第74話 陽だまりの景色
リリゼやエマジアを筆頭とした使用人に見送られて、二人はまず王宮へ向かう。
王宮の特別室で行われる着付けは、儀式の一環である。貴族でもなく、魔族でもある二人が入ることはできないのだ。
「どうぞ、ルミアお嬢さまをよろしくお願いいたします」
「ルミアお嬢さまほど美しい花嫁は、この世のどこにもおりませんから……!」
迎えの馬車に乗る前、玄関先に並んだエマジアとリリゼは真剣な表情でリファイアードへ告げる。
屋敷の主人に直接物申すなど無礼と判断される行いだけれど、リファイアードがそうしないことは誰もがわかっていた。
「もちろんです。頼りない部分もあるとは思いますが、役目をきちんと果たしてきますので」
リファイアードは真顔で答える。使用人が何を言うのかと腹を立てるのではなく、ただ真っ直ぐ二人の心を受け取って。
それは、ロルブルーミアを大切に思う気持ちから来るものなのだと、リリゼもエマジアもわかっていた。だからこそ、自然と言葉が形になる。
「お二人が親しくなられたこと、本当に喜ばしいことだと思っております。特に、お嬢さまと旦那さまが、共にお茶を囲むようになって――あの部屋へお茶菓子を運ぶ役目は使用人たちとの間でも争奪だったんですよ」
「あら、それは初耳だわ」
ころころと、ロルブルーミアは笑った。そんなことが起きているなんて、当然知らなかったのだけれど。
時折、追加でお茶菓子を持って行くときは、誰がその役目を果たすかと静かな攻防が繰り広げられていたと教えられて、くすぐったい気持ちになる。
エマジアはロルブルーミアの反応にやわらかく笑うと、そっと続ける。
「お二人の様子は、見ているだけでも嬉しくなるような――そんな具合でしたから」という声はどこまでも丁寧でおだやかだ。
「ええ、本当に! 本当にその通りです」
大きくうなずいたのはリリゼだ。力強く言うと、丸い耳がぴこぴこ動く。頬を赤くして、何かとても大事な言葉を口にするような声で続ける。
執務の合間に訪れるお茶の時間。二人でカップを傾けて、何でもない会話を交わしている。おだやかに目を細めて、唇に慈しむような笑みを乗せて。
ささやかで、すぐに忘れてしまいそうな。それなのに、全てが陽だまりに染められたような。美しくまばゆい光景だったのだ、とリリゼは凛として告げた。
それから、すっと視線を動かして真っ直ぐロルブルーミアを見つめる。大きな金色の目が、きらきら輝く。濡れるように光っているのは、見間違いではないだろう。
リリゼは深呼吸をすると、ゆっくり言った。リッシュグリーデンドから一緒にやってきた、これまでをずっと見守ってきた侍従として。心からの言葉をかける。
「政略結婚なのだから仕方ないとおっしゃっていましたね。ですが、どんな愛のないまま結婚するのではなく、お互いを大切に思うようになったことが、本当に嬉しいのです」
その言葉がどれほど真摯な思いから告げられたものなのか。隣に立つエマジアも同じ気持ちでいてくれること。
全てがロルブルーミアの胸に染み込んで、何だかたまらない気持ちになる。
結婚式の朝だから感傷的になっているのか。そうなのかもしれない、と思いながら、二人を順繰りに見つめる。
金色の瞳、丸い耳。淡い金髪、灰色の瞳。全てを焼き付けるような気持ちで、ゆっくり口を開いた。
「リリゼとエマジアには、いくら感謝してもしきれないわ。ここまでついてきてくれて、ずっと見守っていてくれた。二人がいなければ、わたくしは独りぼっちだったもの。リリゼとエマジアがいてよかった。本当に、本当にありがとう」
ほほえみを浮かべながら、全ての気持ちを込めてそう告げる。受け取った二人は、感極まったような表情で「そんなことはございません」と答える。
今にも泣き出しそうだったけれど、この場に涙はそぐわないと思ったのだろうか。大きく深呼吸をすると表情を切り替える。
真っ直ぐロルブルーミアを見つめて、声をそろえて言った。
「此度は、誠に結婚おめでとうございます。お二人の幸せを願っております」
そう言って、深々頭を下げる。
王宮に入ることはできず、エルカリオ教会で参列することも当然できない。祝いの言葉を告げる機会はもう、ここしかない。だからこそ、告げてくれたのだろう。
「ありがとう、リリゼ、エマジア」
今までのことを思い出しながら、慕わしさや感謝が形になった声で答える。
それを全身で受け取るように、二人ははしばらくの間お辞儀をしていたけれど。ゆっくり頭を上げると、晴れやかな笑顔を浮かべた。




