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16話「切り札」


 曇雨晴。

 もといオーバーキャスターは確信していた。

 今の自分には敵なしと。 


 同時に、ある可能性に期待していた。

 

 偽装が自分の思っている力であるのなら。

 かつて愛用した、あの武器。

 あれを呼び出すことはできるのか、と。


 白騎士である彼の頭にあるのはその二つだけだ。

 恐怖は微塵もない。


 ただ、吸血鬼の方へ歩みを進めている。


「なぜだ……立っていられぬほどのパワーだったはずだ!」


 吸血鬼は理解できなかった。

 威嚇するように声を荒げる。


 自分が全力で殴り飛ばした人間。

 それが平然としているからだ。

 白に身を包んだ人間の子どもが、笑みを浮かべて歩いてきているからだ。


「オーバーキャスターにもなれたんだから、“あれ”も出せていいはずだ。

 偽装できる条件があるとか?」


「な、なにを言っている……?」


 吸血鬼はますます理解できなかった。


 訳のわからない言葉を口にして、あの生物は自分に近づいてくる。

 得体の知れない威圧感。

 吸血鬼は思わず後ずさった。


「は、ははは! 俺は倒せぬ、殺せぬ! お前には神聖を感じない!」


 吸血鬼には通常の物理攻撃が効かない。

 神聖な力を含んだ攻撃。

 もしくは太陽光に類した手段でなければ、それ以外を無効化する。

 

 この法則があるからこそ、吸血鬼は立ち直れた。


「ガアアアアアアアアッ!!」


 夜の村に雄叫びが響き渡る。

 すると、吸血鬼の姿が掻き消えた。

 

 白騎士は剣を振る。


 肉が切れる音。

 続けて、鈍い音が鳴った。


 吸血鬼の腕が切り裂かれる。

 だが、その傷は瞬時に再生した。


「無駄ムダァ!」


 吸血鬼は白騎士を殴り飛ばした。

 

 吸血鬼の追撃は止まらない。

 押して引く。

 何度も、膨大な魔力を放出させる。


「なにも通用しない気分はどうだ! 所詮貴様ら人間は、我々の食事に過ぎないのだッ!」


 白騎士は手も足も出ない。

 高い俊敏性と、圧倒的な暴力でねじ伏せる。

 吸血鬼にとっては、いつもの日常となんら変わらない。


 ――そのはずだった。


「おかしい……なぜだ、ありえないっ!」


 白騎士は、吸血鬼の攻撃の全てを捌き切っていた。


 それどころではない。

 傷が吸血鬼に増える一方だった。


 白騎士の表情はなんら変わっていない。

 ただ向かってくる吸血鬼を迎え撃つ。

 すぐに新しい斬撃をつけるだけだ。


「これ、いつまで続くんだ?」


「うるさいッ、お前が死ぬまでだァッ!」


「そう」


 白騎士はそっと、目を瞑った。


 彼は吸血鬼の巨腕を躱す。

 剣を逆手に持ち、その関節を絶ち斬った。


 今度こそ、流れるような美しい回し蹴りを披露する。

 吸血鬼を軽く吹き飛ばした。


「ぐっ……この程度で――」


「そろそろおわりにするが、言い残すことは?」


 白騎士は剣を下ろして宣言した。

 おわりにする。

 吸血鬼にそう言ったのだ。


「ふ、ふは、はははははははは! 無駄なんだよバカが。俺にお前の攻撃は効かない!」


 吸血鬼は嘲笑った。

 吸血鬼としての能力が自信を維持しているゆえに。


「そうか。

 じゃあ、これを受けた後にもう一度言ってみてくれ」


 そう言って、白騎士は自分の剣を体の前に持ってきた。

 手に力を込める。


「ああ? 何を……」


「〈偽装〉――ムラクモ」


 彼は唱えた。


 契術なる力は正常に働く。

 黒い霧が、剣に立ち込める。


 すぐに晴れて、剣は新しい姿を獲得していた。


「――できた! ははっ、やっぱできんじゃん!」

 

 彼の持つ剣は変容した。


 異彩を放つ、細長い刀身の武器。

 かつて電子世界で多くを屠ってきた、妖刀。


「魔天モード」


 ガチャン。

 そんな音が鳴る。


 白騎士は、慣れた手つきで刀を抜いた。

 刃は錆び付いていて、欠けている。


 吸血鬼は無意識に身構えた。

 白騎士が持つその刀から、ただならぬ寒気を感じた。


「それが、なんだというのだ。その薄汚い剣で何をしようと」


「いいからこいよ。試し斬りだ」


 挑発。

 明らかに誘っている。


 上等だ。その挑発に乗った上でねじ伏せる。

 いかにして、あの人間を噛み殺せるか。

 考える必要はない。

 真っ直ぐに殺す。


 吸血鬼はその考えのみを実行するため、殺意を躍動させた。

 

 吸血鬼は躊躇うことなく、駆け出した。

 身に纏った魔力は巨腕に集中させる。

 全てを打ち砕かんと、振り上げた。


 対して、白騎士は静かに刀を構えている。

 ゆっくりと、前を見据えて腰を低くして――


「死ねぇッ!!」


 吸血鬼の拳が、オーバーキャスターの頭蓋骨を叩き割ろうとしてした。


 その時。

 不意に、オーバーキャスターが霧散した。


「な、に……っ!?」


 あまりに軽い感触。

 吸血鬼は面食らった。


 紫色の霧が漂っている。

 先ほどまで、そこに白騎士が立っていたはずだ。

 吸血鬼の拳は空振りし、地面に到達する。


「どうなって――」


 吸血鬼が混乱している刹那。


 霧は収束する。

 元の形へ急速に戻り始める。


 霧が吸血鬼の巨腕を弾いた。

 再び、白騎士がその姿を表す。


「どこが偽装だよ、完全再現じゃねぇか……!」


 隠すことはない。

 白騎士は歓喜の表情を浮かべていた。


 彼のその手には、莫大なエネルギーを内包した刀が収まっていた。


 体を紫紺の色に染め――叫びながら振り抜く。


「『魔天の――叢雲』ッ!!」


 輝きが夜に訪れた。


 白騎士の刀から藍紫の極光が放出され、目の前の吸血鬼に向かって突き進む。


 衝撃が夜に訪れた。


 木々は揺れ、風は切り裂かれる。

 吸血鬼が声を上げる暇も与えない。


 極光は吸血鬼を飲み込み、激しい音を奏でた。


「……これが、俺の始まりだ」


 吸血鬼は消滅していた。


 エネルギーの放出に耐えられなかったのか。

 それとも、太陽光に類似した力だったからなのか。

 はたまた別の敗因があったのか……。


 どちらにせよ、オーバーキャスターは勝利を納めた。


「はー疲れた。しばらくバトルは休憩で――」


 白騎士はふらっとして、大の字で倒れる。


 また黒い霧が現れる。

 白騎士の体に漂って、霧は晴れた。


 彼は元の雨晴に戻り、どっとくたびれた顔をした。


「……疲れた」


 星の見える夜空。

 それを見て、脳は勝手に一言呟いた。


 雨晴は自分で戦った気がしなかった。

 まるでオート戦闘。

 オーバーキャスターが一人でに動いていた感覚だった。


「偽装ってなんなんだよ。俺にどうしろってんだ……」


 悪魔との契約で得た力。

 雨晴自身に契約したという身に覚えはない。

 この力で何を成すべきなのか、思い至れない。


 生き残れた安堵。

 知らないうちに代価を払っているのではないかという不安が交差していた。


 



 しばらくして。

 雨晴のもとに少女がやってきた。


「あ……生きてた」


「生きてた、じゃないよ。危うく死にかけた」


 レイネは倒れている雨晴をまたも見下ろす。


 軽口を叩けるくらい、2人は無傷に等しい。

 各々の力で吸血鬼を倒したことを、両者はすぐに理解した。


 ゾンビたちは灰となって消えた。

 残るのは、夜の静寂になびく風の音だけだ。


「それはなにより。あなたやっぱり強いのね」


「強いっていうか……契術が意味不明というか」


「どこかの悪魔さんとやらには、一応感謝しとくよ」


「これからどうするんだ?」


「村の端に馬車があったの。それでもっと北に向かう」


 雨晴は体を起こし、レイネを見る。


「帝国に寄れば色々買い揃えられるわ。魔神の情報収集も兼ねてまずは下準備を……って、聞いてる?」


「あぁ……悪い」


 雨晴は歯切れ悪く返答した。

 

 レイネはその様子に、もう一度確認をした。


「本当に、手伝ってくれるのよね?」


 雨晴はすぐに「はい」と応えなかった。

 色々な考えが頭を駆け巡っていく。


 自分はなぜあの時、積極的にレイネを助けると豪語したのか。

 命を賭けてまで戦おうとする理由はなんだ。


 平和の中で生きてきた俺が、どうして――


「やらなきゃいけないって、誰かに言われた気がするんだ」


 雨晴はまた寝転がる。

 そして星を見上げた。

 

 面倒な思考は全て切り捨てた。


 その末に答えは出た。

 であれば、それに従う他ない。


 彼は、そう判断した。


「フェイルノートたちに一泡吹かせて、足りない説明を強制させてやれればそれでいい」


 感情論は実に単純だ。

 代わりに、強い原動力に足り得る。


「……そう、期待してるわ」


 レイネはそれ以上なにも言わなかった。


 2人は広大な星の夜空に、明日の自分たちの運命を祈るのだった。


 

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