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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第5章 絢爛たる戦線

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第57話 願う声①


 リファイアードがいなくなり、部屋にはロルブルーミアが一人で取り残される。大きく息を吐き出してソファに身を沈めた。


 今朝、王宮を訪れてからはずっと緊張し通しだった。

 国王との謁見もそうだし、王宮内の敷地では気を抜くこともできない。さらに、離宮では想定外に国王と教皇と相対することになり、極め付きは王族たちとの夕食会である。

 最終的には和やかに進んだものの、シャンヴレットの言葉では現実を突きつけられた。


 これまでのことを思い起こしたロルブルーミアは、はっとした表情で立ち上がる。思わずソファに座ってしまったけれど、休んでいる場合ではないのだ。

 隣の部屋へ向かい、鏡台の前に置かれた宝石箱を開く。中から取り出したのは、音話機の首飾りだ。

 耳飾りは身に着けているし、手鏡は常に携帯している。首飾りもお守りとして、何かがあった時のことを考えて、念のため持ってきていた。


 誘拐事件自体は隠していない。救出のため大々的に動いたことと、使用した魔力の量が膨大で痕跡を全て消し去ることは不可能だったからだ。

 さらに、口に戸を立てることは難しい。国中のあちこちで噂が流れたこともあり、誘拐事件の存在は明るみになっている。

 だから、ある程度の諜報を行えば、誘拐事件について知ることは難しくない。


 しかし、シャンヴレットは詳細を知っていた。

 ロルブルーミアがあの廃墟でどんな目に遭ったのか。母親がロルブルーミアをかばって命を落としたことまで知っていたのだ。

 当時の様子は犯人たちが脅しの材料に使うため、記録水晶に残されているので、知ること自体は不可能ではない。ただ、易々と外へ漏れるような情報ではない。


 一体どこから、シャンヴレットが情報を入手したのか。どう考えても、リッシュグリーデンドへつながる線がなくては成り立たないのだ。

 国にいる家族たちにこの件を伝えて、注意を促さなくてはならない、とロルブルーミアは判断した。

 誰かを疑いたくはないけれど、リッシュグリーデンド全てが一丸となっているわけではないのだから、どこかにほころびがあるはずなのだ。


 そう思いながら、ロルブルーミアは慣れた仕草で首飾りを起動させて、魔王城ヘ連絡を取る。

 しかし、どこか調子がおかしいようでなかなかつながらない。今までこんなことはなかった。

 居ても立っても居られない気持ちに突き動かされるように、思わず立ち上がって、首飾りを持ったままうろうろと歩き回る。


 焦燥感を抱きながら、祈るように音話機を見つめていた。

 現実的に国にいる家族へ注意をする必要があったし、シャンヴレットの情報入手経路についての手がかりも知りたかった。しかし、それよりも恐らく、とロルブルーミアは自覚している。


 ――ただ、お父さまたちの声が聞きたいの。


 だってここは、あらためて敵の渦中だと思い知ったのだ。

 もとより覚悟はしていたつもりだった。しかし、ここには味方はほとんどいないのだという現実を突きつけられた。


 声高に反対を表明したシャンヴレットは当然として、他の王子や王女、王妃たちとてロルブルーミアの肩を持つわけではない。

 はっきりとした否定を表に出さないだけで、内心ではリッシュグリーデンドの皇女を快く思ってはいないだろう。国の利益を尊重するという目的がなければ、同じ席に着くことも厭っていたに違いない。


 利害が一致していれば充分だと、ロルブルーミアは思っているしそれが国同士の婚姻だ。理解していたし、納得していたはずだ。

 それでも、あらためて味方のいない場所で生きていかねばならないのだ、という事実の重さを感じていた。


 シャンヴレットの言葉に同調はしなくても、明確な否定を返さないのは、あの場における肯定に近いのだ。それはオーレオン国王も同じである。国王はシャンヴレットに対して場をわきまえるように言ったものの、ロルブルーミアへの言葉を咎めることはなかった。発した内容に対しては、何一つ言及しなかったのだ。決して穏当とは言えない内容で、愚弄しているととられてもおかしくはないことくらい、国王がわからないはずがないのに。直接死を望む言葉を口にしなかったからなのか、決定的な侮蔑は慎重に避けていたからなのか。そうだとしても、同盟国の皇女に対して無礼な言葉であるとか、この場で口にするべき内容ではないだとか、そういったことは決して言わなかった。


 言い返したのは唯一リファイアードだけだった。それ以外の誰も、シャンヴレットを咎めなかったし非難もしなかった。それは現時点における、一つの答えだった。


 オーレオンにおけるロルブルーミアの味方は、ほとんどいないと言っていい。今はまだ、オーレオンに対して利益をもたらすと目されているから、あからさまに対立することはない。しかし、何か不利益でも与えたら、瞬く間に周囲は敵に変わるだろう。


 失敗してはならない。弱みを見せてはならない。綱渡りを行うように、薄氷を踏んでいくように、オーレオンでの日々を過ごさねばならない。今までの歴史から見ても、一度嫁いだところで不信を持たれれば敵として認定される。拷問の末死んだというサジェドア王女の話なら、ロルブルーミアとて知っている。いわんや、ましてまだ正式に王族の一員となっていないロルブルーミアなら、もっと危うい立場だろう。


 まずは、リファイアードの伴侶としての立ち位置を確保しなくてはならない。これは何を置いても急務なのだ。だからこそ、明日の舞踏会から来月の結婚式までは、全身全霊を持って臨まなければならない。


 オーレオン王子の伴侶であり、王族の一員としての足掛かりを作っていくのがロルブルーミアの仕事である。これから先、魔王の力の減退によって国力が衰えていくことは確実だ。今後のリッシュグリーデンドを維持していくため、平和な国を守っていくため。ロルブルーミアは、この国で為すべきことを果たすのだ。


 敵だらけの場所だとしても、上手くやっていかなくてはならない。そのための情報を伝えるという意味でも、自分を奮い立たせるという意味でも、魔王城と連絡が取りたかった。しかし、どうにも音話機の調子がよくない。今までにこんなことはなかった。場所が悪いのか、何か別の理由があるのか。ひとまず、光が足りていない可能性を考えて、隣室へ戻る。大きな窓があり、月明りがよく入るので安定するかもしれない、と思ったのだ。


 窓に向かって首飾りをかざして、しばらくの間待つ。すると、雑音に混じりながら声が流れ出した。ようやくつながったことにほっとするものの、上手く音が聞き取れない。こんな風に雑音が入ることも、今まではなかったのに。


「――誰かいますの?」


 果たしてこちらの声はちゃんと聞こえているのかしら、と思いながら声を発する。しかし、予想通り答えが返ってくることはない。あちらでも、こちらの音はちゃんと聞こえていないのかもしれない。もう一度、今度はさっきよりも大きな声で呼びかける。すると、首飾りから声が聞こえてくるようだった。雑音が入るものの、耳をそばだてる。


「――立ち入りを……――近づけるな――……」


 聞こえてきた声に、ロルブルーミアは眉をひそめる。よくは聞こえなくても、不穏な気配を感じる言葉だったからだ。何が起こっているのか、とさらに耳を澄ませる。すると、鋭い声が飛び込んできた。


「――お父さまが倒れたなんて、知られるわけにはいかない……!」


 悲鳴のような声は、雑音混じりでもしかと届いた。ロルブルーミアの顔色がざっと変わる。お父さまが倒れた? 不穏な気配の理由を察して、ロルブルーミアは首飾りに向かって叫んだ。


「ルーゼお兄さま! お父さまの容態は!?」


 聞こえてきた声から、近くにいるのが吸血鬼にして第四皇子のルーゼットリンクであることはわかった。ロルブルーミアのすぐ上の兄として、植物を育てることを共に趣味として、一緒に過ごすことが多かった相手だ。兄や姉の声を間違えることはないけれど、中でもルーゼットリンクの声なら、たとえ雑音混じりでもわからないはずがなかった。


「ルミア!? ちょっと待って、どうして……」

「ルーゼお兄さま、先生はなんとおっしゃっているのですか。お父さまの様子は……」


 切羽詰まった調子で尋ねると、ルーゼットリンクはしばらくの沈黙を流した。音は未だに不明瞭ではあるものの、少しずつ雑音は遠のいているようだった。


「大丈夫だよ。ちゃんと意識はあるし、少しめまいがしただけなんだ。フェノッテンリシュー卿も、問題はないって言ってる。ほら、お父さまは体が大きいからね。ちょっとしたことが、大きな騒動になっちゃうだけなんだ」


 明るい声だった。軽やかな冗談でも口にするような、ささやかな雑談を話しているだけのような。そんな響きをしているけれど、ロルブルーミアは気づいている。これはルーゼお兄さまが、明るくいようとしてくれているからだわ。


 最初に聞こえてきた声は、厳しい響きをしていた。本当に何でもないなら、あんな声はしないはずだ。ルーゼットリンクが詳細を隠そうとして、こんな風に明るく答えた。だからきっと、このまま見ないふりをすればいいのだと、頭ではわかっていた。それでも。


「お願いです、ルーゼお兄さま。本当のことをお話しになって。お父さまの容態が思わしくないのではありませんか」


 懇願の響きで訴えると、ルーゼットリンクが逡巡のような沈黙を流した。ロルブルーミアが心から訴えていることが伝わったからだろう。ルーゼットリンクをはじめとして、兄や姉たちはロルブルーミアの願いをむげにすることを好まない。もう一押しすれば、話をしてくれるかもしれない、とさらに言葉を続けた。


「今夜は音話機の調子がよくありませんの。お父さまの魔力が乱れることで、リッシュグリーデンドの国全体の魔力が減退して、影響が出ているのではありませんか」


 もっと別の理由も当然考えられる。しかし、ロルブルーミアが持っているのは、リッシュグリーデンドの魔力――魔王の力を閉じ込めたものなのだ。倒れるほどの容態なら、魔力が著しく失われたのかもしれない。大きく減退することで、何らかの影響が出ているという可能性を考えることはできた。


「お父さまの容態を、どうか教えてくださいませ」


 ロルブルーミアにできることがあるわけではないけれど、それでもきちんと知りたかった。父親や家族が苦しんでいる時に、自分だけ能天気に過ごしてなんかいたくなかったのだ。ルーゼットリンクも、ロルブルーミアの気持ちは充分わかっているはずだった。しばらくの沈黙のあと、ルーゼットリンクの声が流れ出す。


「――大丈夫だよ。本当に。意識だってあるし、受け答えもはっきりしてる。……ただ、魔力が著しく減退したのも事実だ。それが音話機に影響したんだと思う」


 淡々とした調子で、ルーゼットリンクは答えた。アドルムドラッツァールが倒れたのは、急激な魔力の減退によるものだろうという、主治医であるフェノッテンリシューの言葉も教えてくれた。



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