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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第7章 今日の佳き日に

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第73話 幸いを知る食卓


 いよいよ結婚式の当日を迎えた。


 日が昇る前に起き出して、身だしなみを整える。今日はまず屋敷から王宮に向かい、婚礼衣装に着替えなくてはならない。それから婚礼が行われるエルカリオ教会へ出発するのだ。

 式の後は婚礼行列が行われ、最後には大々的な祝宴が催される予定で、一日長丁場になる。だからこそ、しっかり朝食を取る必要があった。


 食堂の中央には、純白のテーブルクロスがかけられた長方形の机が一つ。中央には薔薇の花が飾られ、朝食の皿やカトラリーがすでに用意されている。

 暖炉を背にしたリファイアードの右斜め前が、ロルブルーミアのいつもの席だ。手を伸ばせばすぐに触れる距離で、和やかに会話しながら朝食を進める。


 大きくずっしりとした素朴なパン焼き立てで、四分の一に分けられている。さらに、上質な小麦粉で作った、やわらかな小さなパンも用意され、適度な量がさ皿に盛られた。


 食堂には次々と食事が運び込まれる。

 あざやかな黄色も美しい、半月型の卵焼き。香草フォルティムを使った蒸し鶏は、野菜のソースが添えられている。

 玉ねぎ、キャベツ、人参が煮込まれた透き通ったスープ。小皿には、ほうれん草とそら豆が盛り付けられていた。


 屋敷へ来た当初と違って食卓に並ぶ料理は砂糖の使用量がずいぶん減っている。ロルブルーミアがあまり甘いものを好まないことを知り、献立の見直しが行われたのだ。

 何もかもが甘い味付けだったあの頃と違い、今では様々な味付けがそろっている。リファイアードは必要に応じて、自分で砂糖や蜂蜜を追加して甘さを調節していた。


「そういえば、食後のお茶は何でしょうか」


 ささやかな会話を交わしていると、ふとした調子でリファイアードが言った。

 いつものようにお茶の時間は取れないので、今日は食後のお茶を用意することにしたのだ。ロルブルーミアはにっこり笑って答える。


日向葉ひなたばですわ。香りが良い茶葉ですの。触れただけでも、ほのかに甘い香りがする植物で、精神を落ち着けさせて、気持ちを明るくする効果がありますの。もちろん魔力を溜める力も持っていますわ」


 千夜草せんやそうは毎日欠かさず飲んでいるし、それ以外に特別な薬香草茶として用意したのが日向葉だった。

 薬草園はリファイアードの許可を得て、ずいぶん広くなった。その中で、ようやく新芽が出てきたのが日向葉だったのだ。効能を考えても、結婚式の日に飲むにはちょうどいいだろうと思えた。


 リファイアードは笑みを浮かべて、「楽しみです」と答えた。ロルブルーミアも心からうなずいたのは、薬香草茶の時間は心弾む時間になっているからだ。それはもちろん、リファイアードにとっても。

 だからこそ、今日という特別な日にも、きちんとこの時間を作った。


「今日は一日大がかりですから。こういう日こそ、いつもの時間を取った方がいい」

「わたくしもそう思うわ。無事に成功させたいもの」


 力強く言うロルブルーミアに、リファイアードは目を細める。

 今日という日は、国の威信をかけた大舞台と言っていい。楽しみよりも緊張の方が勝る場面で、あらゆる全てが二人の肩に乗っていると言っても過言ではない。ここで何か失敗でもしようものなら、二国間に大きな影響をもたらす。


 ロルブルーミアはそんなこと、当然よくわかっている。それでも、怯むことなく言うのだ。リファイアードは唇に笑みを刻んで言った。


「あなたのご父君にも挨拶ができたらいいと思いますが――時間はあるかな」

「ええ、お父さまにリファイアードさまのことを紹介したいし……みんなに会えるのが楽しみだわ」


 ぱっと顔を輝かせて、ロルブルーミアはうなずいた。

 リッシュグリーデンドからオーレオンへ嫁いできて、一度も顔を合わせることはできていない。そんな父親や、国で世話になった顔ぶれが今日は結婚式へ参列するのだ。顔を見られることが嬉しかったし、どこかで時間を作って言葉を交わしたかった。

 そして、リファイアードを紹介するのだ。父親に向かって嘘偽りない笑顔で「幸せよ」と胸を張って。


 初めてだったのだ。

 大事なもののためなら、何だって差し出せる。同じものを大切にしていなくても、同じものを見ていた。誰より近い位置で生きていた。世界中で、一番近くにいる。

 そして、ロルブルーミアが戦うことを、真っ直ぐ肯定してくれた。傷つくことも血や涙を知ることも、決して否定しなかった。あなたは戦う人だと、真っ直ぐ言ってくれた。


 そんな相手は、初めてだった。そんな相手とこれから先の人生を歩むのなら幸せになれると、ロルブルーミアは心から思っている。だから、胸を張って父親に紹介したかった。


 今日の結婚式は、二か国の国王に重臣たち、国の中枢が集まっている。今日の行動一つでこれから先の国の行く末が決まると言っていい。

 緊張は並大抵ではないし、決して失敗が許されない場所だ。怯んでしまいそうになるのも当然だけれど、二人の気持ちは一つだった。


「今日が終われば、何かと落ち着くでしょうからね。結婚式では無理でも、挨拶の時間は取れるはずです」

「そうね。まずは、今日の結婚式を大成功で終わらせましょう」


 結婚式の重要性も、どれほどの大舞台であるかもわかっている。上手くやれるかどうか、失敗しないだろうか、という不安はある。

 それでもきっと大丈夫だと、二人は思っている。同じものを抱えて、同じ目標を持って歩く相手が隣にいるなら。たった一人ではなく、二人で歩いていけるなら、きっと大丈夫だと確信していた。


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