が進んだ。

 その直前のことだった。


「……あの、落としましたよ」

 

 俺は前に並んでいた商人らしき男に話しかけた。


「ん? おお!? それは私の印章ではないか」


 男は驚き、俺の方へ振り返った。

 髭を蓄えた、小太りの男だ。

 

 男のポケットから滑り落ちたのは、一枚のカード。

 俺はそれをすぐに拾い上げ、彼に手渡そうとした。


「いやあ、君はいい男だなあ!」


「え?」


 どういうことだ。

 ここは「ありがとう」でおわりでいいのに。

 

 男はなぜか俺を褒めた。

 大口を開け、笑顔で肩を叩いてくる。


「目の前に落ちた宝物を、素直に拾って返すとは!」


「普通のことじゃないですか……?」


 当然だろう。

 後に相手が困り、自分が罪悪感に苛まれる。

 俺は良心を傷ませるためだけに、盗むことはしない。


「当たり前だと思っているその心が気に入った。今度店にきな、俺がいるときは贔屓してあげよう」


「はあ……」


 よくわからないが、気に入られたらしい。

 商人の男は、ガハハと笑いながら去っていった。


「あのカード、『ハルトライン商会』って書いてあったけど、有名な商会なのか?」


「ええ、世界屈指の商業組織と言ってもいいわ」


 レイネは馬車の上から教えてくれた。

 世界屈指、それは確かにお宝だな。


「そうなんだ……機会があればいってみようかな」


「高いわよ」


「一言で表してくれてありがとう。それ以前に無一文だったの忘れてた」


 そうやってレイネと会話をしているうちに、ついに門の前へとたどり着いた。

 そこには、軍らしき複数人の兵士が立っていた。


 さっきの商人の男と、1人の女性兵士がやり取りをしている。

 兵士は頷き、微笑みを浮かべた。


「ようこそ帝国へ」


 商人の男は歓迎され、門を潜った。

 

 あの言葉を言わせれば、俺たちの勝ちだ。


「次の方、前にどうぞ」


 落ち着け。

 自然に歩き、不自然なく仕草を装うんだ。


 俺とレイネは馬車を進ませる。


「ここに訪れた目的と、通行税を」


「私たちはセレスの商人で、帝国に新しい商品を仕入れるためにやって参りました」


 レイネは冷静に、流れるように答えてくれた。

 兵士は俺たちの馬車をチラリと見る。


「ふむ、セレス商会ですか。そちらの袋の中身を確認しても?」


「ええ。どうぞ」


 狼狽えることなく、レイネはそれを許可した。


 想定内だ。


 中身のあるように見える袋。

 それだけじゃあ心許ない。

 あらかじめ、俺が偽装したこの世界の硬貨や香辛料、未開封の封筒やらを大量に生産しておいた。


 兵士は袋を確認する。

 ひと通りチェックし終えたのか、馬車の荷台から離れた。


「問題ないですね。それでは、印章をお持ちですか?」


 印章?

 というのは、さっきの男に返したあれか?


 まずい。想定外だ。


 俺たちと兵士に数秒の間が生まれる。


「……どうかしましたか?」


 これ以上黙るのはまずい。

 俺は緊張で、ジャージのズボンを上から弄ってしまう。

 

 ふと、あるものが手に触れた。

 この局面を切り抜ける術を、思いついた。


 もうこれしかない……!

 誰にも気づかれない程度の小声で、俺は唱えた。

 

「印章は――」


「これでいいですか?」


 俺はレイネが何か言う前に割り込んだ。

 訝しがる目の兵士に、あるものを差し出す。


 それは、一枚のカードだ。

 薄くて小さいカードだが、表面にミリス商会らしき印章が刻まれていた。


「拝見いたします」


 兵士はカードを受け取った。


 これは賭けだ。

 俺はミリス商会の印章なんて知らないし、本物のカードがどんなものか見たことはない。


 ただ「それっぽい」というだけなんだ。

 俺がイメージした文面と形がそのまま投影されている。


 兵士はカードをじっと見た。

 彼女の審美眼、そして俺の偽装能力に賭ける……!


「――ようこそ帝国へ」


 勝った。



――――


 

 滞在署名をしたあと、俺たちは帝国の門を潜る。

 

「いつの間にあれを?」


「あの人には悪いけど、利用させてもらった。

 今度店で買い物して、それでチャラにしてもらおう」


 俺はカードをひらひらとさせる。

 効果が切れたのか、カードは偽装から解放され、元のスマホに戻った。

 

 契術は心の中で「偽装」と言っても反応しない。

 だが口にすれさえすれば、小声でも発動できるんだ。

 戦い以外でも俺の契術は、かなり使い勝手がいい。


 魔力はいつも通り適当に。

 効果時間の詳細は不明。

 まあ上々の結果を出したのだから、些細なことだ。

 

 とにかく、やり遂げた。

 

 達成感で溢れている。

 咄嗟に実行したことが成功したのだ。

 やっと、まともに活躍できた気がする!


「これで、本当の意味で帝国に到着、し……た……?」

 

 待ちに待った帝国の景色を、上機嫌で眺めようとした。


 あれが目に入らなければ。

 

「ん? ……は?」


 俺は目を疑った。

 

 無意識に足も止まり、その原因を凝視する。


 帝国兵が利用している門の詰め所。

 そこには掲示板のようなものも建てられていた。

 きっと国の知らせや、住民の困りごとなどが紙として貼られているのだろう。


 その中に、一際目立つ紙があったんだ。

 最近貼られたのか、それだけ新しいものだった。


 俺は掲示板に近づく。

 目を擦って、改めて見てみた。

 幻覚じゃないらしい。え、幻覚じゃないだと?

 

 紙に描かれた人物の顔。

 明らかに……見覚えがあった。


 

「――オーバーキャスター?」


 

 そう、俺だ。

 

 正確には白い彼の方だが。

 彼は真剣な面持ちで、紙媒体にされていた。


「ちょ、は!? なんでアイツがここに飾られてんの!?」


 思わず掲示板をバンッと叩いてしまった。

 異世界で二次元化されるやつがあるか!

 

 紙に書かれた異世界語は読めない。

 読めないが……刺々しい字面な気がする。

 この構成と色、まるで指名手配書みたいな。

 

「……フィイルノートね。根回しされた」


 レイネは馬車から降りてこっちにきた。


「これ、なんて書いてあるんだ」


 俺はレイネに文字の読み上げを頼む。

 彼女の表情は、強張っていた。


「『本人物は極めて危険かつ凶暴。己の容姿と力を誇示するため、理由なき殺傷を行う外道である』」


「げ、外道!?」


 さっそく身に覚えのない罪状を言い渡された。

 容姿と力を誇示? 理由なき殺傷??


「『その行動は各国の秩序を著しく乱すものと判断され、本日付をもって大陸共通の要注意人物として登録された』」


 各国って、他の国にもこの紙が……?

 ほ、本当に指名手配みたいじゃないですかやだ。


「『よって、当該人物を発見した場合は、不用意に接触することなく、直ちに最寄りの衛兵詰所または領主に通報せよ。なお、本人物を生死を問わず確保した者には、各国連名により多額の報奨金と、相応の爵位または恩赦を与えるものとする』……」


 レイネの長い読み上げは終わった。


 絶句だった。


 なんという、鮮やかな理不尽コンボ。

 アウトラインはとうに超えている。

 俺ではなく、オーバーキャスターだったのがまだ救いではあったが……困ったことになったぞ。


「迂闊に変身すると、通報されかねないわ」


「じゃあ、これからは安易に頼れないってこと……?」


 俺はアイツになるべくならないことを願っていた。

 だが最終手段としても、使えなくなった?

 人目を避け、なるべく静かに戦えとでも言うのか。

 

「悪い知らせが、他にもある」


 レイネは険しい顔でそう告げた。

 彼女の頬に一滴の汗粒が流れる。


「え、なんだよ……」


 嫌な予感がした。

 

 やめてくれ、高頻度すぎる。

 その予感は一定のペースじゃないと心が保たない。

 

「この国のどこかに――魔神がいる」


 試練は続く。

 これがカルヴェルム帝国での、戦いの幕開けとなった。


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