14話「朱色の雷鳴」
レイネは吸血鬼を前方に押し出す。
落雷のような音が鳴り響く。
夜の空中を、光が流れていった。
「小娘よ、1人で私に勝てるとでも!?」
「ふん、そうね。今のでわかった、わッ!」
鍔迫り合いの末。
勝ったのはレイネだった。
彼女は空中で体を捻り、吸血鬼をハエが如く叩き落とした。
吸血鬼の体が宙を舞う。
そのまま硬い大地へ墜落した。
レイネは軽やかに、地面に着地する。
「ぐっ、はぁ……!」
吸血鬼は苦痛の声を上げた。
だが死には至っていない。
それどころか、みるみるうちに傷ついた体が回復している。
「あら、そのまま死ねば楽だったのに」
「誰に言っている! 私は夜の支配者……吸血鬼だッ!」
吸血鬼は立ち上がって、レイネを睨みつけた。
「そう。だからなんだというの」
レイネは怯まない。
彼女は吸血鬼を嘲笑い、短剣を向ける。
「夜にしか外に出られない臆病者が、まだ自分が狩られる側じゃないと……理解できてないだけでしょう?」
「……決めたぞ。ここの村人と同じように、その細い首食いちぎってやる!」
今すぐにでも少女の屍を晒す。
吸血鬼は地を蹴った。
牙を剥き出しにし、レイネに襲いかかる。
「《ヴェルト・サンダー》》
狂気に満ちた顔の吸血鬼を前にして、レイネは一歩も引かなかった。
赤い雷を纏い、臨戦する。
「シャアッ!」
容易く生き物の肉を削いでしまいそうな爪。
夜の空気を切り裂き、レイネに迫る。
レイネはそれを、巧みな身のこなしでいなした。
吸血鬼の猛攻に汗ひとつ流していない。
すべて、捌いてみせた。
「ば、馬鹿な!?」
「《アルマ・サンダー》」
「ぐあああ……!」
吸血鬼にできた、一瞬の隙。
レイネはそれを正確に突く。
魔法陣から、赤雷を放出した。
吸血鬼に直撃する。
彼は大きく後退させられ、膝をつく。
体の芯を貫くような痛み。
吸血鬼は、ありえないとばかりに驚愕した。
「たかが少女、それも人間のだ!
私の怪力と俊敏性を……上回っているだと!?」
「うるさいわね。驚くことでもないでしょう」
レイネは休ませまいと吸血鬼に迫った。
吸血鬼はそれに気づき、慌てて距離を取ろうとする。
レイネは吸血鬼の顔面に斬りかかる。
短剣は吸血鬼の頬をかする。
だが致命傷にはほど遠い。
「ぐ……があ……!」
「おしい。でも痛そうね」
吸血鬼は顔を抑えた。
悶えて、苦しんでいる。
たったかすり傷だった。
それなのに、太陽を数秒浴びてしまったかのような痛みで、吸血鬼は震えた。
「お、おかしい……なぜ、私に傷をつけられる!?」
吸血鬼に通常の攻撃手段は効かない。
傷をつけられても痛みを感じることはなく、すぐに肉体は再生する。
だがこの少女は違う。
ただの人間ではない。
吸血鬼の直感はそう言っていた。
「ねえ、この村の人たちは全員殺したの? 村の門にいた人は吸血鬼だったのかしら」
レイネの静かな殺気を当てられ、吸血鬼はようやく冷静になった。
おそらく天敵の類い。
遅くも吸血鬼の直感は働いた。
「妙に人の気配が少ないと思った。常に警戒しておくって、やっぱり大事ね」
吸血鬼は息を呑む。
この小娘は、私を殺すことが可能ではないか。
脳裏によぎり、迂闊に攻撃するのをやめた。
「それはただの短剣のはず……まさか、聖なる者に連なる者なのか」
「ええ。私、勇者の末裔だもの」
レイネは隠すことなく打ち明けた。
「勇者、だと……!?」
この小娘は何を口走った。
嘘か真実なんてどうでもいい。
奴は、自分を勇者の末裔だと言ってみせた。
吸血鬼は動揺した。
反対に、レイネは余裕を見せる。
「この魔法だってそう。炎色の雷は、特別の証。あなたたちのような屑を掃除するための怒り」
レイネは鋭い眼光で敵を見据えた。
吸血鬼を含めた、魔神やその眷属を根絶やしにせん。
彼女の体に纏う朱雷は猛る。
「……そうか。であるならば、なんとしても貴様の息の根を止めねばならない」
吸血鬼は内なる魔力を駆動させた。
油断はしない。
手加減もなし。
そう言わんばかりに彼の体格は一回り大きくなり、筋肉が隆起する。
「ボロ臭い服に着替えて村人になりすまし、旅人を食い殺す。
吸血鬼はプライドが高いって聞いたけど、あなたは魔神の言いなりってところかしら」
「黙れ! 利害の一致というやつだ、フェイルノートもいずれ我々にひれ伏させてやる!」
「……そう。追っ手の代わりに、保険の待ち伏せね」
両者、自分の武器を構える。
相手の所作を伺い、地を踏み締める。
レイネは2本の短剣を。
吸血鬼は自身の爪、牙、翼、筋肉を。
それは――ほぼ同時だった。
「があああああああ!!!!」
吸血鬼は翼を広げる。
低空飛行でレイネに襲いかかった。
レイネは左手に持っていた短剣を前に向けた。
一呼吸置いて、唱える。
「《エルダ・サンダー》……《ペネトレート》!」
短剣が魔法陣を潜り、激しい雷光に包まれる。
レイネはその短剣を勢いよく振りかぶり、吸血鬼めがけて投げつけた。
短剣は直線を描く。
空を裂いて、吸血鬼に迫る。
「っ! こんなもの――!」
吸血鬼はその剛腕で、短剣を弾き飛ばそうとした。
魔力で強化された鉄の如き肉体が、負けるはずがないと。
それは……実に浅はかだ。
レイネは笑みを浮かべた。
短剣に纏っていた雷は、螺旋状に回転していた。
対象を、問答無用でつんざくためだけに特化したもの。
「ガァッ……! なん、だと……!?」
吸血鬼は驚愕した。
防ごうとした吸血鬼の腕を、安易と貫通したからだ。
そして後ろの片翼もろとも撃たれる。
吸血鬼は体勢を崩し――
「はい、おしまい」
斬られた。
気づけば、レイネは吸血鬼の背後にいた。
レイネはもう一本の短剣を逆手に持ち、深呼吸。
鮮やかな朱色の雷鳴。
後から遅れてやってくる。
一閃の雷撃とともに、吸血鬼は地に倒れ込んだ。
「夜の、私がぁ……こんな、小娘にぃ……」
「当然よ。あなた眷属じゃないんでしょう? 弱すぎるもの」
「お、の……れ…………」
吸血鬼は力尽きた。
恨み言を口にする前に、さらさらの灰になった。
「……はあ」
レイネはそれを見てようやく、体の力が抜けた。
ぺたんと座り込んでしまう。
「ムキになって、魔力を使いすぎたわね」
レイネは疲労した手や足を労った。
ゆっくり呼吸をして、吸血鬼だった亡骸を見つめる。
「高知能の魔物まで従えるなんて、いよいよ時間がなくなってきたということ……?」
彼女は顔をしかめた。
不安に駆られ、短剣を握る力が強まる。
このままではダメだ。
そう小さくつぶやいた彼女は、短剣を地面に突き立てた。
「急がないと。私は、勇者の末裔なんだから……」
そう自分に言い聞かせて、レイネはその場から立ち上がる。
「短剣、どこまでいっちゃったのかしら」
アメハルの安否を確認することはなかった。
仮に、もう一体吸血鬼がいたとしても。
アルタと競り合った力を持つ彼なら、吸血鬼なんかに遅れを取るわけがないと。
レイネは無意識に、そう判断した。
彼女は短剣が飛んでいった暗闇の方へと、歩いていってしまった。




