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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第6章 夜に踊る

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第69話 紅蓮舞う


※この話には暴力的・残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。





 



 ロルブルーミアはぴくりと反応して、足を止める。リファイアードは真っ直ぐ庭の暗がりを見つめていた。

 誰に話しかけているのか、とその横顔を見つめていると、暗がりからゆらりと一つの影が現れる。

 彫りの深い顔立ちをした、四十代ほどの男性だ。きりりとした眉に口ひげを蓄え、癖のある長めの髪を後ろへ撫でつけている。

 シャツにジャケットという出で立ちで、太い首には紋章入りのループタイ。右手には剣を持ち、左手にはきらきらと光を弾く宝冠を一つ。

 よくは見えないながらも、この状況だ。ロルブルーミアの宝冠に違いないだろう。


「これはこれは、リファイアード殿下。今夜もあいまみえるとは幸運だ。この前の手合わせでは暗闇だったせいで、傷を負う姿がよく見えなかったが――幸い今日は、殿下の姿もよく見える」

「そうですね。こちらこそ、手練てだれと名高い謎の剣士ヨスヴァルの顔をしかと拝見できるとは思いませんでしたよ」


 薄笑いを浮かべた男性――ヨスヴァルの言葉に、リファイアードは感情なく答える。

 その名前には聞き覚えがあった気がした。記憶をさらって、いつだったか教会で、シャンヴレットとルカイド公爵が口にしていた名前ではないか、と思う。


 くわえて、会話の流れから察することはできる。

 リファイアードが言っていた、手練れの剣士とは彼のことだ。リファイアードが以前けがを負った理由であり、随一の剣の腕を持つのが目の前の彼なのだ。


 リファイアードは再度宝冠を渡すよう告げるも、ヨスヴァルは首を振る。

 鼻歌でも歌いそうなそぶりで「これがあれば、殿下は俺の相手になってくれるわけだからな」と言って、弾んだ声で続ける。


「せっかくきちんと顔を合わせられたんだ、楽しもうじゃないか。国王陛下の傀儡かいらいと名高いリファイアード殿下だ。どんな顔をしているかと思っていたわけだが――まだまだ子供で驚いたよ。国王陛下は人形遊びがお好きなようだ」


 馬鹿にしきった言葉に、リファイアードがぴくりと反応する。自分への嘲笑であれば、問題なく流せただろう。しかし、国王相手となると別だ。


「傀儡? 一体何を言っているんですか? 俺は俺の意志でここにいる。国王陛下の命に従うと決めたのは、他の誰でもない俺だ」

「それが傀儡だと言ってるんじゃないか! まあ、魔族なんてのはそんなものなのかもしれないが。初めて見たものを親だと思い込んで、馬鹿げた行為を選ぶわけだ」


 ヨスヴァルはそう言うと、しなやかに動いた。片手だけとは思えないほどの軽やかさで、リファイアードに向かって剣を振り下ろしたのだ。

 リファイアードはすぐに反応して、自身の剣で受け止める。金属音が響いて、剣が弾き返される。

 しかし、ヨスヴァルはその反動を利用して、勢いをつけると再度剣をリファイアードへ向ける。真正面から振り下ろす素振りかと思えば、一瞬で動きを変えて左の胸目掛けて薙ぎ払う。

 間一髪で剣の切っ先で受け止めて、一歩踏み込んだリファイアードがヨスヴァルへ剣を叩き込む。受け止めるのと同時に、ヨスヴァルの剣がリファイアードを襲った。


 向かい合った二人は、何度も剣を打ち合わせる。

 ヨスヴァルの動きは不規則で、一体次にどこへ剣を向けるのかが読みにくい。そのせいで、リファイアードの剣にも迷いが生まれていた。

 しかし、次第に呼吸を理解してきたのだろう。少しずつ、リファイアードの剣先がヨスヴァルを取らえるようになった。

 切っ先が胸元をかすめ、首元をなぞる。じりじりとヨスヴァルの動きをとらえていることは確実だった。


「ははは、確かにリファイアード殿下は、剣の才能が見られる。しかし、国王陛下の傀儡では何の意味もない! 哀れな殿下は、国王陛下のせいで才能も無駄に消費されるわけだ」


 押されているにもかかわらず、ヨスヴァルの態度には余裕が見られた。ただ、それも当然かもしれない。

 今彼は、片手を使えないという不利な状況なのだ。しかし、押され始めているとはいえ、充分に渡り合っている。宝冠を手放せば、すぐに反撃できることを確信しているのだ。


「殿下よ、考えてみるといい。国王陛下のせいで失ったものが一体どれほどあるのか。血もつながらない相手を父と慕ったところで、全ては無意味だ。意志など無関係に、傀儡として生きるしか道は残されていない。本当なら、もっとたくさんの可能性があったのになぁ!」


 せせら笑う声に、リファイアードの剣が荒々しくなる。力任せに剣を打ち付けると、鋭いまなざしで告げる。どんな迷いもない、ただ力強い声で。


「失ったもの? 何を言ってるんだ。俺の人生は父上がいなければ始まらなかった。父上がいなければ、俺はここにいない。俺が今生きている意味は、たった一つだ」


 言葉の端々に宿るものを、ロルブルーミアは理解している。声にならなくても、リファイアードは言うのだ。


 檻の中から助け出されたこと。戦場で迎え入れてくれたこと。知らなかったものをたくさん教えてくれたこと。

 名前をつけて、抱きしめてくれた。一緒に食事をしてくれた。世界を一つずつ知っていった。年齢を重ねることを喜んでくれた。手をつないで、一緒に歩いてくれた。

 降り注ぐように、ただ真っ直ぐ大事にしてくれたことを知っている。


「俺の世界はあの時始まった。俺にとって、世界の意味は一つきりだ。世界がなくては、生きていくことすらできない。世界のために生きるのは、俺が俺として生きることと同義語だ」


 そう言うと、今までにないほどの重い音をまとって、剣を振り下ろす。

 受け止めたヨスヴァルの体が後ろへ下がる。薄ら笑いを浮かべながらも、眉を寄せたヨスヴァルは、吐き捨てるように言った。


「さすがは根っからの傀儡人形だな。自分の意志すら持たない、空っぽの王子とはまさにこのことか。まったく理解できない。そんな風に生きて何の意味がある? 孤独に踊る傀儡の王子よ!」


 ヨスヴァルが剣を振り抜いて、一気に距離を詰める。切っ先が頬をかすめて血が飛んだ。

 それ以上届く前に、リファイアードは身を交わすと切っ先を鋭く突きつけて答えた。


「お前にわかってもらう必要はない。理解者ならもう知っている」


 淡々とした物言いには、どんな感情も宿っていないように聞こえた。しかし、ロルブルーミアの耳は奥底に宿る意志を感じ取る。

 確かな決意は、ずっと抱えていたもの。自分にとっての世界。これから生きていることの意味。何より大事な、何より大切な。何を代えても譲れない。たった一つを選ぶならこれだと、間違いなく言えるものを知っている。


 うぬぼれかもしれない。傲慢かもしれない。それでも、リファイアードの生き方を理解するというならそれは。

 誰より何よりも優先したいものは、あなたではないと言っても、あなただけはうなずいてくれるとお互いだけは理解している。きっと、そのたった一人は。


「だから、宝冠を返してもらおうか!」


 一声吠えるように言ったあと、リファイアードが勢いよく踏み込んでヨスヴァルの左腕目掛けて剣を打ち込んだ。肩口を狙って振り下ろされた刃だ。ヨスヴァルは一瞬で判断した。


「ああ、返してやろうじゃないか!」


 半身をひねって、受け止めた刃を剣で弾き返したあと、叫び声とともに手に持っていた宝冠を高く放り投げた。

 月明かりを受けながら、きらきらと光を弾く。夜空に向かって高く上がり、リファイアードの動きが止まる。

 受け止めなければ、と着地点を推測して体が動く。ヨスヴァルではなく、宝冠に対して意識が向いた瞬間を、見逃すはずがなかった。


 両手で剣を握ったヨスヴァルが、一歩後ろへ距離を取る。

 宝冠に向かって手を伸ばすリファイアード。指先が宝冠の縁にかかる。そのまま引き寄せながら防御の態勢を取るものの、全ての隙を埋めることは難しい。

 ヨスヴァルは地面を蹴ると、わずかな隙を狙い撃つように、リファイアードの胴目掛けて勢いよく切っ先を突進させる。


 危ない、と思った。無理な態勢では、上手く避けきれないかもしれない。このままでは、剣で体を貫かれる。リファイアードの身が危ない。

 思うのと同時に、ほとんど反射で足が動く。果たして名前を呼ぶ声は、形になっていただろうか。

 ロルブルーミアはとっさに駆け寄って、リファイアードとヨスヴァルの間に身を躍らせた。


 次の瞬間、重い衝撃が全身を貫き、ロルブルーミアはその場に崩れ落ちる。


 同時に、リファイアードとヨスヴァルの動きが止まった。どちらもまったく予想していない展開だったのだ。

 二人の間に横たわる、一人の人間。うつぶせに倒れ伏し、身を包むドレスが花を咲かせるように広がっている。


 宝冠を持つリファイアードは、呆然としたまま目の前の光景を見つめる。

 夜空を思わせるようなドレスも、高く結い上げた髪も、それを彩る髪飾りも、何もかも見覚えがある。

 間違えるはずがない。こんなところにいるはずがない。宮殿の席に座って、帰りを待っているはずだった。それなのに。


「――ロルブルーミア姫!?」


 名前を呼んで、体を抱き起そうとしゃがみ込む。しかし、それはできなかった。我に返ったヨスヴァルが、剣を振り上げたからだ。


「はは、こんな状況で飛び出すとは、まったく愚鈍! とんだ邪魔者が入ったな!」


 そう言って振り下ろされる剣を、リファイアードはロルブルーミアを背中にかばいながら受け止める。一瞬で判断して、宝冠を地面に置いた。

 両手で剣を握り、勢いよく立ち上がる。渾身の力で弾き返すと、ヨスヴァルの動きがわずかに遅くなる。

 リファイアードは大きく踏み込み、すぐさま剣を打ち込んだ。息つく暇もなく、連続で剣をふるう。


 金属音が響き、相手の剣をいなしながら致命傷を与えようと、わずかな隙を逃さず攻防が繰り広げられる。

 ヨスヴァルが同じ速さで反応することを察したリファイアードは、さらに速度を上げた。倒れたロルブルーミアを介抱するためには、一刻も早く、この男を倒さなくてはならない。それだけが全てだった。


 怒涛どとうの攻撃に、ヨスヴァルが舌打ちをして、吐き捨てる。倒れたロルブルーミアをかばっているのだということを察したのだろう。


「なるほど、殿下にとって並々ならぬ相手というなら――馬鹿な姫君をまずは地獄に送って差し上げよう!」


 そう言って、一瞬重心を低くする。それまでの距離感がわずかに狂い、些細な隙ができる。

 それを逃さず、ヨスヴァルはリファイアードの脇をすり抜けた。倒れたままのロルブルーミアに向かって剣を振り上げる。


 リファイアードの神経全てが反応する。筋肉が、体中のあらゆる細胞が、かつてないほどの速さで動いた。

 すり抜けたヨスヴァルの背中を、腰から肩に向けて斬り上げる。血が飛んだ。ヨスヴァルは倒れない。半回転した勢いで、リファイアードはヨスヴァルの右肩目掛けて剣を振り下ろす。筋肉を断ち、骨を砕く感触。


 血が噴き出し、肩の付け根から刃が食い込んでいく。力を緩めず、そのまま勢いよく叩き斬る。

 完全に腕が離れた瞬間、ヨスヴァルの動きがわずかに止まる。それを逃さず、ヨスヴァルの首根っこをつかまえて、後ろへ引いた。血がロルブルーミアにかからないよう、正反対の地面へ転がした。


「お前の相手なら、こいつがお似合いだ。手を取ってやれ」


 そう言って、斬り落とした腕を放り投げるのと同時に、倒れた体を踏みつける。

 指笛を吹いてから、地面に縫い付けるように左腕に剣を突き刺すと、ヨスヴァルは笑った。片腕を失い、地面に転がされて剣が体を貫通していても、痛み一つ感じさせない顔で。


「さすが、さすが! 噂にたがわぬ剣さばきじゃないか! 戻ってきた甲斐があったというものだ!」


 らんらんと目を輝かせて、高揚しながら吐き出される言葉をリファイアードは聞いていなかった。

 虫のように地面に縫い留められては、動くこともできないはずだ。すぐに応援が駆けつけることもわかっている。

 興奮しきりの言葉は、もう耳に入らない。今やるべきことは一つだとわかっていたから、倒れるロルブルーミアの傍らに膝をついた。


 うつ伏せのまま倒れており、白い首筋や結い上げられた髪が力なく投げ出されている。花のように広がるドレスは、まるで流れ出した血のようにも見える。


「――ロルブルーミア姫」


 そっと名前を呼んで、体に手を差し入れる。仰向けにすると、まぶたを閉じた姿が目に入る。生命のない人形のような姿だ。

 しかし、小さく開いた唇からは細い呼吸が漏れ出している。さらに、わかりにくいながらも胸は規則正しく上下している。

 その事実を確認して、リファイアードはほっと息を吐いた。


 ロルブルーミアが飛び出してきた瞬間、リファイアードの全身から血の気が引いた。ヨスヴァルの剣は確かにロルブルーミアの脇腹を直撃していたのだ。

 そのまま倒れて反応がないことも、心配に拍車をかけた。ただ、血が一滴も出ていないことはわかっていた。


 剣によって傷を負っていれば、血潮が噴き出す。それがないなら、傷はないはずだ。

 とはいえ、直撃を受けたなら衝撃は大きい。恐らく、そのせいで失神したのだと予想はしていた。しかし、直に確認するまでは気が抜けない。


 目の前で唇から息が吐き出され、胸が上下に動く様子をとらえて、リファイアードはようやく体から力を抜いた。

 ちょうどよく、指笛を聞いた部下たちが駆けつけたこともあり、リファイアードはヨスヴァルの身柄を拘束させて、連れていくよう指示を出した。

 宝冠に大きな傷はないはずだけれど、念のため確認させることも忘れない。しっかり鑑定させ、厳重に保護するよう言えば、カデレッツを筆頭にした部下たちは、力強くうなずいて足早に去っていった。


 宝冠が推進派の手にあること、ヨスヴァルが敗北したことを伝えれば、反対派もこれ以上は動きようがないはずだ。

 他の反対派たちは逃げ出したのか捕まったのか、庭先はずいぶん静かになっていた。


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