プロローグ「仮想・後」
『Grand KnightOnline :Final dungeon』
空中に、文字が大きく浮かび上がった。
後ろから退路の崩れる音がする。
始まったな、クエストが。
俺は腰にある剣を引き抜く。
そしてもう一歩前進した。
『――よくぞ、参った』
お、喋るタイプ?
座っていたモンスターは、ゆっくりと顔を上げた。
人外だ。
頭はトカゲ、いやドラゴンか?
鋭い眼光と、並ならぬ風格を持ち合わせていた。
『我が剣は、騎士の誇りを削り斬る死神と知れ』
それらしい口上だな。
威圧感も申し分ない。
なによりカッコいいぞ?
『難攻不落の絶技、最奥の試練を、己が力で打ち破ってみせるがいい』
モンスターは玉座から立ち上がる。
どこからともなく、巨大な剣を呼び出した。
ズシン、と地鳴りが響く。
「キングオブ、ナイトスレイヤー?
さすが、大層な名前してるよ」
自然と笑ってしまった。
俺の容姿と、対を成したようなコイツ。
ねじ伏せたいというこの欲求が抑えられない!
「サ終に相応しい戦いを。
青春と時間を生け贄にした、俺という存在を思い知れッ!」
俺は雄叫びと共に動いた。
全能力が超アップされた、本気の走り。
「ッ! 速――」
今までにない疾走感だ。
風を切り、その音で耳が聞こえづらい。
ナイトスレイヤーは大剣を軽々と地面に斬りつけた。
複数の真空刃が飛んでくる。
俺は真空刃を躱して、奴との距離を縮めていった。
小手調べだ、真正面から斬りつけてやる。
「ふッ!」
奴は近づくまで、動いていなかったはずだ。
だが、俺の剣は奴の大剣に防がれている。
硬い岩を殴り斬った感触。
「ぐッ!?」
なんて力だ。
迫り合うこともできずに、後ろへ弾き飛ばされてしまった。
機敏で正確。
それでいて頑丈ときた。
奴の頭上にあるHPゲージは、ミリも減っていない。
「……流石ラスボス、倒しがいがっ!?」
仕切り直そうとしたのも束の間だった。
俺の目の前には、ナイトスレイヤーが迫っていた。
振りかざされる大剣。
「あっぶねぇなぁ!」
間一髪。
なんとか横に飛び出て躱した。
奴の大剣は勢いよく叩きつけられ、地面を激しく揺らしていた。
ま、簡単にいくわけないよな。
最大限に向上したステータス。
それでもナイトスレイヤーは、俺の動きを正確に捉えている。
それもそうだ。
本来はガチガチのパーティを組んで、念入りに攻略するべき相手だ。
――それがどうした?
「俺は、オーバーキャスターだ」
仲間たちは死んだ。
ここにいるのは俺だけなんだ。
俺だけが倒せるチャンスを握っている。
ではどうする?
脳で考えず、今までの経験と感覚で動くしかない。
それしかない!
「……負けられないんだ。この戦いだけは、絶対に!」
未だかつてなく最強のこの俺が、真正面から叩き潰すしかないってことだ!
「はあッ!」
俺は地面を蹴った。
脳の処理を置き去りにして、剣を振る。
今度は命中した。
奴の鎧を斬り裂き、直接ダメージを叩き出せた。
電子の粒子が宙に舞う。
いいぞ、その調子だ。
勘ですべてを掴み取れ。
「こい! ぜんぶッ!」
ナイトスレイヤーは咆哮した。
恐ろしい気迫で反撃してくる。
大剣の一、二撃目を当たる寸前で躱した。
研ぎ澄まされた感覚。
三撃目、四撃、五――
凄まじい速さの連撃、その全てを回避する。
なんて、軽やかなんだ。
怒涛の8連続回避。
回避するたびに、奴の体を斬り刻んだ。
少しずつだが、確実に体力を減らせている。
俊敏なナイトスレイヤーに合わせるんだ。
向かってくる攻撃をいなせ。
このフィールドで柔軟に動き回れ。
俺の勝利条件は、初見で完璧に対応すること。
不可能に近い。だが今の俺ならできる。
ジャスト回避とパリィで凌いで、カウンターに繋げる!
「今だッ!」
俺は激しい攻撃の終わりを耐えきり、鋭い突きを放った。
奴の胴体へモロに食らわせてやった。
運に任せろ。
ゲーマーズラックを引き出せ。
リアルラックを手繰り寄せろ。
繋げる形で回転斬りを食らわせ、即座に身を引く。
奴のHPゲージを見た。
今ので、すでに半分を切っていた。
イケる。絶好調にもほどがある。
普段なら絶対に出ないスーパーダメージ。
そしてボス相手に余裕のある動き。
なんて、気持ちいいんだっ!
「おいおい、案外大したことないな!」
切り札の『アレ』を使えば、おそらく決着する。
もう少し体力を削ってから使いたい。
だが、このままでは詰んでしまう。
スキルのバフ時間が切れると、そこで実質のゲームオーバーなのだ。
残り時間は……あと3分ってところだろう。
「そろそろ、必殺の一撃を――ッ!?」
デタラメな速さでまた近づかれた。
先ほどの攻撃より速い。対応できない。
急接近した勢いを利用した、左切り上げの大剣。
「クソッ!」
寸前で躱そうとした。
だが、わずかに剣先が胴体に触れてしまった。
俺のHPゲージの、4分の1が削れた。
掠っただけで、このダメージとは。
「ぐはッ!?」
鈍い音がした。
ナイトスレイヤーの剛腕から繰り出される拳。
俺のみぞおちにメリメリと打ち込まれる。
間違いなく、痛いだろう。
痛みを錯覚させるほどのリアリティだ。
この体の硬直は、脳が痛みだと誤認しているからなのだろうか。
「……ごぉっほ……」
続けて俺は、強烈なアッパーを喰らった。
揺らぐ視界。数秒前に自分が立っていたはずの地面が見える。
そして、ナイトスレイヤーが跳んだ。
あぁ……追撃がくるんだ。
天に落ちるような勢いはどうしようもない――
「がはっ!?」
空中で斬り落とされた。
俺は地面に叩きつけられ、無様に転がる。
HPバーは……ミリ程度だがかろうじて残っている。
「……調子に、乗るもんじゃ、なかったな」
奇跡だ。即死していてもおかしくなかった。
それほど、奴の全ての攻撃には重みがある。
何で一瞬でも油断した?
馬鹿みたいな癖を治さなかったのが馬鹿みたいだ。
俺は風前の灯ながらも、膝をついて体を起こす。
『――破天、執行』
「……マズイか?」
次がくる。
地に降り立ったナイトスレイヤーは、大剣を天に掲げていた。
滲み出る黒いオーラと不気味な音が、この城全体に広がっている。
これはただの攻撃ではないだろう。
あの溜めのモーションからして、おそらく周囲を薙ぎ払うような範囲攻撃か。
「でもまあ、それを待ってたよ。逆転のチャンス」
まさに今なんだ。
奴の大技を防ぎ、かつ最強のカウンターを喰らわせられるチャンスなのは。
そんなことを可能にする、切り札の出番がきた。
「『クイックチェンジ』、叢雲」
短く唱えると、システムが稼働する。
俺の手にあった剣は収納され、別の武器が現れた。
これぞ俺の主力とよぶべきモノ。
見た目は、一本のボロついた刀だ。
騎士っぽい見た目の俺には、あまり似合わない武器だが――
「妖力解放、魔天モード」
必殺コマンドのようなものだ。
ガチャン、という音が鳴る。
刀の鞘を捨て、その刀身をあらわにした。
見た目通り、錆びついていて刃が欠けている。
『清廉を破却。善悪の一切を無情へと導かん』
ナイトスレイヤーが力を溜め始めた。
俺は刀を手にぶら下げ、歩く。
おそれないで、一歩ずつ近づいていく。
『我は騎士を屠る者。
その魂、叫ぶ間もなく葬り去られよ』
「いいや……終わるのはお前だ!」
ナイトスレイヤーの目の前だ。
体の無駄な力を抜いて、心を冷静に。
俺の言葉に反応したのかは知らない。
ナイトスレイヤーは声にならない咆哮をあげた。
大剣が倒れてくる。
あまりに速い。逆にゆっくりだと錯覚するほど。
全てを呑み込むようなその一撃が、俺の顔の前に。
――衝撃が走った。
解き放たれた、膨大なエネルギー。
ダンジョンの全域を巡り、命ある全てを散らすように爆裂する。
なるほど、これは耐えられない。
高レベルのタンク職でも、簡単に消し飛ばされる威力があったんじゃないだろうか?
だが、俺は生きている。
これこそがこの刀の真髄。
俺の体は、紫色の霧のような状態に変化していた。
ダメージは一切喰らっていない。
そして、霧状態は解除される。
体が再構築され、霧の中にあった大剣がバチンッと外へ弾かれた。
『――ッ!?』
その驚いた顔が見たかったんだ。
力がみなぎった。
白一色だった俺の装備は、紫紺の輝きに染まる。
ボロボロだった刀も、新たな刃を揃えて激しく光を放っていた。
「最強の反撃、出来上がりだ。
さっきの上乗せして、お返しするよ」
俺はナイトスレイヤーを真似るように、刀を両手に持って空へ突き立てる。
ステータスアップ効果も、もう切れるだろう。
ギリギリ、だが完璧だ!
長きに渡る冒険は、この超短期決戦で幕を閉じる。
「最終ダンジョンソロ攻略、これにて決着ッ!」
笑いながら、高らかに言った。
ナイトスレイヤーは大技後の硬直で動けずにいる。
この揺らめく紫の輝きを、一振りで全て放出する!
「喰らえ、魔天の――」
刀を振り下ろそうとした。
ピコン。
なんだ?
頭の中で、そんな1つの電子音が鳴った。
実に気が散る音だった。
そして俺の視界いっぱいに、ある一文が表示される。
《ネットワークエラーが発生しました。通信状態を確認したのち、再度ログインしてください》
「……は?」
マヌケな声が出た。
意味がわからない。
う、動けない。体がまるで岩のようだ。
刀を振り下ろせない。
指の一本すら、動かせない。
これはまさか、非常事態用のフリーズ――。
ドンッ。
「あっ」
フワッとした。
視界がエラーメッセージで遮られて見えなかった。
殴られる衝撃と、宙へ飛ばされる感覚に襲われる。
……早く、地面につけよ。
いつもより長い落下時間、これは、ステージ外の奈落へ落ちて――。
メッセージは視界から消え、目の前が真っ暗になった。




