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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第6章 夜に踊る

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第70話 やわらかな鼓動


「ロルブルーミア姫」


 辺りから人がいなくなり、二人だけになった庭でもう一度名前を呼んだ。それから、ややためらいがちに肩を叩く。

 二度、三度力を入れると、薄いまぶたがぴくりと動いた。はっとした表情でリファイアードが見つめていると、ぱちりと目が開く。リファイアードの姿を認識した途端、体を起こして叫んだ。


「おけがは!?」

「あなたが言います?」


 心からといった風情に、ロルブルーミアは黙り込む。リファイアードの言葉ももっともだった。しばらくの沈黙のあと、「そうですわね……」とうなずくしかできない。

 リファイアードは「大事がなくてよかったですが」と前置きをしてから、鋭い目つきで言葉を続けた。


「もう二度と、こんな危険なことをしないでください。大体、どうしてあなたがここにいるんですか。席で待っているよう言ったでしょう」

「それは――反対派の計画を伝えたかったんですもの。宝冠を盗み出すのが真の目的ではなくて、本当の狙いは推進派に……いえ、リファイアードさまに宝冠を傷つけさせることでしたのよ。あなたの剣を使って、宝冠に傷さえつけられれば、結婚式は延期になるというもくろみでしたの」


 それを知らせたくてリファイアードに連絡を取った。しかし、音話機は反応せず伝えることができなかったのだ。こうなったら直接知らせに行くしかないと、ロルブルーミアは宝物庫までやってきた。


 説明されたリファイアードは、数秒黙る。それから「なるほど……」とつぶやく顔は苦渋に満ちていた。

 その反応が予想外で、ロルブルーミアが首をかしげていると、リファイアードは歯切れ悪くぼそぼそ言った。


「俺を心配したからの行動であることは理解しました。ただ、大変言いにくいんですが――反対派の計画については、こちらも把握していました」


 告げられた言葉に、ロルブルーミアは思わずリファイアードを見つめる。

 気まずそうな表情。ロルブルーミアは強いまなざしで「どういうことですの?」と尋ねた。リファイアードは、観念したように説明した。


 曰く、反対派の計画が判明するまでの経緯が、あまりにもわかりやすすぎると感じたという。誘い込まれているのではないか、という疑いがあり秘密裏に内偵を進めていた。

 すると案の定、真の計画――推進派に宝冠を傷つけさせること――が別にあったのだ。つまり、ロルブルーミアが伝えようとした内容を、推進派はとっくに知っていた。


「――だから言葉が足りないんですのよ!」


 口をついて出てくる言葉が、非難めいた響きを帯びるのは仕方ない、とロルブルーミアは思う。リファイアードは困ったような表情で答える。


「それは申し開きもできませんが……。こちらからすれば、やることは大きく変わらないんですよ。下手に複雑化させるより、単純に伝えた方が齟齬そごは少ないと判断しました」


 推進派の計画の肝は同じなのだ。真の計画も表の計画も、どちらにせよ宝冠が狙われていることは変わらないし、宝物庫で反対派を迎え撃つ計画に変更はない。実行犯を捕まえて大本まで辿り着くのも同様だ。


 ロルブルーミアに協力してほしい内容も、真の計画だろうと表向きの計画だろうと変わらないのだ。

 それなら、変に複雑に伝えるより単純な概要を伝えた方が、齟齬や間違いも生まれないだろうと判断したのだ。ややこしくなればなるほど、間違いは発生しやすいのだから。


「ただ、その結果ロルブルーミア姫を危ない目に遭わせてしまったのは事実です。申し訳ありませんでした」


 そう言って、リファイアードが深々頭を下げる。ロルブルーミアは、一体どう反応すればいいかわからなくて、すぐに答えが返せなかった。

 どうして言ってくれなかったのかと思うし、やっぱり言葉が足りないわ、と憤る気持ちはある。ただ、心の底から腹を立てているかといえば、そういうわけでもなかった。


 リファイアードの言葉もまったくわからないわけではないのだ。やるべきことが変わらないのであれば、物事を複雑化させない方がいいというのも道理ではある。

 特に、ロルブルーミアは急遽計画に参加した立場である。あまり多くの情報を与えるより、要点だけを伝えるという選択肢も判断としては納得できなくもない。


 さらに、リファイアードが心から悪いと思っていることは、言葉や態度から察してしまった。

 だから何だか毒気が抜かれてしまって、憤りは急速にしぼんでしまった。こうなったら、謝罪を受け入れるのが最も適当だろうと結論を出すまで、さして時間はかからなかった。


 だから深呼吸をして「わかりましたわ」とうなずく。すると、リファイアードは「ありがとうございます」と言って、頭を上げた。

 ただ、頭を上げた途端まとう雰囲気ががらりと変わって、一気に厳しいものになったので。今度はロルブルーミアが身構える番だった。


「俺のために動いてくれたことは、ありがたいと思っています。元を辿れば、俺の伝達事項に不備があったことも事実でしょう。ですが、俺の前に飛び出してきた件については、おおいに反省してもらいたい」


 突き刺すような言葉を、ロルブルーミアは黙って受け取る。無茶で無謀な行いである。それは自分自身もよくわかっている。武器も持たないまま、何の力もないくせに飛び出したのだから。


「多少の不利なら覆せます。俺はさすがにあなたより強いですし、だてに戦場をくぐりぬけてきたわけではないんですよ」

「それはその通りですわ……」

「けががなかったからいいようなものの――いや、なんでけがしてないんですか」


 はた、とした顔でリファイアードが尋ねる。

 ヨスヴァルの刃がロルブルーミアの体に直撃していたところなら見ているのだ。それなのに、ロルブルーミアは衝撃に倒れただけで、血の一つも出してはいない。

 けががないのは喜ばしい事態といえ、冷静に考えるとどうしてなのか、とようやく思い当たったのだろう。ロルブルーミアはあっけらかんと答えた。


「このドレスはお父さまたちからの加護がありますの。魔力を溜める働きを持つ雲上蚕うんじょうかいこという絹で織られていて、屈強な防具の役目を果たしますのよ。剣の一撃くらいなら、耐えてみせますわ」


 きらきら顔を輝かせて言うと、リファイアードは数秒黙った。それから「なるほど」と漏らされたつぶやきは、呆れるようなほほえむような響きをしていた。


「――まったくの無謀でなかったことは理解しました。でも、俺はロルブルーミア姫にけがをしてほしくないんですよ。だからどうかもう二度と、危ないことはしないでください。俺は充分強いんですから」


 心からの懇願であることは、ロルブルーミアにも理解できた。

 魔力という加護があるとはいえ、衝撃をなくすことはできない。事実として失神しているし、ドレスの加護があったとしてむきだしの首を狙われれば終わりなのだ。

 運がよかっただけで、命を危険にさらしていたことは間違いない。


 だからリファイアードの言葉は、おおげさでもないし、切実な願いだ。

 ロルブルーミアのことを思って、どんな危険な目にも遭ってほしくはないのだと、もう二度とこんなことはないようにと祈っている。


 わかっていたけれど、返す答えは決まっている。


「でも、わたくしだってリファイアードさまのことを守りたいんですもの」


 リファイアードの言葉にうなずく代わりに、ロルブルーミアは答える。

 二度と危ないことをしてほしくない、とリファイアードは言う。それは、もしもリファイアードが危険な目に遭っても飛び出すようなことはするな、という意味だ。

 だからそれなら、言いたいことは決まっていた。


「わたくし、同じことがあったら同じことをすると思いますわ。だって、わたくしだってリファイアードさまに傷ついてほしくないですもの」


 危険な目に遭ってほしくない。傷ついてほしくない。そう思うからこそ、リファイアードが言ってくれたことはわかっている。

 だからそれなら、同じ気持ちなのだとロルブルーミアは返す。


「確かにリファイアードさまは強いんでしょうし、剣の腕も相当なものなのだと思いますわ。でも、それ以外のところはどうかしら。隠すのが上手なだけで、案外弱いところも多いでしょう? 体調不良は改善していますけれど、全部自分でどうにかしようとすることは変わらないですし……。お父さまがからむと沸点は低いし、向こう見ずなところもありますわね。最近はずいぶん改善したと思っていましたけれど、やっぱり言葉も足りないことはたった今わかりましたわ。誤解を解くのも苦手でしょうし、ああ、そういえば人の顔と名前を覚えるのも不得手なのでしょう?」


 今までのことを思い浮かべながら、ロルブルーミアは一息に言う。

 国の決めた婚約者として出会い、共に時間を過ごした。その中で、リファイアードのことを知っていった。だからこそ、ロルブルーミアは思っている。


「本当は、強くないところもたくさんあるわ。その上、人に頼ることが苦手で、無理をしてしまうでしょう。何もかもが完璧ではないとわかっていますもの。リファイアードさまはご自分で思っているより、弱いところもありますのよ」


 真っ直ぐ視線を向けて言うと、リファイアードは目を瞬かせる。予想外の言葉だったのだろう。

 何だかその表情は、幼い子供のようだ。いたずらを仕掛けるような気持ちになって、ロルブルーミアは笑みを浮かべる。

 弾んだ気持ちが形になったような声で、決意を秘めて、ロルブルーミアは言う。リファイアードの弱いところだってたくさん知っている。だから。


「わたくしだって、リファイアードさまを守りますわ」


 リファイアードが守ってくれることを、ロルブルーミアは一つだって疑わない。だからそれならわたくしだって、と思っている。

 誰より強くて、いくつもの戦場を潜り抜けた剣士だとしても。魔族ゆえにたぐいまれなる戦力を有しているとしても。それでも、誰にも守られなくていい理由にはならない。


 リファイアードは呆気に取られた顔で、ロルブルーミアを見つめる。信じられない、とありあり顔に書いてある。

 何一つ想像だにしなかった言葉だということがうかがえて、ロルブルーミアは「やっぱり」と思う。

 リファイアードはきっとずっと強かったのだ。戦場でも結果を出して、たとえ辛くて苦しくても、たった一人で耐えてきた。誰かに頼ることもなく、全てを自分で背負って歩いてきた。

 それが今まで当たり前だったというなら、これからは違うと告げるのだ。だってこれから、二人で共に未来を歩くと決めたのなら。


「わたくしたち、共犯なのでしょう。それなら、傷も痛みも分け合うのよ」


 凛とした決意で、何一つ疑うことのない力強さで言う。

 炎を宿す赤い瞳を見つめて、心を丸ごと取り出すみたいに。リファイアードならきっと受け取ってくれると信じていた。


 二人の間に沈黙が落ちる。宮殿から聞こえてくる楽団の音が隙間を埋めて、流れる風に庭の茂みが揺れた。


「――はは」


 呆然としていたリファイアードの唇から、笑いがこぼれた。ロルブルーミアを見つめていた顔が、くしゃりと崩れる。泣き出しそうだった。しかし、そうではないと二人ともわかっていた。


「そうか。そうですね」


 揺れる声でつぶやくリファイアードは、笑っていた。

 心底楽しそうな明るいものではなく。軽やかに弾む気持ちを形にしたものではなく。安定しない心を抱えて戸惑うような。その揺らぎを愛おしさだと知っているような。あふれだしてこぼれてしまいそうな心の全てを抱きしめていようとするような。

 力強さもまばゆさもない、弱々しくてやわやわとにじむような、染みわたる笑顔だった。


 それを受け取るロルブルーミアは「ええ、そうよ」と力強くうなずいた。

 今までずっと強かったリファイアードは、これからたくさん助けられていい。守られていい。

 その筆頭に自分がなるのだ、と思いながらうなずく。だってわたくしは、戦える。守るために戦うことを許されている。


 やわらかな視線を交わし合う二人の間に、楽団の音が響く。先ほどからずっと聞こえているもので、明るく軽快な曲調は会場を盛り上げるにふさわしいだろう。

 締めくくりに向かって、熱気を高める効果もあるはずだ、と思ったところで二人は我に返る。


 何だか全てが解決したような気持ちになっていたけれど、そんなことは全くなかった。むしろ、二人の本番は舞踏会のワルツなのだ。


「そろそろ出番かもしれないわ」

「急いで戻りましょう」


 本来であれば、二人の演目の前にロルブルーミアが会場から連絡するはずだった。しかし今ここに当人がいるのだから、そんなことをできるはずがない。

 聞こえてくる曲は正統派の有名なワルツではないため、まだ出番は来ていないはずだ。ただ、次の曲がそうでないとは言えない。


 立ち上がったリファイアードが、ロルブルーミアに手を差し出す。力強く握ると、勢いよく手を引かれた。

 隣に立つと「走れますか」と問いかけられるので、ロルブルーミアは「当然ですわ」とうなずいたのだけれど。


 渡り廊下へ戻り、石畳を駆け出すものの、軍人であるリファイアードについていけるはずもないのだ。

 一瞬で事態を把握したリファイアードはすぐに動いた。「失礼します」と言うと、膝裏と背中に腕を回し、軽々ロルブルーミアを抱き上げた。


「待ってください、リファイアードさま! わたくし自分で走れますわ……!」

「これの方が速いので。しっかりつかまっててください」


 きっぱり言われるうえ、確かに自分で走るより速いのは事実だろう、と思ったロルブルーミアは黙る。それを肯定とみなして、リファイアードは全速力で駆け出した。


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