第60話 赤く燃ゆる
耳飾りと手鏡での通信を簡単に試してみる。
別々の部屋で会話をしてみれば、雑音が混じることはなく、音は明瞭に聞こえてきてロルブルーミアは内心でほっとしていた。
恐らく、魔力供給が上手く行って容態は安定しているのだろう。魔王の魔力に乱れはない。「意識がある」という言葉も嘘ではなかったのだろうし、そこまでひどくはなかったのかもしれない。
確認できてよかった、と思いながら通信を終える。
すると、隣室から戻ってきたリファイアードが心から感心した調子で「リッシュグリーデンドには、俺の知らないものがたくさんあるんでしょうね」としみじみ言葉をこぼした。
部屋の中央に置かれたソファに、二人で並んで座る。
机の上に、ことりと並べた首飾りと耳飾りと手鏡。一見すれば単なる装飾品であり、身だしなみを整える道具にしか見えない。
しかし、実際は離れた場所でも会話を交わすことができる道具なのだ。
「これがあれば、ずいぶんと楽になることが多いでしょう。伝令鳥を飛ばす必要もありませんし、離れた場所でもお互いの位置を正確に把握できる」
机の上を見つめたリファイアードが頭に描いているのは、軍部での作戦内容だろうか。確かに、これを部隊に配備することができれば、劇的に戦況は変わるだろう。
「そうですわね。結婚式が無事に終わって、国交が盛んになればこういったものが流通していくかもしれません。まだ今は大量生産できていないのですけれど、いずれは叶いますわ」
オーレオン国王が欲しているのは、リッシュグリーデンドの技術力だ。進んでいるとは言えない国内に、新しい技術を持つ品物を流通させることは目的の一つだろう。
リッシュグリーデンドはそれに応えることができるし、経済的な発展にもつながるから願ったり叶ったりだ。
二つの国が同盟を結び、相互に発展していくこと。その象徴が、二か国の王子と皇女を婚姻させることに他ならない。
長年いがみあってきた歴史を乗り越えて、友好を結び交じり合っていくことを選んだのだ。
魔王の魔力減退を乗り越え、戦争を避けること。その先には、リッシュグリーデンドのさらなる発展があるはずだ。
これから先、お互いの国のものが行き来していく未来もあるだろう。象徴として、架け橋として、その手助けをしていくことが自分たちの務めであると、二人はよく知っている。
「そのためにも、舞踏会と結婚式をきちんと成功させなくてはいけませんわね」
念押しをするように、ロルブルーミアは言った。
この結婚を無事に成し遂げることは、二人にとって共通の目的だ。父親が望んでいるもの、手にしたい未来はこの道の先にあるのだから、絶対に叶えたい出来事だ。
リファイアードは「そうですね」とうなずくはずだった。何度も確かめてきたことだから、突然聞く話でもない。
しかし、先ほどから何だか歯切れが悪いことはロルブルーミアも気づいている。
だからこそ、あらためて問い直した。恐らく単純な肯定は返ってこないと予想して。
案の定、隣に座るリファイアードは、難しい顔で考えこんでいた。
この表情は、たびたび見かけている。特に王宮へ来てから何度か目にしているものだ。
恐らく気がかりがあるのだろう、ということは予想がつく。舞踏会や結婚式にまつわる類のものである、という可能性は浮かんでいた。
ただ、一体どんな内容なのかはわからない。ロルブルーミアは、ただじっとリファイアードを見つめる。
すると、リファイアードは机の上に視線を向けた。
首飾りと耳飾り、それから手鏡を順繰りに見やってから、今度はロルブルーミアをじっと見つめた。鋭く強いまなざしは、まるで射抜くようだった。
しかし、怯む必要がないことは知っていた。これは、わたくしを傷つけるものではないわ、とわかっていたのだ。
だからロルブルーミアは凛として、リファイアードを見つめ返す。炎のような赤い瞳。確かな熱と意志を宿している。
リファイアードは、真っ直ぐそそがれる視線を受け止める。
それから大きく深呼吸をすると、静かに言った。揺るぎのない力強さで、誓いを懸ける高潔さで。
「――共犯者になってくれませんか」
告げられた言葉は、まったくの予想外だった。思わず大きく目を瞬かせたのも当然だろう。
ただ、リファイアードのことだ。何か意味があるはずだ、とロルブルーミアは思う。
だから静かに、一体どういう意味なのかと問い返した。
リファイアードは「ロルブルーミア姫の疑問ももっともです」と言ってから、落ち着いた様子で説明を始めた。ロルブルーミアもよく知っている、オーレオン国内の貴族間対立だ。
オーレオンの貴族は、結婚反対派と推進派に分かれている。中立派も存在はするものの、基本的には二分されており、中でも最大勢力は結婚反対派である。
ただ、結婚推進派には有力貴族がそろっていることと、国王自身が結婚を推進していることから、数は少なくとも一定の影響力を有していた。
「最近、反対派の活動が活発になっています。この辺りは逐一監視させて、屋敷まで伝令鳥を飛ばすよう指示していたので、俺も動向は把握していました」
屋敷にしょっちゅう伝令鳥が行き来していることは知っていた。軍部の仕事も当然あったものの、反対派の動きを探るものでもあったらしい。
リファイアードは、得られた情報と現在の状況を淡々と並べていく。
推進派の指揮を取るのは、要職を歴任してきたことから国政に強い影響力を持つスタルジア公爵だ。
彼の指揮下で推進派は動き、反対派の活動を牽制したり阻止したりと動いていた。
輿入れの妨害や、誹謗中傷や醜聞を載せることを画策した新聞記事、リファイアードの屋敷への襲撃計画。
一つ一つに対処したことにくわえ、ロルブルーミアたちが積極的に慈善活動を行ったこともあり、反対派の企てはことごとく失敗した。
結果として、来月には結婚式が開催される運びとなったのだ。
このまま、ロルブルーミアとリファイアードの結婚が成立すれば魔族の娘を王族に迎えなくてはならない。
それだけは阻止したい反対派は、よりいっそう強い実力行使で結婚式を中止しようと企んでいる、という情報を推進派は入手したのだ。
「反対派が宝冠を狙っているというのは、前もお話しした通りです。ロルブルーミア姫のための宝冠がなければ、結婚式は成立しませんから」
教皇から、世界で唯一の宝冠を戴いて、初めてロルブルーミアは王族の一員となる。
だから、その宝冠が存在しなければ結婚式を開催することもできないし、王族として迎えることも不可能だ、という理屈である。
それを阻止するための対策が宝物庫の警備であることは、ロルブルーミアもすでに聞いている。
けがをして屋敷に帰ってきた理由も、それに端を発しているのだ。
侵入者の中にいた手練れの剣士との一騎打ちで、リファイアードはけがを負って魔力欠乏症に陥っていた。
「反対派の焦りは相当なものでしょう。なりふり構っていられなくなっているのは、計画の荒さからも推察できます。だからこそ、明日の舞踏会でも大々的に何かを仕掛けてくる可能性は考えられました。情報を探ると、案の定です。明日の七星舞踏会で、反対派は宝物庫を再び襲撃するつもりだとわかりました」
剣呑な光を宿した目で、リファイアードは言う。
誤った情報かもしれないし、絶対に正しいとは言い切れない。それでも、推進派はほとんど確信していた。
結婚式開催まで残り時間は少ない。くわえて、七星舞踏会の日は、王宮へ出入りする人数が多くなる。普段より警備が増えるとしても、不特定多数の人間を紛れ込ませるには絶好の機会と言える。
それに、宝物庫が公開されるとなれば、建物へ近づくことも容易だ。普段の日だったなら、宝物庫の周りに人がいるだけでも騒ぎになる。
しかし、公開日であれば誰かが近くにいても自然なことと受け取られる。事を起こすには、好都合な状況である。
だからこそ、七星舞踏会の日に宝冠を盗み出す計画は、実行性が高いと判断された。
計画は単純で、見張りの衛兵を全て倒して宝冠を奪い取るというものだ。舞踏会の日であれば、あまり大きな事件にもし辛いことも考慮されているのだろう。
速やかに宝物庫を襲撃して立ち去ることが、反対派の計画である。もちろん、推進派も手をこまねいて見ているわけもない。
実行犯を事前に捕まえられれば穏当、そうでなくとも宝物庫にて敵を迎え撃つ手はずになっている。
「――そういうわけで、この機会を利用して反対派を一網打尽にするのが俺たちの計画です」
宝冠の強奪を阻止するのは当然だ。くわえて、反対派を一掃することを目的にしていた。
衛兵の中にも、密かに反対派に共感している者がいないとも限らない。来月に迫った結婚式のために、不穏分子はできる限り取り除きたい。
反対派に与する意志があるものをあぶりだし、この計画に携わった人間全てを捕まえ、大本まで締め上げれば結婚式を憂いなく行うことができる。
そう考えて、結婚推進派は宝物庫襲撃計画の阻止とともに反対派を捕まえる計画を立て、密かに実行を待っていた。それが現在の状況である。
説明された内容に、ロルブルーミアは「わかりましたわ」とうなずくけれど。果たして、自分が出てくる余地はどこにあるのだろうか、と思う。
リファイアードも当然それはわかっているのだろう。
それまでの淡々とした表情から、難しい顔になると重々しく口を開く。
「ただ、予想外の出来事がいくつか起こりました。そもそも、俺はこの計画の頭数には入っていなかったんですよ。七星舞踏会に参加するんですから、舞踏会中に起こる事件に対応できるわけがない。そのはずでした」
しかし、そうも言っていられない事態が起きたのだ。だからこそ、ロルブルーミアに話を持ちかけた。
「まず、国境の方で流浪の民による襲撃の可能性ありとのことで、軍部から一部が派遣されています。ここに、俺の部下数人が含まれます。国境警備に長けた者なので、派遣要請自体は正しいですし本来の任務ですから断るという選択肢はありません。くわえて、元帥の容態が思わしくなく、明日緊急会議が開催されるそうです。推進派にはそれなりの地位の方もいますし、元帥の世話になっている人もいます。無視することはできませんが、これが舞踏会中の時間に重なっています」
結婚推進派の中から、一人また一人と離脱者が出ていく。
もともと少数精鋭であり人数がそう多くはないのだ。その中で剣をふるえる者といえば、さらに少なくなる。
阻止計画は実力行使の場面であり、人数の少なさは純粋に戦力の不足を意味する。
「極め付きは、先ほどの伝令鳥です。反対派貴族には手練れの剣士がいると言いましたね。彼は非常に戦いを好む性質で、剣を交えた推進派の多くが命を落としています。だからこそ、事前に彼だけでも捕まえられれば戦力をそぎ落とすことができる。それを狙って確保に動いていたのですが――失敗したとの連絡がありました。もちろん当日まで捜索は続けますが、人員を割く余裕はほとんどないと先ほどの打ち合わせで告げられています。恐らく彼は、明日の計画に参加するでしょう」
推進派の人数が欠けて心もとなくなっている状況で、反対派には強力な剣士の参加が確定した形だ。
圧倒的な戦力の差は歴然で、この状態で対峙すれば簡単に宝冠は盗まれるだろうし、推進派にも大きな被害が出る可能性が高い。
かといって、何もしないままではみすみす宝冠が盗み出されるだけで、あまりにも推進派にとって不利な状態だ。
一体この状況にどう対応するつもりなのか、と思っているとリファイアードが口を開いた。真っ直ぐロルブルーミアを見つめて、真剣なまなざしで。
「だから、俺が出ます」
戦力が足りないなら、補えるだけの戦力を追加すればいい。強力な剣士が現れたなら、同じように腕の立つ剣士を用意すればいい。
単純な話であり、リファイアードにはそれほどの実力がある。
事実、手練れの剣士と相まみえて傷は負っても、致命傷は避けている。他の推進派には命を落とした者が多数いるにもかかわらず。
唯一互角に戦うことができるのがリファイアードであることは、推進派の総意だった。
リファイアードは、何度も最前線を潜り抜けて、勝利をもぎ取ってきたのだ。
どんな絶体絶命の状態も切り抜けて、生きて返ってきた。その実力は、これまで打ち立てた功績が何よりも証明している。
だからこれは、当然の結論だった。
推進派の中でも充分な戦力と言えるリファイアードが計画に参加すれば、成功率はぐっと上がる。反対派の計画を阻止して、推進派の望む結果を得られる可能性も高くなるだろう。




