第78話 開式
高い天井からは光が降り注ぎ、教会をあまねく照らしていた。
磨き込まれた通路は真っ直ぐ伸びて、正面には大きな薔薇窓がある。その前には緋色の大剣が飾られ、赤々とした輝きを放っていた。
最奥の薔薇窓よりも少し手前には、きらびやかな装飾が施された祭壇があり、格式高い祭服を着た教皇が二人の到着を待っている。
その左手奥には、白い服を着た聖歌隊が並んでいた。先頭にいるのは、白と金の祭服に身を包む聖女・ロレッタだった。
厳かな音楽が流れる中、二人は進む。
通路の両脇には精巧な彫刻が彫られた柱があり、壁の間にはあざやかな色硝子の窓が並ぶ。
飴色に輝くのは礼拝者のために用意された椅子で、結婚式の参列者は立ち上がって二人の入場を見守っていた。
左手の最前列に、ロルブルーミアは見慣れた姿を見つける。距離があっても、すぐにわかった。
ロルブルーミアが間違えるはずがない、ということもあるけれど。リッシュグリーデンドからの参列者は、ひときわ目立つのだ。
祭壇に最も近い場所で、堂々と立っているのはロルブルーミアの父親にして、リッシュグリーデンド帝国皇帝・魔王アドルムドラッツァールだった。
マントを羽織った筋骨隆々とした人型の体は見上げるほど大きく、全身は黒い鱗に覆われている。
背中には蝙蝠に似た巨大な羽、白骨化した竜の頭部からはごつごつとした巌のような角が生えており、見るからに人間ではない出で立ちだ。
歩いてくるロルブルーミアを見つめるのは、血のように赤い瞳。骸骨の眼窩から、花嫁姿へまなざしをそそいでいる。
参列者の中でも、飛びぬけた体躯はどこからでもよく見える。それを目印にするように、周囲へ視線を向ければ、同じく見知った姿が目に入るのだ。
(アルファレケスや、先生も来てくれたのね。それから、オルルタ大使やマデノーワ特使に、アルアクレッタ公使、トゥスラムクル書記官も)
アドルムドラッツァールのすぐ近くに控えるのは、細身の体に黒いスーツを身にまとった山羊の獣人アルファレケスである。
侍従長として魔王の身の回りの生活を取り仕切っており、ロルブルーミアのことも幼い頃から面倒を見てくれた。
先生と呼ぶのは、帝国随一の名医と名高いフェノッテンリシューという不死族だ。魔王の主治医でもありながら、研究熱心ということもあってロルブルーミアのことも診てくれていた。
直接言葉を交わしたことがあるのは、その二人くらいだったけれど、他の参列者にも見覚えがあった。
丈の長い正装コートを着ているのは、悪魔族でありオーレオン王国との外交官であるオルルタ大使。鬼人と狼の獣人族との混血である、近衛騎士団のマデノーワ特使は儀礼用の軍服に身を包む。
それ以外にも、森林の妖精族である儀礼官公使のシルアクレッタや、各種族の代表が集まる会合常夜会議書記官長にして、吸血鬼のトゥスラムクルなど、城で見かけたことのある顔が並んでいた。
異彩を放つ魔王と異なり、ほとんどの参列者は比較的人間に似た姿かたちをしていた。
悪魔族や獣人、吸血鬼、不死族に森林の妖精族は、直立二足歩行を行うし外に見える器官の数も人間と同じなのだ。遠目からであれば、人間のようにも見える。
オーレオンにほとんど魔力はなく、人型に変化するためにはとうてい足りないだろう。それゆえ、本来の姿で参列するしかない。
その状態で、目立ちすぎることのない顔ぶれを選んだのだ。だからこそ、兄や姉はこの場にいない。
人間の国へやって来る魔族として、明らかな異形の姿は恐怖を呼び起こす。
たとえば見上げるほどに巨大な竜、巨躯に豊かな毛並みと鋭い牙を持つ魔狼、鳥の体に人間の頭を持つ獣人、骨の姿で動く骸骨種。
人間ではないものが参列すれば、魔族であることをあらためて人間たちに思い知らせるだろう。
それを避けるため、参列者は人間に似た姿かたちをした者が選ばれている。他の誰でもない、これからもオーレオン王国で暮らしていくロルブルーミアのために。
一度きりの来訪であれば、魔族の異形さを思い知らせて、恐怖で威圧することも手段の一つだろう。
しかし、ロルブルーミアはこれからもこの国で暮らしていく。恐ろしい魔族の娘であると忌避感を抱かせるのは、得策ではない。
だからこそ、参列者は人の姿に近い者を選んだのだ。オーレオンでは本来の姿にならざるを得ない。少しでも恐れを軽減させて、魔族の娘だと蔑まれ、遠ざけられる理由を減らすために。
父親からの、家族からの真っ直ぐの愛情をロルブルーミアは受け取る。いつだってロルブルーミアを大切にしてくれた。宝物のように、大事に大事にしてくれた。それが、ロルブルーミアの大切な家族たちだ。
久しぶりに顔を見られたこと。大事な気持ちで思われていること。
その事実を噛み締めて歩くロルブルーミアの唇は、自然とほほえみを形作る。浮き立つような気持ちでいっぱいになり、踏み出す一歩も軽くなったように思えた。
だからだろうか。手を取って歩くリファイアードにも、ロルブルーミアの気持ちが伝わったのかもしれない。笑みの気配に、リファイアードの唇も弧を描いた。
荘厳で華やかな音楽を聞きながら、二人は進む。
オーレオン王族たち、魔王たちリッシュグリーデンド参列者、それからオーレオン国王。
全ての参列者の前を通り過ぎ、祭壇へと辿り着く。同時に、音楽が鳴り止んだ。しんとした静寂が横たわる。高い窓から入る光だけが、きらきらと動くような空間だ。
真正面から、教皇と向き合う。見るからに憔悴している、といった様子はなかった。ただ、ややこわばった表情をしているようにも思える。
厳かな空間は、開式の瞬間を待って緊張感にも似たものに満たされている。そのせいなのか、心身の調子が思わしくないと言っていたからそれのせいなのか。
わからないでいるものの、教皇は自分の役目をはっきりと理解しているのだろう。深呼吸をして、声を発しようとした。
しかし、リファイアードへ目をやり、隣のロルブルーミアへ視線を向けたところでわずかに動きが止まる。
ほんの数秒。ロルブルーミアの顔周りを見つめた教皇の瞳が、一瞬揺らいだ。驚くような泣き出すような、傷ついたまなざしが浮かんだ気がして、ロルブルーミアはいぶかしむ。
ただ、すぐに教皇はいつもの柔和な表情を浮かべた。何事もなかったように、大きく深呼吸する。おだやかながらよく通る声が、教会に響き渡る。
「これより、オーレオン王国第二十六王子リファイアード・オーレオンと、リッシュグリーデンド帝国第九番皇女ロルブルーミア・ヴィエム・リッシュグリーデンドの結婚式を執り行います」




