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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第7章 今日の佳き日に

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第88話 こうふくなけつまつ


※この話には暴力的・残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。








 深呼吸をしたリファイアードは、笑みを浮かべた。

 無理やり張り付けたような、それでいてロルブルーミアの心を受け取ったのだと伝えるような。泣き笑いに似た顔で、リファイアードは言う。


「俺はロルブルーミア姫に甘えてばかりだ。あなたの願いも叶えてやれなかったのに」

「あら、そうかしら。一緒にお茶の時間を過ごしましたし、薬草園も作らせてもらいましたわ」


 ふわりとほほえんで、ロルブルーミアは答える。慰めではなく本心だ。

 リファイアードはいぶかしみながらも、共にお茶の時間を過ごしてくれて、いつしかそれが二人の当たり前になった。

 さらに、花壇を作らせてくれたし、肥料の手配だって行って植えられた植物にも興味を持ってくれた。ロルブルーミアの願いなら、きちんと叶えてくれたと思っている。


「でも、まだマリーフィルを見ていない。満開の日に、一緒に出掛ける予定だったのに」


 そう言って、申し訳なさそうに――やわらかな笑顔を浮かべた。

 春になったら、と交わした約束。小高い丘に可憐な赤い花がいっぱいに咲き誇る。そんな日に、お弁当を持って出掛けようと言っていた。

 二人で食事をして、ロルブルーミアは花冠を作ってリファイアードの頭にかぶせるのだ。

 結婚式が終わったら。冬を超えて春を迎えたら。あたたかな日に、やわらかな日差しの下で、そんな時間を過ごすのだと約束した。

 しかし、それはもう叶わないと二人ともわかっている。


 ロルブルーミアはリファイアードの言葉を受け取って、それでしたら、と言った。

 願いを叶えてやれなかったなんて、そんな風に言うのなら。最期にわたくしのお願いを叶えてくださる?


 リファイアードが一つ瞬きをした。ロルブルーミアの言葉に、首を振るわけはないとわかっている。

 だから、リファイアードが答えるより早く言った。最期を願っていいなら、それなら。


「どうか、一度で絶命させてくださいませ」


 笑顔を浮かべて、ロルブルーミアは言った。真っ直ぐリファイアードを見つめて、残酷な願いだと理解しながら。

 それでも、ありったけの気持ちを込めて、思う限り一番美しい笑顔で言った。


 周囲の敵意は膨れ上がって、破裂する時を待っている。リファイアードが動かなければ、彼らの手によって命を奪われるだろう。

 思いつく限りの残虐さで、長く苦痛を味わわせて、拷問の末に惨たらしく死に至らしめる。彼らにとってリッシュグリーデンドの皇女は、敵であり憎むべき存在でしかない。


 だからそれなら、とロルブルーミアは願う。

 残酷なことだと、心やさしいリファイアードに傷を残すことになることだとわかっていても。それでも、最期はあなたの手がいい、とロルブルーミアは言う。


 真っ直ぐ向けられるまなざしに、美しいほほえみに、届けられる願いの強さに。リファイアードは何もかもを理解して、泣きそうに顔を歪める。

 嫌だと言いたかった。そんなことはできないと首を振りたかった。

 しかし、どれほど心からの願いなのか。ロルブルーミアが、どれほどリファイアードに対して真っ直ぐの信頼と愛情を寄せているか。

 だからこそ告げられた言葉なのだと、どうしようもなくわかってしまったから、答えは一つだった。


 リファイアードは、大きく息を吐いた。

 目を閉じる。ほんの数秒。やるべきこと、なすべきこと、乱れる心を見つめ直して、リファイアードは心を決める。

 目を開いた。強いまなざしを浮かべて、はっきり答える。


「わかりました。約束しましょう」


 そう告げると、ロルブルーミアはほっとしたように笑った。リファイアードはやさしくほほ笑み返して、ゆっくり立ち上がった。腰から下げた剣をすらりと引き抜く。


 手入れされた鋼が、光を弾いて輝く。何度もリファイアードと共に戦ってきた剣だ。丹念に手入れをされており、どんなものでも斬り落とすができるだろう。

 リファイアードの意志をそのまま伝えるように手になじみ、体の一部のように動かせる。リファイアードの一部と言ってもいい剣だ。


 大きく深呼吸をしたリファイアードは、剣を構えてロルブルーミアと向き合う。ロルブルーミアも床にひざまずいて、真っ直ぐリファイアードを見つめた。


 二つの視線が混ざり合う。揺らめく炎と澄み渡る空が出会って、一つになる。

 周りの喧騒も、周囲の状況も、何もかもが遠ざかる。もう、お互いしか見えていなかった。


 思い出しているのは、今日に至るまでの出来事だ。

 初めて会った時は、政略結婚の相手でしかなかった。興味なんてかけらもなく、心を許すつもりもなかった。ただ必要だから存在しているだけで、意味なんてなかった。


 しかし、少しずつ人となりを知っていく。

 どんな風に笑うのか、大事なものや本心を知った。距離が縮まり、日常生活を分かち合うことが増える。

 教会での出来事、王宮でのこと、舞踏会での全て。

 弱いところも、強いところも知っている。大事なもののためなら、何だってできる。裏切れないものは一つだけだ。

 お互いに、同じものを大事にしているわけではなかった。それでも、それだからこそ。

 この世界で唯一、同じように生きているのがお互いだった。誰より一番近い場所で、隣同士で、それぞれ別の大事なものを見つめていた。それが許される相手だった。それを許してくれるのがお互いだった。


 大事なものは、結局目の前の相手ではなかった。

 だって裏切れない存在を知っている。望みを叶えることが人生の全てだった。これが自分の意志で信念だ。

 好きに生きろと言われた通り、好きに生きるのなら。この答えこそが好きに生きた証だ。もしも定められた結末があるなら、きっとここが終着点だ。

 だって運命はきっと、お互いではなかったのだから。


 静かなまなざしで、リファイアードは剣をロルブルーミアへ向けた。首筋に狙いを定める。

 教会全体に掛けられた呪いは、魔族の血を持つリファイアードによく効く。呼吸は苦しく、上手く体に力が入らない。

 しかし、今この瞬間だけは、あらゆる意志を総動員して、体に言うことを聞かせると決意していた。


 リファイアードは今まで、何度だって戦場を潜り抜けてきた。意識が途切れそうになりながら、手足が取れかかっても、体の全てを使って目的を成し遂げた。

 だから今、この瞬間だってそうだ。

 どれだけ苦しかろうと、どれほどまでに体中が悲鳴を上げようとも、この剣先だけは絶対にあやまたない。


 リファイアードの剣は、ロルブルーミアの首筋にぴたりと定められる。

 華やかな刺繍のされた襟で覆われた、細い首筋。剣先は、一分の隙も揺らぎもない。ロルブルーミアがそっと目を閉じた。

 それを合図にしたように、リファイアードは迷いのない剣筋で首をねた。







「魔族の娘を討ち取った!」「魔族を殺せ!」という熱狂的な声が上がる。

 そのどれも耳に入らない様子で、リファイアードは剣をさやにしまうと、床に転がったロルブルーミアの首をそっと拾い上げる。

 やわらかなベールで優しく包み込むと、そのまま国王のもとへ歩いていった。


「よくやった、リファイアード。それでこそ我が息子、オーレオンの王子だ」


 国王は鷹揚な様子でリファイアードを出迎え、堂々とした笑みを浮かべて言った。婚約者を手に掛けるという命令を忠実にこなしたことで、あらためて息子の忠誠心を理解したのだろう。

 満足げにうなずくと、「今回は残念だったが、またお前にはふさわしい妻を迎えることにしよう」と続ける。リファイアードはゆるやかに首を振った。


「俺の妻はただ一人だけです」


 静かにそう言うと、ベールに包まれた生首をそっと撫でた。ほほえみを浮かべて、慈愛さえ感じさせる表情で。

 それは、物言わぬ亡骸を前にして浮かべるにはあまりにも不釣り合いだ。


 ちぐはぐな様子に、国王がぎくりと体をこわばらせる。

 ベールに包まれた生首は、誰がどう見てももう生きてはいない。それにもかかわらず、リファイアードの様子はまるで生きている者を相手にしているようだった。

 昼下がりにうたた寝をしているところを見つけて、そっと手を伸ばしたような。物言わぬ亡骸だと、理解していないような。


 異様な雰囲気を感じ取ったのは、国王だけではなかった。

 近くに立っていたシャンヴレットやアルベルサージュも気づいて、リファイアードへ視線を向ける。

 リファイアードは気づいているのかいないのか、やわやわと笑みを浮かべるとベールに向かって話しかける。


「好きに生きろと言いましたね。俺も好きに生きることにします」


 決してもう二度と開きはしない。目を閉じたまま、首だけになった姿にリファイアードは言う。楽しそうに、嬉しそうににっこり笑みを浮かべて。

 国王や王子たちは怯んだように、その様子を見つめる。


 リファイアードは笑みを浮かべたまま、そっと膝をついた。うやうやしく、ベールごと首を参列席に置く。

 それからゆっくり立ち上がると、国王と向かい合った。血のついた剣をすらりと引き抜く。周囲が身構えるも、リファイアードは気にしない。


 やさしく笑みを浮かべて、真っ直ぐ国王を――父親を見つめた。やわらかな、陽だまりのようなまなざし。

 記憶がはっきりした頃から、見世物小屋で過ごした日々、戦場での毎日、王宮で過ごした時間。

 小さな子供は成長し、国のために戦う青年となった。揺るぎない事実を抱きしめながら、リファイアードは告げる。はっきりとした声で、凛とした響きで。


「父上。オーレオン王国民として、王子として、息子として。長きにわたり、この身を慈しみ、育てていただいたこと感謝いたします」


 そう告げたあと、リファイアードは自分の首に剣をあてて引いた。

























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