9話「出国」
「お前の名前は!」
走る。
ながらで、赤髪の女の子に名前をたずねた。
彼女は振り返って答えてくれる。
「レイネ。呼び方は任せるわ」
「じゃあレイネ、逃げる方法があるんだよな? 俺はどうすればいい!」
レイネはアルタたちと敵対している。
事情は知らない。
今信じられるのは、彼女だけなんだ。
「この先に、私が描いておいた魔法陣がある。
そこまで駆け抜けるわよ」
魔法陣がある場所?
俺を呼び出した召喚陣を思い出す。
それは、一目見ただけでわかるものなのか?
「それまで捕まらないように……まえッ!」
彼女に指摘された方向。
道角で、男が待ち伏せしていた。
男の持つ斧が、俺に振りかざされる。
「あっぶねぇなぁ!」
俺は剣を無造作に振った。
金属が擦られる音が鳴る。
斧を咄嗟に剣で受け流せた。
素早い動作で、男をなぎ倒す。
「……《アルマ・ファイア》」
「ッ! 《ヴェルト・サンダー》!」
レイネは赤い雷を纏った。
彼女は俺を守る形で前に出る。
前から、火炎放射が飛んできていた。
それを切り裂き、炎を払う。
「めんどうね、囲まれてる」
いつの間にか囲まれていた。
ぞろぞろと、アスタフィアの住民たちがやってくる。
前と後ろ、多勢で俺たちを挟んでいた。
彼らの目は、もれなく虚ろだった。
「コイツら、操られてるとかそういう類いか?」
「今の彼らに自分の意思はない。
……全員、フェイルノートに脳を弄られてる」
フェイルノート。
あの可憐な姿が思い浮かぶ。
見た目とは裏腹に、ドス黒いものが渦巻いているのだろうか。
「フェイルノート、ね。
この国はアイツに乗っ取られてるってことか?」
「そういうことになるわ」
この人たちを倒すのは、少し忍びないな。
彼らもまた被害者なんだ。
やりたくてやっているわけじゃない。
よし、素通りだな。
倒さずに逃げる。
最高速で、目的地へ向かおう。
「レイネ、道案内を頼む」
俺は剣をしまう。
流れる動きで、レイネの足を持ち上げた。
許可は待たない。
「え、ちょっと!? なにを――」
困惑するレイネ。
それを無視して、彼女を抱きかかえた。
軽い。
「《エルダ・ファイア・バースト》」
「《エルダ・ウィンド・カッター》」
「《エルダ・アイス・ボール》」
詠唱する声が重なって聞こえてくる。
俺は瞬時に、頭上へ向かって飛んだ。
壁を蹴って利用し、屋根に逃げる。
その直後――路地裏に爆発が起きた。
俺は民家の屋根に乗った。
間髪入れず、駆け出した。
レイネを落とさないように、支えて疾走する。
「まっすぐで、いいんだよなっ!」
「そ、そうだけど……自分で走れるわ!」
「この方が速く着くだろ。あと、舌噛むぞッ……!」
「きゃっ――!」
もっとスピードを上げた。
途中下車の要請は拒否。
強く地を蹴り、屋根から屋根へと飛び移る。
屋根に登ってくる連中が見えた。
それでもお構いなしだ。
風となって、置き去りにするだけだ。
「そこッ、下降りて!」
「了解……!」
俺は示された場所で急カーブする。
即座に民家の屋根から飛び降りた。
魔法陣とやらはどこだ。
イメージ通りの丸い円だろう?
俺の視線の先には、まばゆい光しか――
「《ヴェルト・シャイン》」
アルタがいた。
降りた下には、彼女が待ち構えていた。
手に持つ極光の剣。
それを今、まさに振り抜こうとしている。
「マジかッ!」
速すぎるにも、ほどがある。
ここに来ると読んでいたのか?
こんな一瞬で回り込むとは……!
俺たちは落ちる。
重力に引っ張られ、勢いは止まらない。
「任せてッ、《ヴェルト・サンダー》!」
「は? ぐおっ――!」
レイネの声と同時。
俺の腹が鈍い痛みに襲われた。
レイネが腕の中を離れる。
俺の体を足場にして、飛び出したからだ。
直後に見えたのは、刃と刃がぶつかる瞬間だった。
レイネの、赤い雷をまとった双短剣。
アルタの極光の刃を受け流す。
「《アルマ・サンダー》、吹き飛んでッ!」
「――っ!」
レイネの手のひらで、雷鳴が爆ぜる。
アルタは朱色の雷に飲まれた。
また民家の壁を破って、吹き飛んだ。
「ったく、俺を踏み台にしやがって……」
俺は不恰好に背中から落ちた。
さっきから落ちてばかりじゃないか?
「ここよ、この中に!」
すぐに起き上がる。
レイネが立っている下に、魔法陣があった。
地面が光ってその存在を主張していた。
「い、色々と荒いな」
レイネが、俺に手を差し伸べてくる。
言われた通り、その魔法陣の中へと走って――
「待ちなさい。いっては、いけない」
崩れ落ちる民家の側。
アルタがその奥で呼び止めてくる。
俺はつい、その声に足を止めてしまった。
「逃げてしまえば、貴方は辛い運命を辿ることになる。
何をしようと結果は変わらない、より凄惨な死を迎えるだけなのですよ?」
「ほう、そりゃこわい」
脅しか。
それとも警告か。
俺はアルタに顔は向けない。
ただ耳だけを傾ける。
「偉大なる主、フェイルノート様の眷属として。
最後の忠告です。大人しく捕まりなさ――」
「じゃあな」
聞くだけ無駄だった。
当たり前だ。
誰がそれに従うというのか。
俺は決心した。
必ず、お前たちを後悔させてやると。
「楽に死ぬか、苦しんで死ぬか?
冗談じゃない。その前に、死にたくないんだよ」
俺はレイネの手を掴む。
魔法陣の中に飛び込んだ。
指や手のひらに、ビリッとした感覚が走る。
「《エルダ・サンダー》――」
魔法陣が赤い光を放った。
囲うように迫る住民たち。
彼らを前に、レイネは声を上げた。
「《ライトニング・ワープ》ッ!!」
その瞬間。
雷が落ちたような音が轟いた。
いや……俺たちが雷になったみたいだった。
天へ昇る龍のように。
俺たちは上空へまっすぐに移動していた。
ある高さまで到達したと思ったら。
斜めに、降下し始めた。
「うわああああああ!!」
こわいッ!
これ大丈夫なのか!?
天地が逆さまになる。
高所、急角度からのジェットコースター。
まるで流星だ。
俺たちは今、真っ逆さまに落ちている!
俺は絶叫した。
レイネは無言だった。
落ちるスピードが増している。
地面に激突して死ぬんじゃないか? これ。
俺たちは手を繋いまま、山の中に落雷した。




