約束の丘
澄み渡った空の下、なだらかな丘には小さな赤い花が一面に咲き乱れている。春の妖精の靴とも呼ばれる、マリーフィルという花だ。
満開の時期は少し過ぎて、終わりを迎えているものもあるけれど、まだ丘は美しい春の装いで彩られている。
丘の頂上まで辿り着いたロルブルーミアとリファイアードは、敷物を広げて隣同士で座った。
結婚式を終えたあと、ロルブルーミアはリファイアードの領地であるアルシェへ居を移した。最初は戸惑いもあったものの、今ではロルブルーミアもずいぶんアルシェでの生活に慣れている。
多忙だったリファイアードもようやく時間が取れるようになり、こうして約束の丘を訪れることができたのだ。
「ようやく約束を叶えられてよかったです」
「ふふ、本当に。想像していたよりもっときれいだわ」
笑顔を浮かべて告げるリファイアードに、ロルブルーミアも同じように笑って答える。
どこまでも澄み渡る青空に、一面を埋める赤い花。可憐な姿が辺りを彩り、春の訪れを祝っているようだ。「春の妖精の靴」と呼ばれることもうなずける。
やわらかな日差しを浴びて、何もかもが美しく輝いているような光景だった。
二人は何も言わず、ただ目の前の景色を見つめている。おだやかで、晴れやかな日。何の憂いも心配事もない。ただ満たされた時間が、ここには流れている。
「結婚式も無事に終わってよかった。……終わってみれば、いい思い出ではありますね」
沈黙を流したあと、リファイアードがつぶやく。「ドレスがよく似合っていましたよ」と続くのは、心からの本心だ。ただ、どこか不思議そうな空気が流れていた。
ロルブルーミアはそれに気づきながら、「そうね」とうなずく。心のどこかで覚えている違和感には蓋をして、言葉を続ける。
「リファイアードさまの儀礼服もとてもお似合いだったわ。あらためて、こんなにすてきなのね、と驚いてしまいましたもの」
唇をほころばせて言うと、リファイアードが楽しげに笑った。
その表情に、ロルブルーミアはぼんやり思う。これでいいんだわ、とかすかな違和感は無視することにした。
ロルブルーミアは明るい笑顔を浮かべて、はきはきとした調子で告げる。
「お昼にはいい時間帯ね。リファイアードさまのために、甘いものをいろいろ詰め込んできたのよ」
「俺もです。ちゃんと甘くないのもあるので、安心してください」
楽しそうにロルブルーミアが言えば、リファイアードもいたずらっぽく目を輝かせて答えた。
いつか約束した通り、それぞれのためにお弁当を作っていた。
二人の間には籐で編まれた籠が二つ置いてある。一つは赤いリボン、もう一つには白いリボンが結ばれていた。どんなものを作ったのかは、双方内緒にしているから開けてからのお楽しみだ。
ロルブルーミアは籠へ手を伸ばし、蓋を止めていた赤いリボンをするりと解く。
するとちょうど強い風が吹いて、指先からリボンが離れる。そのまま風にさらわれそうになって、とっさにリファイアードが反応した。
青い空に舞い上がって行きかけたリボンを、空中で捕まえる。リファイアードはほっとしたように息を吐いてから、ロルブルーミアへリボンを渡した。
「ありがとうございます。これはリボンですけれど……ふふ、赤い糸みたいなものですもの。大切にしないと」
そう言って、丁寧にリボンをたたんだ。
赤い糸、という言葉にリファイアードは「そうですね」とうなずいた。やさしく目を細めて、いつかの出来事を口に出す。
二人で過ごしたお茶の時間。ちょっとした雑談の中、五色の飴で運命を占った。二人の間に結ばれる運命の色。導き出された答え。二人の運命は。
「赤い糸でつながっているという結果でしたね」
「ええ、そうよ。赤い糸で結ばれているんだわ」
リファイアードの答えに、ロルブルーミアはうなずく。どこか遠くで覚える違和感もきっと気のせいだ。
リファイアードは嬉しそうに笑っているし、ロルブルーミアの心も弾んでいる。だからきっとこれでいい。何一つ間違いではない。
今ここで笑っていること。何もかもが輝いている美しい景色。
たとえどんなきっかけで出会ったとしても、これから先の未来も二人なら歩いていける。疑いなくそう思える。だって二人は赤い糸で結ばれている。
にこやかに笑顔を交わし合う。嬉しそうに、楽しそうに、この世界の幸福の全てを抱きしめるように。
お互いの作ったお弁当を食べて、お茶の時間を楽しむ。その後はロルブルーミアがマリーフィルで花冠を作るのだ。そうしてリファイアードの頭にかぶせて、二人で心弾む時間を過ごす。
幸福で光にあふれた日々が、これからの二人には待っている。
「とてもいい天気だわ。晴れてよかったわね」
「ええ、春のいい陽気です。毎年この時期は、ここを訪れるのもいいかもしれません」
「まあ、それはすてき!」
リファイアードの言葉に、ロルブルーミアは嬉しそうに答える。
これから長く、二人は同じ時間を過ごす。だから、たくさんの約束を交わしていくのだ。未来に託したたくさんの願いを、二人で共に叶えていくのだ。
楽しそうに軽やかに未来の話をしていると、強く風が吹いた。マリーフィルの花を揺らし、終わりかけていた花から花弁が離れる。
風に乗って、赤い花びらが空へと舞い上げられる。
その様子はあまりに美しく、何かの祝福のようですらあった。二人は目を細めて、何度でも何度でもこんな景色を――美しいものを、心震わせるものを隣同士で見て、分かち合っていこうと笑う。
そんな夢を見ていた。
終




