表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第6章 夜に踊る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/73

第71話 あなたとワルツを


 何食わぬ顔で、二人はギヤ・シオン宮殿へ帰ってきた。

 今夜の舞踏会はおおいに盛り上がっていたようで、一曲ずつが長くなっていたのは幸いだった。二人が主役の演目までは、あと一曲の猶予があったのだ。


 おかげで、個室に戻って乱れた髪や息を整えることができた。もっともリファイアードは息一つ乱しておらず、そのままワルツを始めることもできただろう。

 感心していると、苦笑を浮かべて「俺は軍人なんですよね」と言うので、真顔で「存じ上げてますわ」と答えていた。


「――いよいよですわね」


 大広間に通じる大扉の前で、リファイアードとロルブルーミアは待機している。ようやく二人が主役の演目が始まるのだ。

 個室へ使者がやってきて、大扉の前へ案内された。事前にお披露目式として宣伝されているので、招待客は全員サロンから戻って大広間に集まっているはずだ。

 内心はどうであろうと、結婚する二人を祝福するという体を装う必要があるのだから。


 ワルツ自体は他にも数組参加する。ただ、小さな扉から入場するし、中央で踊る権利を与えられているのは二人だけだ。

 主役はロルブルーミアとリファイアードであり、他の参加者は添え物としての扱いと言っていい。

 衆人の中で、二人は完璧に一曲を踊りきらなければならない。失敗しようものなら、この結婚は不吉なものだと言い立てられるだろう。


「ええ。堂々と踊りましょう」


 そう言って、リファイアードは手を差し出す。ロルブルーミアはにこりと笑って、手を重ねた。


 大広間には貴族たちが集い、王族たちは個室から二人の踊りを見ているだろう。

 誰もが心から歓迎をしているわけではない。それどころか、隙あらば欠点を見つけて騒ぎ立てようとしている。

 味方は少なく、敵ばかりの場所で一曲を披露しなければならない。


 重圧を感じて当然だし、緊張していないといえば嘘になる。しかし、怯む必要はなかった。

 一人ではないと知っている。今ここで手を取り合う相手がいるなら、お互いがいるなら、きっと大丈夫だと理解していた。


 深呼吸をした二人は、真っ直ぐ前を見据える。扉が開いて、華々しい楽団の音色と共に大広間へと進んだ。








 きらびやかなシャンデリアの下、大広間の中央でロルブルーミアとリファイアードは、優雅にワルツを踊る。楽団の音は上品で美しく、大広間全体包み込んでいた。


 二人の動きはなめらかで、ステップは流れるようだ。

 互いの手を取り、寄り添うように体を預け合いながら、大広間を移動していく。三拍子に合わせて前進し、横に移動し、大きく円を描く。

 優雅な曲調に合わせて、時に静かに、時に華やかに。流れるように踊る二人は、大広間中の人々の目を惹きつけていた。


「もっとこちらに力を預けてもいいですよ。お疲れでしょう」

「ふふ、平気ですわ。とても踊りやすいですもの」


 そっとささやかれた声に、ロルブルーミアは笑って答える。

 ワルツが始まる前に起きたあれこれから、ロルブルーミアの体力が削られているのではないか、とリファイアードは心配したのだろう。負担を軽くするために寄りかかっていい、と言ったのだ。


 ただ、ロルブルーミアはその必要がないと答える。

 確かに疲れがまったくないわけではないものの、気にならなかった。それはこの場の持つ雰囲気のせいなのかもしれない。


 楽団の奏でる音色は心地よく、目に入るものはきらきらと輝いている。最高峰の音楽に会場なのだ。どれもが美しく光を放つのも道理だろう。

 何より、音楽に合わせて踊っているだけで高揚感が満ちていく。


「なるほど、俺もです」


 ロルブルーミアの言葉に、リファイアードも笑みを浮かべて言った。ロルブルーミアは目を瞬かせたあと、薔薇色の頬で唇を引き上げる。


 ワルツを踊るのは初めてではない。ロルブルーミアもリファイアードも、王族としてのたしなみとして踊りは一通り習得しているのだ。特にワルツは必修とされているので、体が完璧に覚えている。


 ただ、それを差し置いても、今夜のワルツは自然と体が動いた。

 何をすればいいか、どうすればいいか、相手の呼吸が手に取るようにわかる。合わせようと思う必要すらなかった。

 踏み出す一歩が、円を描く瞬間が、ただ自然と理解できた。心のままに動くだけで、それだけでよかった。


 優美な音楽が次第に盛り上がっていく。寄り添う二人は大きく一歩を踏んで、華やかに円を描く。

 ただ、ロルブルーミアは大きく上体をそらした時わずかに眉を寄せた。リファイアードはそれを見逃さず、そっと問いかける。


「どうかしましたか」

「恐らくなんですけれど、さっきの件でちょっと痛みが」


 そう言うのは、剣の直撃を受けた脇腹部分だ。いくら加護があったとはいえ、衝撃全てを消し去るものではないのだろう。もしかしたら、痣くらいにはなっているのかもしれない。


 リファイアードは一瞬黙ってから、ぽつりとつぶやく。心配にわずかにからかうような響きを含ませて。


「無茶するからですよ」


 純粋にけがを心配しての言葉だけれど、行動力がありすぎるロルブルーミアへの感想を含んでいた。

 おてんばな皇女に対する呆れと親しみの響きを敏感に察知して、ロルブルーミアは答える。


「そうね。でも、仕方ないわ。リファイアードさまを守らないといけないんですもの」

「そうでした」


 ツンと澄まして返ってきた答えに、リファイアードは苦笑を浮かべる。ただ、どちらもこれはじゃれあいのような会話だとわかっていた。

 ロルブルーミアは本気で無愛想な態度を取っているわけでもないし、リファイアードも本当に呆れているわけではない。お互いの本心を理解しているからこその、軽口の応酬だ。


「では、あまり大きくせず回数を増やしましょうか」


 楽しそうに言うと、続けて二度・三度と回転する。くるくる、二人が円を描くたび、ロルブルーミアのドレスが大きく広がって華やかだ。


「目は回してませんか」


 回転を止めてなめらかにステップへ移行した途端そう言われて、ロルブルーミアは笑った。もしもこれでわたくしが目を回していたらどうするつもりなのかしら、と愉快な気持ちで答える。


「ええ、大丈夫ですわ。リファイアードさまも平気そうね」

「こういう運動には強い方ですから。ロルブルーミア姫は?」

「わたくしもよ」


 力強く答えると、リファイアードが楽しそうにうなずく。いたずらを仕掛けるような表情で、もっと複数回に挑戦してみよう、と思っていることはわかった。

 それが何だかおかしくて、高揚した気持ちのまま笑みがこぼれていく。


 このワルツの意味ならわかっている。貴族や王族たちが二人を注視しているのだ。人間の王子と魔族の国の皇女の結婚の可否を占うような、重大な場面と言っていい。

 もちろん理解していたし、忘れたわけではない。しかし、今の二人はただ弾む心を形にしたように、大広間でワルツを踊っている。


 お互いを真っ直ぐ見つめて、ぴったりと寄り添って。息の合ったステップでなめらかに、華やかに軽やかに。瞳を輝かせて、紅潮した頬で、全ての幸いと喜びを抱きしめたような表情で。

 きらきらと何もかもがまばゆく輝く場所で、美しい音楽に合わせて心のままに踊っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ