第54話 散る火
「ええ、まったくその通りです。これも全ては、国王陛下の采配によるもの。新しく王族の一員となるロルブルーミア皇女と、こうして共に時間を過ごせることを感謝しましょう」
厳かな声で言ったのは、聖徒貴族の内の一つ、ロワーシュ家のルノンデニア妃だった。第一王女グレイナディアの母親である。
今回の夕食会が国王の発案であることは全員知っているし、目的がロルブルーミアとの顔合わせであることも周知の事実だ。
「ええ、そうですわね。こんなにかわいらしい方だとは思っておりませんでしたもの。やはり、きちんとお会いするのは大切ですわ」
おっとりとした声で答えたのは、四大貴族の内の一つ、フロローゼラ家のエストリーフェ妃である。
第一王子アルベルサージュと第三王子シャンヴレットの母親で、のんびりとした空気を醸し出しているように見える。しかし、瞳はどこか冷ややかだ。
「ええ、本当に。事前の噂などあてにはなりませんわ。こんなにしっかりしたお嬢さんであれば、何も心配はありませんわね」
そう言って、華やかな笑みを浮かべるのはネジェミネ公爵家のセレセヴィラ妃だ。
第二王子のフジェールウスと第二王女のラフレーヌの母親であり、絢爛な雰囲気がある。その場にいるだけで人を惹きつけるようだ。
三人の王妃は、表面上はなごやかだけれど、品定めするようなまなざしを向けている。しかし、ロルブルーミアは何食わぬ顔で受け止める。
この場所がどんな意味を持っているかは、当然わかっている。
言葉通りの歓迎の場だなんて、誰も思っていないだろう。ここは、リッシュグリーデンドからやって来た魔族の皇女を、品評するための場なのだ。
歩き方、声の発し方、口にする言葉の選び方。指先の仕草、視線の行方、表情の使い方。料理に関する儀礼から、王族と接する際の典礼に、蓄えた知識や即した振る舞いを表に出す方法。
指先から爪の先、呼吸一つに至るまで全てが評価の対象であることくらい、ロルブルーミアは理解していた。王族との食事とはつまりそういうことなのだ。
いくら気安い会話を交わしても、和やかな空気を作り上げても、内輪向けの集まりだと言ったとしても。今ここで国を背負っているという事実は変わらない。
真の意味での家族との団らんであれば話は違うだろう。しかし、ロルブルーミアはあくまでも招待客であり、まだ王族の一員ですらないのだから、当然の対応と言えた。
「もったいないお言葉をいただいて、大変光栄ですわ」
にっこり笑みを浮かべて、ロルブルーミアは答える。
ここに至るまで、大きな粗相はしていない。リッシュグリーデンドという閉ざされた国からやって来た魔族の皇女ということで、どんなに野蛮なのか、礼儀に欠けた振る舞いをするのか、と思われていたことは予想がつく。
しかし、ロルブルーミアはリッシュグリーデンドであらゆる礼儀作法を身に着けている。オーレオンへの輿入れが決まって以降も研鑽を欠かさなかった。
だから、完璧な礼儀作法を披露できた自信はあったし、実際及第点だったのだろう。少なくとも、わかりやすい嫌味や助言という名のよけいな一言を付け加えられない程度には。
「ええ、本当に――リッシュグリーデンドの皇女ということで、どんな方かと思いましたが……お似合いの相手ではないですか、リファイアード殿下」
王妃とロルブルーミアの会話が一段落したところで、そう声を掛けたのは第三王子シャンヴレットだった。
リファイアードは今日の主役がロルブルーミアであることを理解して、裏方に徹していた。ロルブルーミアを招待するための便宜が自分なのだとわかっていたのだ。
礼儀を欠かすことなく、丁寧に食事を取るものの自分から話題を振ることもない。いくら序列がないという建前があっても、二十六番目の王子という存在は、王位継承権が上位の王族にとっては、存在していないものと同じである。
くわえて、魔族という属性もあってなかったことにされるのが常だったのだろう。夕食会でも、そういう姿勢を取っていた。ただ、水を向けられれば話は別である。
「――むしろ、私には過ぎた相手だと思っております。巡り合わせの結果ですが、大変な名誉であり幸運なことです」
微笑を浮かべて、リファイアードは答える。
ロルブルーミアとの婚約は、ひとえにリファイアードが魔族だからだ。もしも単なる人間であれば、二十六番目の王子に婚約の話など持ち上がることはなかっただろう。だからこそ幸運だと答えるのだ。
しかし、リッシュグリーデンドの皇女との結婚は、誰もがもろ手を挙げて喜ぶようなものではない。魔族の王子に白羽の矢が立ったのは、相手方に納得させるためという意味もある。
ただ、オーレオン王族の中では体のいい生贄であり犠牲である、との見方が優勢だったのだ。
しかし、そんな結婚を心から喜んでいるのだと、リファイアードは告げる。
婚約者であるロルブルーミアや、今回の件を主導した国王の前で口にする言葉としては、この上もないほど正しい答えだろう。
ただ、決して全てが嘘ではないはずだと、ロルブルーミアは思っている。
その空気をシャンヴレットは感じ取ったのかもしれない。
おためごかしや、上辺だけの取り繕ったものでなく、心からこの結婚を幸いと思っているのだと理解したからかもしれない。
シャンヴレットは笑顔を浮かべて「なるほど」とうなずいてから続ける。唇は弧を描いてほほえみながら、瞳には鋭い光をひらめかせて。
「国民の間でも、来月に迫ったお二人の結婚で話は持ちきりですよ。どこもかしこも、顔を合わせれば結婚の話題ばかりです――魔族の王子と皇女の結婚は一体何が起きるのかと」
冷たい光を宿した目を細めて、シャンヴレットは言う。
首都や地方の領地で見聞きしたものは、国民たちの話題になっているのは、二人の結婚によって災いが訪れるのではないかという恐れだ。
決して祝福ではない。眉をひそめて暗い表情で、どんな恐ろしいことが起きるのかと言い交わしているという。
「王子である私に、直接心配を訴えかける者もおります。特に幼い子供たちは、物語に出てくる魔族に連なるのではないか、と怯えの色を濃くしているようですね」
シャンヴレットは淡々とした口調で、国民たちの間に広がっているという噂話を語っていく。
魔族の王子は魔族の皇女と結託して、国を乗っ取るつもりだ。人間を滅ぼして、魔族の国を作るための第一歩なのだ。結婚したが最後、内側から国を滅ぼすに違いない。
皇女を手引きとして、大量の魔族を送り込むつもりなのだ。この結婚は、災いの前兆に決まっている。国の滅亡を招くのだと予言された結婚に違いない。
よどみなく並べられる内容は、ロルブルーミアにも覚えがある。
新聞の記事で、連れ去られた物置小屋で、離宮の庭で、魔族の排除を訴えていた声を知っている。
結婚に対する不安は事実として存在しているのだろうし、それも当然だ。
二か国は長い間対立し、幾度となく戦争を繰り返してきた。これまでの経緯を考えれば、誰もが歓迎しているはずがないのだから。
「ああ、もちろん、《《たとえ魔族であることが事実あろうとも》》王子であることは違いないのだから、と伝えてはおりますが」
おおげさな身振りで、リファイアードへの疑念を払拭しているのだ、といった様子で言うけれど。
リファイアードが魔族であるという事実をことさら強調しての言葉であることは、口調から伝わってくる。
「魔族の王子であることは、間違いありません。それゆえ、国民の間に不安が広がっているようです。よもや無視することはできませんから、こうしてお伝えしたまでです」
はきはきとした口調で、爽やかとも言える笑顔を浮かべているけれど、声の端々からは燃えたぎるような熱が見え隠れしていた。
声を荒げるわけでもなければ暴力に訴えるわけでもない。それでも、二人の結婚に疑問を投げかけていることは明白だった。
「そうね。国民の不安を無視することはできないし、遺恨があることも事実でしょう。だけれど、結婚の意義くらいわかっているのではなくて?」
落ち着いた口調で言ったのは、第一王女のグレイナディアだった。きりりとしたまなざしを向けて、強い口調で続ける。
「二国間の歴史をここから新しく刻んでいくための婚姻だわ。平和に向かって踏み出す新しい一歩となるのよ。これまでの歴史を塗り替えていくという決意を示すのだから、今までと同じものを引きずっていては意味がないわ」
「大きな変化に戸惑うのは当然だとは思います。その意味で国民に寄り添う必要はありますが、この婚姻により新しい未来が開けるのですから。それを伝えていくことも、私たちの役目でしょう」
グレイナディアに続いて、第一王子のアルベルサージュも言葉を添える。
この結婚は二国間の合意のもとで成立しており、今後を見据えての決断なのだ。たとえ国民の間に不安が広がろうとも、簡単に覆せるものではない、とやんわりといさめるような言葉だった。
「まあ、実際リッシュグリーデンドと争うより、同盟を結んだ方が得ってことだろ。こっちとあっちで、欲しいものがお互い合致してれば、敵だって手は組む。利害は一致してるんだからな」
第二王子のフジェールウスも淡々と続いた。あけっぴろげな言葉は、現実的な話である。
長い間の遺恨を乗り越えて、同盟としての婚姻を結ぼうとしているのは、つまるところお互いに利益があるからだ。何も慈善事業で結婚を果たすわけではない。
オーレオンはリッシュグリーデンドの技術力が欲しかったし、リッシュグリーデンドは国力の衰退を避けるためだ。
詳細は語らずとも、双方の利害が一致したゆえの結論であることは、当然誰もが理解していた。
王族同士の婚姻である。同盟強化のための手段であり、関係性を結ぶことが主目的で個人の幸福は二の次だ。それは他の王族も同じで、個人の感情は重大ではない。
たとえ長い間の遺恨を持つ相手だろうと、魔族に対する忌避感を持っていようと、この結婚を受け入れるのは国のためだと言外に伝えている。
心からロルブルーミアを歓迎しているわけではないし、この結婚を素直に祝福しているわけではないのだ。肯定的な意見も、本心からのものではない。
もしも国という体面がなければ、誰も二人の結婚を祝うことはないだろう。あくまでも国の利益のためだけに、この結婚は意味があるのだから。
「――ですが、国民のみなさまの気持ちは無視できないはずだわ。不安がっているのも事実ですし、決して少なくはない声ですもの。結婚式に対する恐れや憂いが日々大きくなっていることは、私も感じています」
鈴の音を転がすような声で言ったのは、第二王女のラフレーヌだった。大きな目でじっと辺りを見渡して、深呼吸をしてから続ける。
「何かよくないことが起きるのではないかと、相談されることも増えましたわ。おめでたいことなのですから、と申し上げていますけれど……。みな不安に思っているのです。みなさまもそうではありませんか」
ラフレーヌの言葉に、思い当たることはあったのだろう。
アルベルサージュが「確かにそうだね」とうなずき、グレイナディアも「教会を訪れる人が増えたわ」と続く。フジェールウスも「魔除けがよく売れてるって言ってたな」とつぶやいた。
間違いない肯定の言葉に、シャンヴレットが反応する。
それまではほとんど無表情だった顔に、じわじわ笑みを広げていた。我が意を得たりと言わんばかりの表情で口を開く。
「ええ、そうでしょう。そうでしょうとも! 魔族の王子である時点で、忌避の気持ちを抱く国民が多いというのに、さらには魔族の国の人間が王族へ入るなど、国民の不安も当然です」
そう言うと、真っ直ぐロルブルーミアへ視線を向けた。鋭く強いまなざしをロルブルーミアは受け止める。
もともと、シャンヴレットがこの結婚に反対していることは知っていた。
非難する機会をうかがっていることは予想の範囲内だし、どんな辛辣な言葉が飛び出してもおかしくはない。
一体何を言うつもりなのか、と待ち構えているとシャンヴレットは言った。
堂々とした雰囲気で、自分自身の正しさを疑わない顔で。罪を暴く正義の使者のように、糾弾の響きできっぱり言った。
「国に迎える人間には品格が問われます。果たして、それを持ち合わせているのかは疑問です。――そうでしょう、母親を身代わりにした皇女など」




