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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第5章 絢爛たる戦線

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第61話 炎抱く人よ


 それを理解するのと同時に、当然の疑問が頭をもたげる。舞踏会中に計画される事態に、舞踏会へ参加するリファイアードがどうやってくわわるのか。


「――そのために、ロルブルーミア姫に協力してほしいのです」


 ロルブルーミアの疑問を当然読み取って、リファイアードが言う。

 先ほどの伝令鳥の招集で事態を把握し、打ち合わせに赴き、リファイアードの参加は決定した。

 しかし、舞踏会は当然欠席できないうえ、途中でいなくなるのだ。ロルブルーミアを上手くごまかさなくてはならない。

 そのために一体どうしたらいいのか、何かいい考えが思いつかなければ、計画は机上の空論となる。その最適解を、リファイアードは導き出していた。


「ロルブルーミア姫が協力してくれれば、全ての問題は片付くでしょう。ごまかす必要はありませんし、それに――音話機というものがある」


 そう言って、机の上へ視線を向けた。

 舞踏会に参加しながら、計画を遂行する方法をリファイアードは考えていた。一体何があれば両立することは可能なのか。

 幸い、リファイアードの出番は最後の演目だけ。それならば、入場と最後のワルツ以外は会場を抜け出しても露見しない可能性はある。


 ただ、そのためにはロルブルーミアをごまかさなくてはならないし、何よりも舞踏会場の動きをどうにかして知る必要があった。

 一体いつ最後の演目が始まるのか、戻らなければいけない時間はいつなのか。

 演目は決まっているとはいえ、時間は流動的だ。厳格に決まっているわけではなく、前後の状況によって開始時刻は変わっていく。

 離れた場所にいるリファイアードは、どうにかしてそれを知らなくてはならなかったのだ。


 大々的に使いを走らせれば、周囲の人間に気づかれる恐れがある。

 誰にも知られず秘密裏に、舞踏会の様子を知ることができたなら――と考えれば、音話機の存在はまさしくその要望を叶えるものだ。


「これを持っていれば、会場内にいる誰かと話が通じる。帰ってこなくてはならない時間はもちろん、万が一戻らなくてはならない場合でもそれを伝えることができるはずです。違いますか」


 真剣なまなざしで問いかけられて、ロルブルーミアは「違いませんわ」と答える。

 確かにこの音話機があれば、双方で連絡を取ることができるのだ。リファイアードが望んだように、その場にいなくても会場内の動きを伝えてもらえば、様子を知ることは可能だ。


「こちらを貸していただけることが前提となりますが――その場合、ロルブルーミア姫が片割れを持っていてほしいのです。舞踏会の様子を俺に伝える役目です」


 それこそが「共犯者」という意味なのだと、ロルブルーミアは察した。

 結婚推進派の計画にくわわってほしいと、自分たちと同じ立場になってほしいと、訴えているからこその言葉だ。

 理解したロルブルーミアは、リファイアードに尋ねた。


「でも、どうしてわたくしなんですの。いえ、音話機が必要なことはわかります。ただ、これを持つのはわたくし以外の誰かでもいいでしょうし――それに、わざわざ協力者にしなくても、適当な作り話でごまかすこともできたでしょう?」


 リファイアードは恐らくずっと、水面下で動いていたのだろう。ロルブルーミアに何も言わず、ただ自分の仕事を続けてきた。

 その一環と考えれば、今回になって全てを打ち明ける必要はなかったはずだ。上手に嘘を吐いて、計画に関与させない選択肢だってあっただろう。


 計画を知る者は、極力少ない方がいいに決まっている。

 単に会場の様子を伝えるだけなら、もっと別の理由をつけたっていいのだ。軍の仕事があるから抜け出さなくてはいけない、なんて言われればロルブルーミアはきっとそのまま送り出した。

 帰れなくなっては困るから、いざという時のために音話機で状況を教えてほしい、と言われたなら「そういうものかしら」と思って教えたかもしれない。


 オーレオンのことでわからないものは多くある。七星舞踏会への出席だって当然初めてだ。

 何もわからない中で、リファイアードに言われれば判断材料も乏しいから、きっとうなずいただろう。そんな風にごまかしてしまうことだって、きっとできた。

 それなのに、リファイアードはそうしなかった。


 ロルブルーミアの疑問を、リファイアードは真っ直ぐ受け取った。真剣ななまざしをそそいで、淡々とした調子で答える。


「ロルブルーミア姫の持ち物で、大事なものでしょう。俺が借りることにはなりますが、片割れを持つなら本人が一番だということくらいわかります。簡単に、他人の手に渡すわけにはいかない。それに、あなたなら貴族の顔や名前も頭に入っているでしょうから、動きを把握して伝えるのに最適です」


 ロルブルーミアの能力や音話機を所有している観点から、今回の計画を持ち掛けたのだ、とリファイアードは言うけれど。

 これが建前にしかすぎないことは充分わかっているし、ロルブルーミアへの答えにもなっていないのだ。だって、それは適当な理由をつけなかったこととは直接関係がないのだから。

 ロルブルーミアは同じまなざしを返して、さらに問いを重ねた。


「それだけで計画に巻き込むとは思えませんわ。わたくし、特別な訓練を受けているわけではありませんのよ。礼儀作法や儀礼なら学んできましたけれど――単なる皇女でしかないんですのよ」


 ロルブルーミアの宝冠なのだから、関係者として知る権利はあるのかもしれない。

 しかし、実際の話として、ロルブルーミアはリファイアードのように腕が立つわけでもないし、計画を阻止するための特殊能力があるわけでもない。

 何も知らせず、適当な理由をつけて協力させた方がよっぽど簡単で確実だろう。


 だから、何か特別な理由があるのではないか、と尋ねたのだ。

 すると、リファイアードは数秒沈黙を流したあと、面白そうに笑った。そのままの声の調子で、リファイアードは言う。


「そうですね。あなたは一国の単なる皇女で――ええ、普通だったらたぶん、一国の皇女に何をさせるのか、と言う場面だと思うんですけど。そこじゃないんですよね、あなたは」

「ええ、だって、できることがあるならわたくしだって協力したいですもの。わたくしたちの結婚式ですし、共犯者くらい当然なりますわ。ただ、どうしてなのかしら、と疑問に思っているだけです」


 素直に答えると、リファイアードが笑った。おかしくてたまらないと、軽やかな笑い声を立てて。大きな口を開けて心底楽しそうに。

 その様子に目をまたたかせていると、ようやく笑い声を収めてリファイアードが言う。力強く、揺るぎない瞳を真っ直ぐ向けて。


「だからですよ。あなたはいつだって、戦うことを選べる人だ」


 赤い瞳に揺らめく炎を宿して、リファイアードは告げる。

 絶対の真実を握りしめる口調で、声の端々に確かな熱をほとばしらせて。燃え盛る炎そのものみたいな響きで、確固たる意志で。


「屈することなく立ち向かい、過去を乗り越えて今を勝ち取った。長年敵対していた国に家族から離れて嫁いできて、歩み寄ることを選ぶ。自分にできることをして、少しずつ関わりを結んで深めていく。何があっても、どんなことがあっても、大事なもののためなら何だってできる。あなたはずっと、あなたなりの方法で戦ってきた。そうでしょう?」


 自信に満ちた表情で言うリファイアードを、ロルブルーミアはただ見つめている。

 赤い瞳が輝いていて、まるで炎そのもののようだった。その目に映っているのは、今日までのロルブルーミアなのだと思った。


 暴力にさらされ蹂躙され、呪いと憎しみに染まってしまいそうになっても踏みとどまって、過去を乗り越えた。皇女の責務として、敵対していた国へ粛々と嫁いできた。

 自分の役目を知り、為すべきことを果たしていく。周りは決して味方ではなかった。それでも線を引いて距離を取るのではなく、踏み込んで相手を知ろうとしてきた。

 大事なもののためなら、迷う必要なんてない。守りたいものがあるなら、自分にできることがあるなら、持てる全てを使って力になろうとする。


 剣を手にする戦いではない。しかし、ロルブルーミアはいつだって自分の居場所で、懸命に戦ってきたのだと、リファイアードは言うのだ。


「ごまかす必要なんてないでしょう。包み隠さず計画を全て話したのは、簡単な理由です。俺は、戦おうとする意志を持つ相手なら信頼できると思ってるんですよ」


 絶対の真実を語るように告げられる言葉が、向けられるまなざしが、真っ直ぐロルブルーミアに届く。

 揺らめく赤い瞳。あざやかな炎が宿るような、鮮烈な赤に照らされる。

 心臓が高く鳴る。体が熱くなる。まるで、リファイアードの炎が燃え移ったみたいに。


 ロルブルーミアは、ぎゅっと拳を握った。リファイアードの言葉が真っ直ぐ届いて、胸が熱かった。

 紅潮した頬で、ロルブルーミアはリファイアードを見つめた。


 血潮のような、命そのもののような、みずみずしい輝きを宿す赤い瞳。

 燃え盛る炎のような、あざやかな赤い髪。つややかな夜を宿したような、黒々とした角。

 ああ、あなたはそう言ってくれるんだわ、と思っていた。


 ロルブルーミアは今までずっと、大事に大事にされてきた。かわいいルミアだと、幼くか弱い存在として、宝物のように守られてきた。

 それが嬉しかったし、心から大切にされてきたことを何一つ疑わない。だけれど、それでも。

 たった今リファイアードの言葉が真っ直ぐ届いて、ロルブルーミアはどうしようもなく理解する。


 大事にしてくれて嬉しかった。何一つ嫌だったことなんてない。守ってくれて、宝物みたいに扱ってくれて嬉しかった。

 思い出すだけでふわふわと胸が満たされるし、こんなにも愛されていたのだと日々実感していた。

 全てがきらきらと輝いていて、宝箱にしまっておきたいような愛しい記憶たちだと、心から言える。


 だけれど、だからこそ。

 ロルブルーミアを大切に思う家族は、危険なことには決して近づけさせない。傷つくことも苦しむこともないように、ロルブルーミアを脅かすものは全て取り除いてしまう。

 立ち向かう必要なんてないように。もう二度と傷一つつかないように。ロルブルーミアが涙をこぼさないよう、どんな小さな痛みすら味わわないよう、何もかもから遠ざける。

 戦う必要なんてないのだと言うだろう。全てはみんな自分たちが引き受けるから、かわいいルミアは、ただ幸せに笑っていてほしい。


 心からの願いは確かな愛情だとわかっている。嫌だと思ったこともないし、家族からの愛情の形だ。

 だから、ロルブルーミアはいつだってうなずいてきたし、決して無理をしたわけでもない。大好きな家族から向けられるものなら、みんな受け取りたかった。


 だけれど、それでも、燃え立つこの胸が答えだ。高鳴る心臓が、炎が灯った心が答えだ。

 大事に大事に守られてきた。心から嬉しいと思うのも間違いではない。それでも。


 わたくしはずっとずっと、自分の力で戦いたかった。戦わなくていいと遠ざけるのではなく、隣で一緒に戦いたかった。


 ロルブルーミアの家族は、痛みも苦しみも味わわせたくないと何もかもから遠ざけた。

 ロルブルーミアが傷つくことに、自分が傷つくより痛い顔をして、戦わなくていいと言う。それはみんな、愛情からの行為だとわかっているけれど。

 それでも、ロルブルーミアは戦いたかった。大事なもののために、できることなら何だってやりたかった。

 傷なんてついていい。血も涙も味わって、大事なもののために戦えるなら、それの方がいい。


 リファイアードはうなずくのだと、疑い一つなく思えた。

 だってリファイアードは、ロルブルーミアが今までずっと戦ってきたことを知っている。これから先だって、戦おうとするのだと当たり前のように思っている。

 大事に守られるだけではなく、自分の力で戦う人間だと何より強く信じているのだ。


 その信頼が、ロルブルーミアに全てを伝えることを選ばせたのだ。

 理解したロルブルーミアは、震えるような気持ちでリファイアードへ視線を向ける。計画の確認と参加への承諾を伝えるため、口を開いた。



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