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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第6章 夜に踊る

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第67話 密やかな影


 それからいくらか話をしたところで、ロレッタが「そろそろ帰らないと!」と言うので別れることになった。

 教皇は国王陛下と昔馴染みということで、それなりに長く話す予定でその時間は自由に動いていいと言われていた。だからロルブルーミアを訪ねてきたのだ。ただ、さすがにそろそろ帰った方がいいだろう、ということだった。


 教会からの参加者は、踊りに参加しない。しかし、宮殿内の結界を再び張り直すため、あちこち回って歌を捧げなくてはならないらしい。

 それとなく教皇の様子を尋ねると、やはりあまり調子はよくないという。特に元帥が倒れたことが特に大きいようだ。お見舞いに訪れては長い間二人きりでの時間を過ごすものの、帰ってくるとぼんやりしていることが増えたという。

 それでも、ロルブルーミアの摘んだ金光草こんこうそうをお茶にする時だけは、少し落ち着くように見える、と言われてロルブルーミアはほっとする。


「ルミアさまたちの踊り、楽しみにしてますね! きっと教皇さまも、見たら元気になりますよ!」

「ご期待に沿えるよう努力しますわ」


 嬉しそうに手を振るロレッタにそう返す。訪ねてきてくれたことに再度礼を言うと、ロレッタは大きくうなずいて、小走りで個室を出ていった。



 ロルブルーミアは笑顔でロレッタを見送ったあと、ソファから立ち上がった。あまり席を空けるわけにはいかないし、そろそろ自分も帰らなくては、と思ったのだ。

 天鵞絨のカーテンを開けて、毛の長い絨毯が敷かれた通路へ踏み出そうとした。ただ、その時前方から人がやって来たので、ぶつからないよう一歩退いた。


 ぶしつけにならないよう視線を向けると、結婚反対派の貴族の一人だった。

 ロルブルーミアのことをよく思っていない可能性が高いだろう、と視線を下げる。このままやり過ごすべきだわ、と反対派が過ぎ去るのを待った。


 薄暗い照明のおかげか、とっさに顔を伏せたからか。相手は特にロルブルーミアには気づかなかったようで、すたすた通り過ぎると隣の部屋へ入っていった。

 何もなくてよかった、とほっとしてそのまま通路へ足を踏み出しかけて、ロルブルーミアは動きを止めた。


 たった今、反対派が消えていった部屋。ロルブルーミアの隣。ここを訪れた時、ロルブルーミアはこの部屋に推進派の一人が入っていくのを見ている。


(推進派と反対派が同じ部屋に?)


 どくり、と心臓が鳴った。もしかしたら見間違いかもしれない。部屋を思い違いしているだけかもしれない。推進派の彼はすでに部屋を出ていて、中には誰もいないのかもしれない。

 そういう選択肢は頭に浮かんだし、きっとその可能性が高い。だから、何も気にする必要はなくて、早々に自分の席に戻ればいい。それがきっと賢い選択だ。


 しかし、もしも何もかもが正しかったなら。推進派と反対派が同じ部屋にいるのなら。

 その可能性が頭から離れず、ロルブルーミアは数秒考えてから静かに部屋へ戻った。


 気にするようなことではないのかもしれない。先ほど見かけた彼はとっくに退出していて、新しく訪れただけかもしれない。

 もしもまだいたとしたって、推進派と反対派というのが間違いで、同じ陣営の二人なのかもしれない。

 もしもそうなら、無駄なことをしたと笑い飛ばせばいい。気がかりを放っておいて取り返しがつかなくなるくらいなら、無駄足を踏んだ方がよっぽどいいのだ。


(簡易的な個室であることが、功を奏したわ)


 カーテンの端に寄って耳を澄ませるロルブルーミアは、胸中でつぶやく。

 壁で区切られた部屋であれば、さすがにいくら聞き耳を立てても声は聞き取れないだろう。しかし、カーテン越しであれば、もしかしたら多少は会話内容がわかるかもしれない。

 盗み聞きなんて、不躾でありはしたない行為であることはわかっていた。しかし、そんなものはもう気にしていられないのだ。

 今までだって、耳飾りと手鏡で話を勝手に聞いてきている。どんな汚れ役だろうと引き受けると決めたのだから、これもその内の一環だ。


「――首尾のほどはいかかがですかな、アロマンズ公爵閣下」


 神経を耳に集中していると、声が聞こえてきてロルブルーミアは息を詰める。

 アロマンズ公爵閣下。サロンへ入ってきた時、隣の部屋に消える姿を見た推進派の貴族の名前だ。やはり見間違いではなかった、と思っているとアロマンズ公爵が答える。


「ディジリタ公爵閣下のご協力もありまして、計画通りに進んでおりますよ。本当にありがたいことです」


 笑い交じりに答えたのがアロマンズ公爵だ。呼びかけた名前は、反対派に属するディジリタ公爵。先ほどロルブルーミアがすれ違った人物であり、やはりこちらも間違いではない。

 推進派と反対派の二人が会話を交わしている。これが意味することは何か。


 息苦しくなって、慌てて呼吸を再開させる。注意深く息を吐き出して、吸う。手のひらには汗をかいていた。

 単なる貴族同士の会話である可能性も否定できない。しかし、今夜ここで交わされるのが何の意味もないものとは思えない。


 楽団の音に混じってよく聞こえないながらも、ロルブルーミアは全ての神経を耳に集中させて、どうにか声を拾った。


「推進派は上手くおびき出せましたので、今頃宝物庫に集まっていることでしょう」

「ええ、そうでしょうとも。それが計画の内とも知らずに。このまま上手く宝冠を傷つけられたなら、結婚式を強行することはできますまい」


 落ち着きの中にどこか熱っぽさを宿しながら、口に出された言葉。ロルブルーミアの額に汗が浮かんだ。なるべく息を詰めているせいか、胸が苦しい。

 他の音に紛れてしまいそうな音から、どうにか聞き出した会話から導き出されるもの。聞こえる言葉から、ロルブルーミアはおおよその全貌を理解する。


 反対派は結婚式の中止をもくろんで、宝冠を盗み出すことを計画した。ロルブルーミアの宝冠がなくなれば結婚式を開催できないのだから、それも当然だ。

 ここまでは、リファイアードから聞いた話と相違はない。


 しかし、反対派の計画はそれだけにとどまらなかった。

 宝冠を盗み出すことを計画すれば、推進派の妨害が待っていることは当然予想していたのだろう。だからこそ、彼らは推進派を組み込んだ計画を立てていた。


 実際に宝冠を盗み出せればよし。もしそれができないのなら、推進派によって宝冠へ傷をつけさせること。それが、反対派の計画だった。


 宝冠が傷つけば代替品もしくは修理が必要になることから、来月の結婚式は延期する必要がある。時間を稼げば中止のための材料も集められるし、延期でもいいから開催を阻止したい。

 くわえて、実際のことは置いておいても推進派が宝冠を傷つけた、という疑念さえ生まれれば、国王からの信頼を損なう可能性があるし、反対派も表面的には王のために戦った顔ができる。


 何もしなくても、結婚式は行われるのだ。だからこそ、実際に盗み出せるならそれでよし。そうでなくても、傷さえつけられればそれでいい。

 くわえて、結婚推進派と国王の信頼関係にひびを入れられるのだから、反対派からすればどこへ転んでも構わない計画と言えるだろう。


「アロマンズ公爵閣下がこちらに与してくれたおかげで、リファイアード殿下をおびき出すことができましたからな。公爵閣下も相応の褒美を取らせてくれるはずです」


 いささか声を大きくして告げられた言葉に、ロルブルーミアの心臓がドキリと鳴る。リファイアードの名前。おびき出すという言葉。どういうことかと思えば、アロマンズ公爵はどこか誇らしげに答える。


「国境に動きがあれば、すぐに対応しなければならないことは明白です。そうすれば、推進派のうちリファイアード殿下の部下を派遣することになる。結果、戦力を大きく減らすことができる。推進派には、もともとあまり武の立つ人間は多くありません。リファイアード殿下が急遽参加するのは、当然の流れでしょう」

「推進派のあなたが言えば、まさか偽の情報であると疑われもしますまい。国境警備の任を任されているのですからな」


 ディジリタ公爵がそう言って、二人は密やかに笑い声を立てた。

 リファイアードの言葉が頭をよぎる。「流浪の民による襲撃の可能性ありとのことで、軍部から一部が派遣されています」と言っていた。

 しかし、それは実際の情報ではなく、偽の知らせだったのだ。宝物庫を警備する推進派の人数を減らすために。


「元帥の容態が思わしくないのは偶然でしたが、おかげで他の工作をする必要がなくなりました。緊急招集は予想していませんでしたよ」

「これはアロマンズ公爵閣下に、神がほほえみかけたということ。ルカイド公爵閣下お抱えの剣士が戻ってきたのも、この上ない巡り合わせでした。やはり我らの行いは天の采配なのでしょうな」


 感じ入った口調で言ったディジリタ公爵に、アロマンズ公爵は追従めいた言葉で答える。さらにそこから、今回の働きに対する褒美についての話に移っていったようだ。

 ただ、今まで以上に声を潜めているせいか、楽団の音と周囲の喧騒にかき消されて、もう耳には届かなかった。


 ロルブルーミアは、汗ばんだ手をぎゅっと握った。注意深く深呼吸を繰り返すものの、上手く息ができる気がしなかった。たった今聞いた言葉、それが意味するもの。


 リファイアードたち推進派は、宝冠が盗み出されることを阻止するため宝物庫で反対派を待ち構えている。実行犯をとらえて、黒幕まで辿り着く予定だったはずだ。しかし、反対派はそれを見越して計画を立てていた。


 それぞれの派閥は一枚岩ではないと言っていた通り、推進派には反対派の人間が紛れ込んで、偽の情報を流していたのだ。もしかしたら、宝冠を盗み出すという計画さえわざと漏らされたものなのかもしれない。

 二人の結婚式の成功は、貴族の進退に関わる。自身の立場を有利にするためなら、裏切りも当然なのだ。


 今回の計画の真の目的は、推進派によって宝冠を傷つけさせることであり、その役目に選ばれたのがリファイアードだ。

 推進派の人数を減らし、手練れの剣士を襲撃に参加させたのは、リファイアードを今回の計画に引きずり出すためだろう。


 結婚式を挙げる花婿であり、国王への忠誠を誓っているリファイアードが、花嫁の宝冠を傷つけたとあれば。結婚への正当性や信頼性が揺らいで、結婚式に対する疑念はいっそう高まるだろう。

 もともと、国民の反対も根強いのだ。そんな中で、結婚の中心人物とも言える花婿が、反旗を翻すような行いをしたとなれば、結婚を白紙に戻すべきだという声が高まることは予想できる。

 そのまま中止に持ち込もうというもくろみなのだろう。そのためには、ただ宝冠を盗み出すのはなく、宝冠を推進派のリファイアードが傷つけることが重要だった。


 ロルブルーミアはたった今耳にした情報に思わず固まっていたけれど、はっと我に返る。

 そんなことをしている場合ではない、と気づいたのだ。耳飾りを外して、リファイアードへ連絡を取る。しかし、宝石は青く光っているものの、どんな反応もなかった。


 すでに事件は起きているのか。それとも、音話機に不具合が出ているのか。状況がわからず、焦りだけが募っていく。

 ロルブルーミアはしばらくの間、耳飾りに向かってリファイアードへ呼び掛け続けていたけれど、らちが明かないと判断する。


 もしかしたら、明かりが足りないのかもしれない。サロンの個室は雰囲気を高めるためにあまり明かりは強くない。

 思ったロルブルーミアは、足早にサロンを出る。

 明かりに満たされた通路で再度耳飾りを操作した。光が足りていない可能性にすがって、こうこうと照る魔灯石の下で耳飾りと向き合うものの、やはり反応はなかった。


 どくどく、と心臓が音を立てている。反対派の真の計画。まだ何も始まっていないならそれでいい。しかし、こうしている間に事態は進行しているかもしれないのだ。

 リファイアードは簡単に倒れることはないだろう。反対派を打ち負かすことだって、難しくはないのかもしれない。しかし、本来の目的は宝冠を盗み出すことではないのだ。宝冠に傷さえつけば、恐らくそれで事足りる。


 しかも、傷をつけるのは本当にリファイアードでなくたって構わないのだ。宝冠に傷がついて、リファイアードが剣を抜いた、という事実さえあれば、いくらでも疑念は作れる。

 事実かどうかは定かではなく、「もしかしたらそんなことがあったのかもしれない」と思わせればそれでいい。


 現時点で、十中八九反対派が望んだ事態に近いことはわかっている。盗難騒ぎが起こったなら、推進派は問答無用で剣を抜く。だからその前に知らせなくては、と思うのに耳飾りは青く光るだけで、どんな声も返さなかった。


 音話機の不具合なのか、すでに事件は起きてとても受け答えができない状況なのか。それとも、魔王の容態が思わしくなく、魔力が減退しているせいで上手く働かないのか。


 思い浮かぶ可能性に、ロルブルーミアは息を吐いた。熱い吐息だった。取り返しがつかないことが起きるのではないか、と思うと泣き出してしまいそうだった。

 声を出したら、涙がこぼれる気がしてロルブルーミアはぐっと唇を噛んだ。今の自分がすべきことは、ここで立ち尽くして泣き出すことではない。


 このまま待てば、いずれ答えはあるかもしれない。しかし、そんな猶予があるのかどうかは誰にもわからない。

 万が一、ここでただ待っている間に何かが起きてしまったら、と考えれば、すべきことなど一つだった。


 ――共犯者になってくれませんか。


 リファイアードは、射抜くようなまなざしで言ったのだ。

 炎のような赤い瞳に、確かな熱と意志を宿して。ロルブルーミアは戦うのだと、当たり前のように認めて。だからこそ、共に戦ってほしいと言って、ロルブルーミアはうなずいた。

 それなら答えは決まっている。


 ロルブルーミアは大きく深呼吸をすると、足を踏み出す。王族の個室が並ぶ三階へ続く階段ではなく、一階へ下りる階段へ向かった。


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