第62話 煌らかに幕は上がる
二人は、舞踏会の始まりを待っている。
ギヤ・シオン宮殿の大広間につながる小部屋は複数ある。王族や貴族など階級ごとに分かれており、それぞれ扉が開く瞬間を待っていた。
ロルブルーミアとリファイアードは、王族用の小部屋で待機している。
豪華絢爛な天井画や壁の装飾品で満たされた部屋は、どの部屋よりも豪奢だろう。ただ、扉が開くのを待つ王族たちも負けず劣らずのきらびやかさである。
先頭に立つのはオーレオン国王と王妃たち。その後ろに第一王子夫妻、第二王子とその婚約者と続く。
ロルブルーミアとリファイアードは、序列としては末席にあたるため最後尾だ。
参加者たちの装いが全て目に入る位置ということもあり、部屋の華麗さもあいまって目もくらむような光景である。
ただ、当然ロルブルーミアとリファイアードも、今日のために美しく着飾っている。
リファイアードが着用するのは、軍人としての正装にあたる儀礼用の軍服だ。
艶やかな光沢のある紺色を基調として、階級章や、肩から胸にかけてつけられた飾緒は銀色に光る。
袖口にも月桂樹の刺繍が施され、胸元にはリファイアードの功績をたたえる勲章が揺れていた。
ロルブルーミアは、リッシュグリーデンドから持参した濃い青を基調としたドレスを着用している。
鎖骨と肩が出ており、胸元には大粒の青玉を持つ首飾りが輝く。耳に揺れるのは、家族から贈られたいつもの耳飾りである。
雫型の天空石は空を思わせる澄んだ青。台座となった月光貝の螺鈿細工も確かなきらめきを宿しており、舞踏会に華やかな彩りを添えていた。
ドレスは加護がかけられたものであり、何もかもが最高級の品質で作り上げられている。
上半身には薔薇の刺繍が施され、腰から切り替える形のスカートはたっぷりの布を使って大きく膨らむ。
全体は、星空を思わせる細やかな水晶硝子が丁寧に縫い付けられて、動くたびにきらきらと輝く。
高く結い上げられた髪も、青玉の髪飾りでまとめられ、水晶硝子をちりばめている。可憐さの中に洗練した雰囲気を醸し出すドレスは、ロルブルーミアによく似合っていた。
他の王族たちの装いに負けず劣らずで、リッシュグリーデンドの豊かさを象徴するには充分だろう。それは魔王アドルムドラッツァールも保証している。
昨晩、眠る前に再度リッシュグリーデンドへ連絡を取った。
夕食会に端を発する情報漏洩への懸念を伝えたあと、容態が回復したというアドルムドラッツァールと言葉を交わすことができた。その時、舞踏会に臨むロルブルーミアの背中を押すように言ってくれたのだ。
「念のため、今日の流れを確認しましょう。もちろんロルブルーミア姫の頭にはすでに入っていると思いますが」
隣に立つリファイアードがそっとささやくように告げるので、ロルブルーミアはこくりとうなずく。二人とも流れは理解しているものの、何度確認しても問題はない。
舞踏会はまず、王族や貴族たちが階級ごとに入場し、大広間に一同が会するところから始まる。
国王による開会の挨拶のあと、最初に行われるのは第一王子夫妻によるワルツである。今回の舞踏会の開幕を告げるもので、華やかな曲が選ばれている。
その次は、今回の舞踏会が初舞台となる若者たちによる舞踏である。伝統的な曲に乗せて、初々しい姿が披露されるだろう。
その後は、楽団の演奏に合わせて好きに踊る時間になる。
ただ、必ずしも踊らなくてはならないわけではなく、別部屋に用意された食事を楽しむもよし、大広間につながるサロンで歓談を楽しむのもよし、宝物庫の宝物を見に行くのもよし、と自由に過ごすことが許されるのだ。
「最後から三つ目が、わたくしたちの出番ですわね」
「ええ。大々的なお披露目といったところでしょうか。有名な曲ですし、踊りやすいもので助かりました」
舞踏会では定番の演目ということで、二人とも慣れたワルツである。
来月には結婚を控える王子と皇女をお披露目するということで、奇をてらうのではなく正統派の曲を選んだのだろう。
二人を主役に据えたワルツが終われば、最後に全員参加の華やかな舞踏会となる。着飾った参加者たちが大広間のあちこちで踊る光景は、えも言われぬきらびやかさだろう。
二・三曲が予定されており、おのおのが今夜の舞踏会をめいっぱい楽しむのだ。
その後は、国王によって今日一番の一組が選ばれる。その一組が、最高の栄誉として一曲を披露したところで、舞踏会は閉会となる流れである。
「基本的に王族は、必要に応じて踊りを披露するだけです。個室で笑顔を振りまいているのが、主な仕事になります」
淡々と言うリファイアードの言葉に、ロルブルーミアはこくりとうなずく。
リッシュグリーデンドではあまり舞踏会といった催しはないものの、知識としては知っているしリファイアードからも詳しい話は聞いていた。
ギヤ・シオン離宮には、大広間を見下ろすよう設置された個室がある。
二階と三階にかけて作られており、王族たちは三階の個室を与えられている。ここから大広間で踊る様子を眺めているのが、王族たちの役目なのだ。
いくら重要な貴族たちが参加しているとはいえ、王族と貴族の間には明確な身分差がある。
貴族と混じって踊るのではなく、天上から下界を見下ろすがごとくの立場を求められているのだ。
それゆえ、求めに応じて大広間に降りて踊りを披露する、という形を取る。
貴族たちの交流といった意味で、まだ年若い王族や独身者が踊ることもあるものの、結婚を控えているロルブルーミアとリファイアードが踊りを求められることはないだろう。
最後のお披露目以外は、個室に座っていることが今夜の二人の仕事と言ってよかった。
だからこそ、ロルブルーミアの協力さえ得られれば、リファイアードは比較的自由に動くことができるのだ。
「個室からは会場がよく見えるはずです。全員の動きは逐一把握できると思いますので、よろしくお願いします」
身をかがめたリファイアードが、そっとささやきを落とす。言いたいことはわかっているから、ロルブルーミアは笑みを浮かべて答える。
「視力はいいんですのよ。任せてください」
ある程度のところで、リファイアードは個室からいなくなる。宝物庫へ向かわなくてはならないのだ。
宮殿を離れたリファイアードに、会場の様子を伝えるのはロルブルーミアの役目だ。
異変がないか、反対派に大きな動きはないか。そういったものを確認するのに、個室はうってつけだろう。高い位置から全てを見下ろすことができるので、動きを把握することができる。
必要な情報を伝えて、リファイアードが少しでも動きやすいよう助けになる。それが今夜の自分の役目だとわかっている。
二人の結婚式を無事に成功させるため、リファイアードが動こうとしていることは、充分に理解しているのだから。
「――宝冠をちゃんと守ってくださいね」
少しだけ伸びあがって、リファイアードの耳にそっと耳打ちする。
最後尾の二人へ視線を向ける者は誰もいないけれど。聞こえてしまわないよう、内緒話をするみたいにそう言った。
リファイアードは力強いまなざしを浮かべて「はい」とうなずいた。
近い距離で、二人の視線が交じり合う。強いまなざしには、確かな決意が奥底に光っている。
二人とも同じ気持ちでいるのだとわかっていた。
舞踏会を抜け出して、反対派と対峙する。本来であればしなくてもいいことで、王族としては許されないことなのかもしれない。それでも、こうすることを何一つ後悔なんてしていない。
もしも事が露見したら糾弾されるとしたって、共犯者になるのだと決めてしまったのだから。
臆することのない視線を交わし合っていると、高らかにラッパの音が響いた。扉が開く合図だ。
二人ははっとした表情を浮かべたあと、リファイアードが手を差し出した。ロルブルーミアは自分の手を重ねて、大広間の扉が開く瞬間を待っている。




