3.
逃げる、そう決めたのは思考ではなく本能だ。
あれは何? 理解不能なそれを見た私は足をとにかく前へ前へと伸ばして逃げ出す。しかしその様はまるで恐怖が足を引き摺っているかのように不格好で、無様だ。
「何で、何が、何なの!?」
叫んだのは恐怖を誤魔化す為だったのかもしれない。
びちゃっ、ぐちゃっ、ずるぅ。
しかしこの時の私の耳はあまりにも鋭敏な感覚を備えていたようで叫び声を超えて聞いてしまった。後方で扉が開く音を、そしてそこから出て来る何かの足音を。
「ひっ!?」
そしてそちらを思わず見てしまう。
赤く染まった血と肉がこの通路に一歩を踏み入れる。
ひき肉を、スーパーで売っているようなひき肉を見たことがあるだろうか? その中でも特に粗びきのものを。それを幾つも幾つも投げて固めて投げて固めて人の形を作っていくのだ。そして顔には瞳を一つ、体には細切れの服を幾つか貼り付け、偶に髪の毛らしきものを埋め込めばそれは完成する。
足は地面と接する度に自重により崩れ体と一体になり、しかし次の瞬間には再びそれらしいものを作ろうとうぞうぞと表面を虫が這いずるように蠢いて形を成すだろう。前に伸ばされた手は振動で崩れ地面に落ち、次の瞬間には踏み出した足と一体となる。潰れた表皮を為す肉からはそこから絞られるように赤い汁が、血が、流れ落ちていた。
あれは何だ?
リリーはどうやってあんなものを作ったの? あんなものが動くはずが無い、地面を濡らす血はどこから出ているの? あれは何を目的としているの?
幾つもの疑問が湧いて出て、そしてそれらはこの場所がどういう場所なのかというその一点で全て繋がる、繋がってしまう。
この場所で機械に巻き込まれひき肉となった彼の話。噂では彼は自分と同じような仲間を欲して人々を誘い込むとされた。だとすればあれこそはその仲間、なのではないだろうか。あの機械に巻き込まれた後輩ちゃんのなれの果て……、なのではないか?
「や、やだ、あんなの、嫌だ!」
幸いにもあの化け物は足が遅い、あんな肉の塊が速く動けるわけが無い。大丈夫、落ち着いて、足をもつれさせたりしなければ逃げ切れる。
通路を曲がりその先にある出口へ。ドアノブを手に。
「……ちょっと」
何度も捻り力を入れる。しかし押しても引いても動く気配が無い。ガチャガチャガチャガチャとドアノブの音だけが空しく響く。
「何で開かないのよ!」
ガアァン!
終いには蹴りを入れてみても全く動かない。音は虚しくも背後に広がる暗闇に吸い込まれ心の内にはただただ絶望が湧き出でる。
「はあ、はあ、な、何で。閉じ込められた?」
考えたくも無い、が、考えなければならない。もしかしてこれは、これこそが幽霊の仕業だとでも言うのだろうか。
呼吸が荒くなる、心臓が音を立てて鳴る。怯えている、恐怖している。
私はここで死ななきゃならないの?
「……そんなの嫌だ」
死を前にして、否、前にしたからこそ、少しだけ落ち着きを取り戻す。私は死にたくなんて無い。だからこそ正常と異常の境界を踏み越えた思考はより単純に物事を考え始めている。
「扉が開かないのは、あれのせい、として、じゃあ、話は単純よね」
他の道を探すべきだ。ここから逃げられないならこの場に固執する意味は無い。ただその場合の問題点は。
「この一本道の通路にはあの化け物がいる、たぶん今もこっちに向かっている」
もしもあれに捕まればどうなるのか、あまり考えたくはない。だからこそ私に必要なのはあれを避けて別の道を探す方法、或いは。
手には事務所から持って来た工具がまだある。
「あれを殺せるのか?」
人の形をしているのなら、試す価値はあるだろう。
化け物はゆっくりと、しかし確実にこっちへ近付いて来る。通路の角から様子を覗うとまだ少し離れているがそこまで猶予は無さそうだ。
「頭に一撃、それでどうなるか……」
赤い肉の塊である化け物を直視するのは生理的な嫌悪と恐怖を感じざるを得ないが、それに構ってなど居られない。たとえ相手が何であろうと私を殺そうとして来るのであれば殺さねばならない。
「……ふぅ、まずは」
何も初めから近付く必要は無い。工具はポケットに詰め込んでいるのだ。ドライバーを一本取り出し廊下の角から飛び出す。
暗くてあまり見えなかったがこちらに注意を引かれたように見えた。
「喰らえっ!」
その化け物に向けてドライバーを投げつける。残念ながら私は野球部のように普段から物を投げてもいないし形の似ているダーツをやったことも無いので全く的外れな方向へと飛んでしまったけれど。
ただドライバーが地面に落ちる音は通路に大きく響いた。
その音と共に前に出る。
どのみちこの通路で不意打ちは難しい。それならば音に僅かでも注意が引かれる可能性に懸けて一気に近付く。
化け物の反応は遅かった。後ろに落ちたドライバーの方を振り返り私の方を見ていない。金槌を持つ手に力は入る。
「死いいいぃいいいっ、ねっ!」
肉を叩く感触はおおよそ気持ちの良いものではない。金槌から伝わる半端な抵抗と水分の多い肉の弾ける音は何度やっても鳥肌が立ってしまう。
しかし、私は確かにやってのけた。人の常識を超えた化け物を相手に一撃を喰らわせてやったのだ。
化け物は勢いのまま壁に頭を叩き付けられ、ぐちゃり、と音を立てながら地面に崩れ落ちる。そして私はその横を駆け抜けた。死んでいるかどうか確かめたいところだけれどそんな余裕はない。
このままさっさと逃げてしまおう。あとは警察に通報して終わりだ。
扉を抜けて機械の轟音が鳴り響く工場の中心部へ。
「……こっちに出口があればいいんだけど」
とりあえず中を探索しなければ。轟音の鳴る機械には決して近付かないよう、万が一にも巻き込まれてしまって後輩ちゃんの二の舞になっては元も子も無いし。
「……あの化け物はやっぱり後輩ちゃんなのかな」
すこし余裕が出たせいかついそんなことを考えた。
あの化け物、まるでぐちゃぐちゃになった肉をかき集めて成型したかのようなあれが現れたのは私がこの場を去った後だ。そしてそれは後輩ちゃんがあのひき肉製造機に巻き込まれた後という意味でもある。どう考えてもあれの原材料は……。
そんなことを考えていて、ふと、気付く。
「リリーはどこに?」
私が最初にこの場を逃げ出したのはリリーが実は殺人鬼であり幽霊の噂話に準え私と後輩ちゃんを殺そうとしている、そう結論付けたからだ。今に至ってもその疑いを完全に消す事は出来ない。リリーが殺人を実行した可能性はまだ消えていないのだ。その後に本当に化け物が生まれた事が偶然なのか、或いはリリーがそれを知っていて実行したのかはわからない。いや、場合によってはリリーもこの場の怪異に憑りつかれている、なんて可能性もあるのだろうか?
まあ考えても分からない事は仕方ない。問題はリリーの居場所だ。敵か味方かわからない……、推定敵と見ておくべき危険な人物の居場所が分からない。あの化け物に襲われて消えたのであれば……、運が良い、と言うべきだけど。
しかしもしも私の事を殺そうとしているのであれば……。
化け物が増えたのは敵が二人に増えただけなのかもしれない。
「私がリリーならどこに隠れる……?」
無論、幾つか候補はあるだろう。しかし最もわかりやすい場所は。
「出入口……」
もし私がこの工場に迷い込んだ人間を殺すなら、確実に出入り口を張る。そこは通らざるを得ないから。
周囲を見渡し逃げるべき方向を見定める。落ち着いて、しかしのんびりはしてられない。あの化け物がいつ追い付いて来るかはわからないのだから。
「窓……」
工場の端、階段を上った先に窓が見える。待ち伏せを喰らった時にどうしようもない出入口よりはあっちの方が逃げられる可能性は高いかも。
「よしっ……」
覚悟を決めて動き出す。周囲を警戒しながら走り出し階段へ。
ガシャァン。
鉄製の階段は下手に走ると大きく音が響くのが嫌だ。冷たい汗が背中を伝う。周囲の音に耳を澄ませるが未だに動き続けている機械の轟音がうるさい。
「……聞こえてない、よね?」
どこかにいるかもしれないリリーに怯えながら私は階段を登って行く。
窓はそれなりに大きく嵌め殺しでも無さそうだ。逃げることは不可能では無いだろう。問題は。
「……屋根も何も無いかぁ」
ブルーシートで覆われた資材の上、窓ガラスに触れて外を見下ろす。
ここから出ると残念ながら地面まで一直線に落ちるしかないようだ。高さ的には一般的な二階建てより少し高いだろうか? 上手く落ちれば死にはしないと思うがそこから動けるかどうかは分からない。
「……最終手段と思っておこう」
死ぬよりはましだが五体満足で帰る方がより良いに決まってる。そもそも足が折れて動けなくなれば結局逃げきれない可能性が高い。
「ロープとかを探す? それともリリーがいないことに賭けて外に飛び出す?」
幾つかの思考が頭の中で回り初めていたけれどそれらは一瞬にして後回しになる。
ガアァン!
遠くから響いたその音は無理矢理に扉が開けられた音だ。考えるよりも資材の山から下りて素早く体を地面に伏せる。
とうとう戻って来たか、化け物め。
しばらくその場で観察していたが化け物は相変わらずの緩慢な動きで例のひき肉製造機の周辺をうろうろするばかり。幸いにもこちらに気付いている様子は無く、しばらくは放っておいても無害だろう。ただし油断は禁物だ、あれが私の居場所に勘付けばすぐさま追って来て私をお仲間に変えようとして来るだろう。
とにかく、私はここから生きて帰りたい。確実に生きて帰りたいんだ。あの化け物もリリーも私の邪魔をするなら……、殺してだって生き延びてやる。
……そう考えると問題は、あれが殺せるのかどうか、なのかもしれない。
人の形をしているけれど急所は人と同じで無いのは確かだ。さっき金槌で殺すつもりで頭らしき部位を殴ったのに平気でここまで戻って来ている。遠目でわからないが下手すればあの一撃の傷跡すらもう残っていないだろう。そもそもひき肉の塊だとすれば物理的な攻撃は意味が無いのだろうか?
……ライターでも見つかれば工場ごと燃やすのが一番かな。私がどうやって逃げるのかを事前に考えておかないといけないけれど。
「とりあえずこの場所がどこへ繋がっているかを知るのが先決か」
この作業場はかなり広く、中央には巨大なひき肉製造機やその関連機械が鎮座している。そして端には階段があり今私がいる上からそれら全てを見下ろせる二階部分がある。ここは階段がまだ上に繋がっているけれどこの上に何があるのか、それとも何も無いのかはまだ分からない。
或いは上に行けば緊急で窓から飛び降りる為の備えでもあるかもしれない。小学校なんかには緊急避難用に避難梯子でもあるかもしれない。上手く使えば逃げられるかも。
そうと決まれば、だ。
身を隠すものの少ない階段を上がるのは恐怖心との戦いではあったが幸いにも気付かれること無く三階部分。残念ながら避難梯子らしきものは見当たらず、作業場の端をぐるりと一周しているだけの場所らしい。
「作業場の監督、或いは天井の照明を換える為の場所かな……」
期待が砕かれたことに溜息をつく。例の化け物はこっちへ来る様子は無くしばらくここは安全地帯だろう。しかしその一方でこんな場所にいつまでも居られるかと言えばもちろん否だ。
「衰弱死は御免だ……。あと一時間以内には逃げ出す、と、ここに宣言しておこう」
逃げ出すことをいつまでも先送りにしていればいずれ体力も気力も尽きてしまうだろう。どこかで賭けに出なければならない。一時間以内に最も分のある方法を考え出すんだ。
「脅威は二つ、化け物とリリーだ」
ただし実は化け物はそこまで脅威ではないという見方も出来る。こいつは動きが鈍い。おそらく小学生でも逃げ切れるだろう。ただあれと対面すると本能的に恐怖心を抱きこちらの動きも鈍ってしまうのが問題なだけだ。逆に言えば向かい合う事さえしなければ問題ない。
「問題はリリーか……」
リリーに関しては判断が難しい。今彼女には幾つもの可能性がある。
私はリリーを殺人鬼だと考えて逃げ出した。これに関しては彼女が幽霊に憑りつかれていようがいまいが関係ない、とにかく危険だ。今もどこかで隠れて私の事を付け狙っているかもしれない。
全くの無害という可能性。私は後輩ちゃんをリリーが殺した、と考えたけどあれは本当に偶然でリリーは何もしていなかったという可能性が今はある。なにせあんな化け物がいるんだ、本当に霊的な何かが機械を動かしてそれに後輩ちゃんが巻き込まれたのかもしれない。
そしてどちらであろうと関係なく存在する、あの化け物に殺された可能性。この場合は無害だ、なにせ死んでるんだから。
私が彼女がどうなったのか確認していない以上、どんな可能性も存在するのだけれど……。ひとまず今回は私を未だ殺そうとしていると考えておこう。
その前提で私が取るべき行動は……。
タイムリミットだ。
一時間、耐え忍ぶにはあまりに長く、悩み惑うにはあまりに短い時間だった。結局この時間で私が出来たことと言えばじっと化け物の様子を見張りながら何の益体も無い考えをぐるぐると回す事だけだ。
リリーの居場所は分からない。いるのかどうかも分からず、それを確定する術も無い。その状態が変わらぬまま一時間が経ってしまった。
動かなければ。
「よし、よし、よし……」
恐怖は私の足を容易く折るだろう。立ち上がろうにも身体は重く前に歩み出る勇気が出ない。こんな状態ではあの動きの緩慢な化け物からも逃げられないかもしれない。
でも、もう、この機を過ぎれば逃げられないかもしれない。
「精神的な理由で走れないだけなら大丈夫。まだ私は動ける」
肉体的に動けなくなれば終わりだ。そうなる前に逃げる、さっきから何度もそう言っている。だから、もう、やるしかないと脳を騙せ、動かなければ終わりだと言い聞かせろ。
「……行こう」
足取りは重い、しかし前には進める。階段を降りて下へ向かった。化け物は相変わらずひき肉製造機の傍にいる。階段は丁度そこから正面で降りている最中に見つかる可能性はある、が、あの鈍足なら逃げ切れるはずだ。これだけ広い場所なら私が通って来た通路以外にも扉の一つや二つはあるはず。大丈夫、大丈夫だ。
階段を、駆け抜けるように、降りて行く。
「気付いたな」
化け物がこっちを見た。そして相変わらずの緩慢な足取りで私の方へ向かって来る。
「大丈夫、大丈夫! あんなのに捕まるわけない!」
私はわき目も振らず走った。階段を降りて化け物が来る方向とは別の方へ。扉、扉は無いか!?
「ある!」
丁度走る方向の正面に扉がある。 丁度走る方向の正面に扉がある。その先が何かはわからないがとにかくあの向こうへ!
「よしっ!」
私は扉の取っ手を掴んだ。
「……は?」
力を入れる。頑丈な引き戸のそれはしかしピクリとも動かない。この感触には極々最近覚えがある。
「さっきと同じ」
化け物に追われて逃げた時、扉が開かなかったのと同じだ。
後ろを見れば化け物はゆっくりと、しかし確実に私の方へと向かって来ている。
「くそっ!」
再び走り出す。まだ道は続いている、この先が行き止まりでない事を祈りながら走った。そして幸いにもその祈りは通じたらしい。既に開いているその扉の先が何なのかはわからないが、とりあえず道が続いているならまだ私は逃げられるってことだ。駆け抜けろ!
「よっ」
一旦扉を閉める。こんなものは一瞬の時間稼ぎにしかならないかもしれないが全開にしているよりはましだろう。さっきみたいにぶち壊されればどこにいるかがすぐにわかるし。
さて、扉を抜けた先はまた通路だ。道は左右に繋がっている。しかし私の目に入ったのはそれがどこへ向かっているかよりも。
「窓だ!」
外へ繋がる窓、それも乗り越えるのに手頃な高さだ。さっきと違ってここは一階、怪我の心配も無い。幸い手元には金槌もあるのでガラスをぶち壊すのも簡単だ。
「よーし」
善は急げとばかりに手に持った金槌で窓ガラスを叩き割
ガアァン。
手の内からは金槌が後方へと吹っ飛んで残されたのは痺れと痛みだけだった。
「は?」
硬い、なんてもんじゃない。びくともしないと言うのは正にこのことだ。私は金属の塊でも殴ったんだろうか。
「……いや」
軽く小突いてみるとわかる。明らかにこれは単なるガラスとは一線を画す、と言うか、私はこれに酷似した物体を知っている。
「さっきの扉と……、一緒……」
どうにもならない絶望に思わず顔が引きつる。
今、ようやく理解した。この工場、外に繋がる出口が全て封鎖されているんだ。それも霊的な何かのせいで。
「ふ、ふざけるな!」
予備の工具を取り出して殴り掛かるも当然結果は変わらない。ただ威勢のいい音と共に工具が吹っ飛ぶだけだ。
こんな、こんなの……。
「あ、あんまりだ。だから幽霊なんていたら駄目なのに……」
後悔が私の心を覆って行く。なぜ私はこんなところに来てしまったのだろう、リリーなんか放っておけば良かったのに。
それでも、今は、逃げなくては。どこに、と疑問符を付ける声が聞こえてくるようだがそんなのは無視だ。目の前の死を回避し続ければいつか助かるかもしれない、そうでしょ?
びちゃっ、ぐちゃっ、ずるぅ。
それは、実にこの工場の中で馴染みある音だった。ひき肉の化け物が動く時に発する音だ。上で待機している間もそんな幻聴が幾度となく聞こえて来たのをはっきり覚えている。
ただそれはまだここでするはずの無い音だ。だってさっき私は扉を閉めたんだから。あの扉はまだ破られていない、そんな大きな音は鳴っていない。それはつまり化け物がまだこちらに来ていないって事でしょ?
そこまで考えて一つの可能性に気が付く。私はどうして化け物が一体だと決めつけているんだろうか? あの化け物が後輩ちゃんを原材料にしている事、リリーがどこに行ったかはわからない事、それを踏まえた時に導き出される答えが一つあるじゃないか。
音の鳴る方へ視線を向ける。
そこにあったのはひき肉を寄せ集めて人の形にした化け物、そしてその一部には金色の髪が見えている。
何のことは無い、リリーも既に化け物の仲間入りを果たしていたんだ。
「あ、ああああああああ!」
私は走った、声を上げてとにかく走った。その先に何があるのかもわからない暗闇の中をただひたすらに、ひたすらに。
角を曲がり、わき目も振らず走って、走って。
「いぇっ!?」
何かに躓く。
なんとか顔面から地面にぶつかるのは防いだものの全身で地面に叩き付けられた身体には乾いた痛みが走る。
「ああもうっ!」
恐怖と痛みと怒りで叫んだ私は。
「……え?」
直後に思考の全てが止まる。
「静かに、ね?」
そこには口元で人差し指を立てるリリーの姿があった。




