8話「偽装転身」
夜の街の中心に、俺は悠然と立つ。
心地いい。
さっきまでの不調が嘘みたいだ。
瀕死から快調へ、そんな劇的な変化を遂げたのだ。
「俺はオーバーキャスター。略さず呼べよ」
偽装という言葉。
それを口にしたとたん、状況は一変した。
謎の声。
突然生えた力。
なぜ死ななかったのか。
契約とは何か――
気になるが今は置いておこう。
目先の目標は、敵の打倒だ。
新たにこしらえた姿で、アルタと対峙する。
「オーバーキャスター……?」
アルタが困惑していた。
無理もない。
顔つきは似ているようで異なる。
背丈も伸びている。
髪色は黒から白へ反転した。
筋肉だって、前より発達している。
「これなら戦える、今の俺は最強だ!」
拳を握り締めた。
両腕を上げ、この歓喜を解放する。
この奮い立った昂りを、抑えられるはずがない。
学校指定のジャージから、戦うための服装に。
ボロついたマントもちゃんとある!
「なにが――」
赤髪の女の子も、端っこで愕然としていた。
大丈夫。
コイツは俺がなんとかする。
そう語りかけるような顔を向けてあげた。
女の子はさらに困惑するようだった。
「話が違いますね。
今、貴方から感じ取ったのは間違いなく魔力。
まさか隠していたのですか?」
アルタはそう言って剣を構えた。
不愉快だ、そう言わんばかりの目をしている。
魔力。
あの、力が湧き上がるような感覚のことか?
でも、そんなのはどうだっていい。
「俺にはわからない。
この世界やお前たちの目的、俺の身に起こったことさえも」
重要なのは、戦う力を手に入れたこと。
この局面をなんとかする希望だ。
だから言ってやる。これからすることを。
「だから、騎士アルタ。
とりあえずお前を倒して、それから考えるよ」
俺はアルタを指を差した。
この宣言はハッタリなんかじゃない。
それができる確信が今の俺にはある。
「……大きく出ましたね」
不機嫌ながら笑みを浮かべたアルタ。
彼女は、剣を前に突き出した。
「貴方が有力な人材だと証明できたのなら、処遇を変える検討をしていただけるかもしれませんよ」
「んー、それはいい。どうせまた裏切られ――」
最後まで言い終わっていない。
にも関わらず、アルタはこちらに迫っていた。
曇雨晴には、認識できなかった速度だ。
俺はアルタの剣を片手で止める。
「ッ!」
「ひどいな、話してる途中はなしだろ」
身体能力も問題なし、と。
掴んだ剣を離してやる。
その一瞬の隙をつき、蹴りをお見舞いした。
よし、動ける。
本当にオーバーキャスターになっているんだ。
「ぐっ、今のは……魔力が込められていない?
純粋なパワーでこれを?」
アルタは勢いよく後退した。
彼女は体勢を整え直し、地面を軽く踏みしめている。
「《ヴェルト・シャイン》」
どんなに速かろうが、今なら追える。
光を帯びたアルタが突っ込んできた。
それを難なく躱せてしまうほどには、余裕だ。
「本当にッ、先ほどとは別人ですねッ!」
アルタは俺の後ろにまわる。
そして、驚異的なジャンプ力で上へ跳んだ。
「《エルダ・シャイン・ホークス》!」
カッと空が光った。
まるで流星群だな。
鳥の形をした光弾が、無数に落ちてきているのが見えた。
当たればひとたまりもない。
であれば、あれらをすべて避けるだけだ。
地面を蹴って、走り抜ける。
降ってくる光の雨を、当たる寸前で躱していく。
「おっ」
移動していたその先に、アルタが待ち構えていた。
光弾が破裂した土煙の中だ。
まだ空中にいたはずじゃ?
猛スピードで先回りとは恐れ入った。
「《ヴェルト・シャイン》」
薙ぐように放たれた、極光の刃。
俺を斬ったときと同じ軌道だ。
だが速度が増している。
おそらく威力も。
だが見える。
動きを合わせられる。
二度、同じ目に合うつもりはない。
「――驚きました、これを防ぐとは」
タイミングよく剣をぶつけた。
彼女の剣の勢いを相殺する。
「驚くなかれ、初期装備は絶対に壊れない!」
この剣は、サービスと同時に配られた剣だ。
故に良心設計。
破壊不能武器として、プレイヤーたちに好評だった。
内心ハラハラはした。
果たして、その性能のままなのかと。
想定通りで助かった。
アルタの剣の重み。
それがズシンと体に響いた。
若干腕がぷるぷるする程度で、本当によかった。
「私の剣を、そんな質素な剣で耐えるとは……」
「GKOは親切なゲームなんだ。
ルーキーに配られる武器の耐久度は無限なのさ」
運営万歳。
どうしてサービス終了したんだ運営。
「ふふ……何を言っているのかわかりません」
身体能力は上々。
武器も設定通りとは。
これが偽装? 本物そのものじゃあないか!
このまま、俺のペースに持ち込んでやる。
「性格、変わりましたか?
あの弱腰の情けない貴方は、どこへ行ったのですか?」
「これが俺だからな」
「その自信に満ちた態度を、崩したくてたまらない」
「なに――」
剣が、重く……!?
片手で余裕を見せていた。
それを両手に持ち変えて、支えるほどまでに俺が押されている?
「私は星国を守護する1人の騎士。
ゆえに、それ相応の力を持たなければならない」
まずい。
押し負けそうだ。
アルタの体に帯びている光。
それがだんだんと強くなっていってる気がする。
「私の魔力総量をみたでしょう。
全力でも、2時間の戦闘継続は可能です。たっぷりとお相手して差し上げます」
キラキラと輝いている。
あれはアルタの魔力というやつか?
なんて威圧感と神々しさ。
「いいぜ……望むところだ」
啖呵をきった手前、ビビるわけには――
「はっ!? はいっ、主様ッ!」
「あ?」
ふっと軽くなった。
剣にかかっていた重みが消えた。
アルタの輝いていた光も、急激に弱くなって……。
彼女は、空を見上げて笑った。
「はい、はい。それは……はい、承知しました」
誰かと、話している?
アルタはどこかと交信するように、こめかみを押さえている。
俺との戦いを放置して。
アルタは、剣を下ろした。
「主様はこうおっしゃいました。
『クモリ・アメハルを生け捕りにしろ』と」
「はあ?」
俺の方に向き直って、そう言った。
「つまり、評価が逆転したということ。
おめでとうございます。貴方はフェイルノート様に認められたのです!」
「バカにしてんのか?」
俺の口角がピクリと動いた。
おかしさではない。
苛立ちからだ。
絶対剣は下ろしちゃダメだ。
油断もするな。
曇雨晴のように、考えなしで動くのもやめろ。
「認められて、なんだって?」
「今後の召喚実験のために、生かしてくださるとのこと。
喜ばしいことです、手足は取られても少しは長生きできるかと」
「上等だよ。なぁにが騎士だ、悪党め」
はっきりしたのはいいことだ。
気兼ねなく、本気で武器を向けられるというもの。
絶対後悔させてやる。
「じゃ、今度はこっちからいかせてもらおうか。
遠慮なくぶちのめして――」
前へ飛び出そうとした。
その時、強い力によって後ろへ引っ張られた。
「ぐうぇっ!?」
だ、誰かに服の襟を掴まれている!
いや、すぐにその手を離したぞ!?
「どわッ!」
体が浮く。
俺はびたーん!と、地面に墜落した。
気づくと、路地裏の入り口だった。
「いって……なにすん――」
上を見上げると同時だ。
俺の手首がガシッと掴まれた。
「立って、逃げるよっ!」
「あぁ!? って、いたなぁそういえば」
謎の赤髪美少女じゃないか。
自分のことに手一杯で忘れていた。
さっき脱いだ黒いローブをまた着ていた。
掴まれた俺の手首を引っ張ってくる。
こっちにくるようにと促してきた。
「てっきりもう帰ったのかと」
「ずっといたわよ。それより、この国を出るわ。あなた正気なんでしょう?」
正気?
あぁ、そうだ。
剣を持ち直し、その場を立ち上がる。
「いや、俺は戦わないと。
まだボス倒せてないしな」
「私と一緒にきて。逃げる方法が…………え?」
負けたままなんだ。
これじゃあ気はおさまらない。
離れてしまったアルタの方へ、俺は歩こうとした。
「また逃げるつもりですか? 私としては、穏便に済ませたいのですが」
どの口が言っているんだ。
と、言おうとしたところで、何か音が聞こえてくる。
これは、足音?
それも一つじゃない、たくさんだ。
大通りの奥を見てみると――
「あれは……」
人が集まってきていた。
あれは、アスタフィア王国の住民たちか?
続々と、アルタの周りに集まってくる。
みな、生気を吸い取られたような顔をしていた。
「さあ皆さん、彼らを捕まえましょう。主様が褒めてくださいますよ」
アルタのその言葉が合図になった。
集団が一斉に動き出す。
全員が武器を持ち、無表情でこっちに走ってきた!
「私に、ついてきて」
「でもこのまま逃げちゃ、格好がつかない。ただでさえひどい目にあったのに――」
「格好!? それなら私カッコ悪すぎてしぬわ!
とにかく今は、ここを離れるべきよ!」
赤髪の女の子は声を張り上げた。
体を翻し、路地裏に走っていく。
彼女を追うべきか?
そもそも信用してもいいのか?
この姿でまた敗走するわけには――
「ああクソッ、おぼえとけ!!」
考えている暇はなかった。
屈辱だ。
いつか必ずこの決着をつけてやる。
心の中でそう誓った。
俺は多勢の敵に背を向け、少女の後を追った。




