第53話 華麗なる晩餐
夕方にはリファイアードが戻ってきた。
国王とのやり取りを告げると「なるほど、わかりました」とうなずいていた。処分については「冗談かもしれませんわ」と言い添えたのだけれど、「父上はそんな冗談は言いませんよ」という返事だった。
自身の権力を理解しているからこそ、明確に洒落になるような冗談しか言わないのだと、きっぱり告げたのだ。
用意したドレスに着替えて支度を進める間、確かにイルースの姿はどこにもないようだった。
さらに、夕食会へ向かうため離宮から王宮へ向かう御者も別人に変わっていた。
リファイアードの言う通り、冗談ではなくただの事実として、迅速に全ては粛々と進行したのだと察した。
◇ ◇ ◇
夕食会の会場は、小さな晩餐室だった。
王宮にはいくつも食事のための部屋がある。その中でも、家族が使うためにしつらえられた場所だ。あくまでも私的な集まりである、ということだろう。
今夜の夕食会では、序列を持ち出さないよう事前に伝えられていることからも、それはうかがえる。
とはいえ、王宮内にしつらえられた部屋だ。広さはそこまでではないものの、柱の一本、壁の細部に至るまで細やかな装飾がほどこされている。
部屋の中央には、重厚な大理石の長机。椅子の一つ一つには異なる花の彫刻が施されていた。
ロルブルーミアの椅子には薔薇の花が彫られており、高貴な雰囲気を漂わせる。
暖炉を背景にした位置に国王が座り、その右手にはリファイアードとロルブルーミアが並ぶという席順である。
本来であれば、この位置は第一王子夫妻が座るべきだろう。ただ、今日の主賓はこの二人なのだと明確に知らしめるという意図をもった席順だった。
席に案内されたロルブルーミアは、あらためて気を引き締める。
内輪の集まりで序列が関係ないとはいえ、それだけだ。行儀作法が一切なくなったわけではないし、国際儀礼は有用だ。だから決して気を抜いてはいけない。
今はただ、この夕食を完璧にこなすことが最優先事項なのだ。ロルブルーミアは、決意を秘めながら夕食会に臨んだ。
オーレオン国王主催の夕食会は、あくまで内輪向けのものだ。
とはいえ、料理は正式な構成で提供されており、食前酒から始まり、付き出しや前菜、スープにサラダ、魚料理、肉料理、チーズの盛り合わせと続いていった。
誰もが優雅に食事を進める。和やかに歓談しながら、美しい所作で食事を口に運ぶのだ。
ナプキンの使い方や、ナイフやフォークの位置、持ち方。前菜の食べ方に、スープの口への運び方、魚料理や肉料理へのナイフの入れ方、パンのちぎり方。
オーレオンにおける食事作法は、リッシュグリーデンドと大きく変わらない。幼い頃から何度も繰り返してきた所作は、自然と体になじんでいる。
だから、何一つ気負う必要はない。いつも通りの行いは、ロルブルーミアの心を落ち着ける効果さえ持っていた。
くわえて、オーレオン国王は積極的にロルブルーミアへ話題を向けていた。
主催である国王がそうすれば、他の参加者も続かないわけにはいかないのだ。本心はどうであれ、誰もが歓迎の意を示してロルブルーミアと言葉交わしていた。
「それにしても、ロルブルーミア皇女は物知りだ。まさか、食材の産地をこうも把握しているとは思わなかったよ」
皿が下げられ、あとはデザートを待つばかりとなったところで、国王が言った。楽しそうな響きに、ロルブルーミアも唇をほころばせて答えた。
今日はあまり格式ばらずに会話を楽しみたい、というのが国王の意向だ。しばらくは雑談を楽しもう、ということで合図があるまでデザートは出てこない。
「オーレオン王国の特産品ばかりですもの、当然ですわ。それに、先ほどは黒い山脈を模した盛り付けでしたし――リッシュグリーデンドの鉱物を使ったお皿やフォークがそろっていましたもの。国を象徴する料理でもてなしてくださったこと、とても嬉しく思っておりますわ」
「ああ、わかってもらえて嬉しいよ。リッシュグリーデンド帝国ならではのものを、どうしても使いたくてね」
オーレオン国王はロルブルーミアの言葉に、にこやかに答えた。
肉料理として提供された牛肉の葡萄酒煮込みは、小さく切り分けた上で、丁寧に積み上げられ、山形になっていた。
さらに、長時間煮込んだことで牛肉は深い黒褐色となり、濃厚な葡萄仕込みのソースは尾根を描く。
付け合わせも黒キャベツや黒トリュフなどが使われ、二つの国の境である黒い山脈を模していることは察しがつく。
くわえて、今回の夕食会で使われるカトラリーは、一つの例外もなく、ふんだんに鉱物が使われていた。
肉料理には凹凸のある黒曜石の皿、魚料理にはなめらかな石英の皿、ナイフやフォークには確かな輝きを宿す金剛石――。
リッシュグリーデンドで多様な鉱物が産出することは周知の事実だ。
用意されたカトラリーがリッシュグリーデンドになぞらえたものだというのは、すぐに理解できる。
リッシュグリーデンドを象徴する皿に、オーレオン特産の牛肉と葡萄酒を使った献立。
一つの料理として供される意味を、当然ロルブルーミアは察した。それはもちろん、他の王族とて例外ではないだろう。
二つの国が一つになることの、この上ない象徴の一皿だった。
もちろんこの一品だけにとどまらず、夕食会で振る舞われた料理は、全て意味を持っている。
一品目から注意深く観察していたから、ロルブルーミアはすぐに理解した。
今夜の夕食会は、オーレオンという国そのものを体現しようとしているのだと。
「今夜の料理は、国をあげてロルブルーミア皇女への歓迎の気持ちが込められていて、よろこばしいものですね」
おだやかに口を開いたのは、第一王子アルベルサージュだ。
輝くような金髪は肩の上で切りそろえられ、細められた瞳は清廉な碧色。漂う雰囲気はどこまでも透き通っている。
アルベルサージュは唇にやわらかな笑みを浮かべて、傍らに座る妻ファルメリアと視線を交わしてから、自分たちの領地の特産品が使われたことを歓迎している、と続ける。
「そうだな。盛り合わせに出てきたのは、うちのチーズだろ。食前酒に出てきた林檎酒はファルドーの特産品だしな」
第二王子フジェールウスが、あっけらかんとした様子で言う。
がっしりとした体躯に、漆黒のような黒い髪と目は黒鉄のような雰囲気がある。飾り気のない言葉で、婚約者であるモルダリマ公爵令嬢へ領地の特産品についてあれこれと話している。
彼の領地であるリネ地方は酪農が盛んでチーズが有名だったし、ファルドー地方は母親の血筋ネジェミネ家の領地だ。
「そうね。今日の赤葡萄酒は、レージェのヴェールド・ジョワでしょう。わたくしたちの領地の特産品だわ」
凛としてた声で言ったのは、第一王女グレイナディアだった。
豊かに波打つ柘榴色の髪に、同じ色の瞳は長いまつげに縁どられる。
ハーヴェント公爵家へ降嫁している彼女は、公爵子息である夫へ視線を向けた。「我が領土としても、光栄なことです」という答えに、満足そうにうなずいた。
「ロゼンのものはまだだけれど、きっとデザートに出てくるんだわ! 果樹栽培が盛んだもの!」
弾んだ声は、第二王女ラフレーヌのものである。
透き通るような白い肌に、胡桃色の大きな目。かわいらしさを体現したような彼女は、天真爛漫な表情で「オーレオンの全てがここに集まっているようだわ」と告げる。
賛同するように、他の王妃たちも口々にうなずく。
事実として、今夜の料理は参加者の領地の特産品がふんだんに使われていた。
王子や王女だけではなく、今回は参加していない四大貴族や聖徒貴族の領地にまつわる食材も料理として提供され、ロルブルーミアは全てを正しく把握していた。
付き出しに出てきた燻製した鮭は、四大貴族の一つロアソエッテ公爵家の領地であるルセジ川のもの。
前菜の炙り焼きホタテは第三王子シャンヴレットの領地港町マリーラインで水揚げされた。
第一王子アルベルサージュの領地モルバル地方では上質な小麦が生産され、提供されたパンはその小麦によるものだ。
魚料理に使われたタラは聖徒貴族ヴァンゴット公爵家の領地港町ルトカートのものだし、肉料理の牛肉は国王直轄領のエトルワ産である。
料理に意味があることを察して、食材や出席者の顔ぶれからロルブルーミアは推察した。
エマジアとの勉強会でオーレオンについては、隅々まで把握している。特産品を結びつけるくらい、わけはなかった。
この場合は、味の違いを理解しているかではなく、意図した情報を受け取っているかが重要だった。
だから、国王からの「今夜の献立はどうかな?」という問いかけにも、正しい意味を読み取って答えたのだ。
これは、オーレオン王国という場所と有力な貴族たちからの歓迎の意が込められているのだと。それに対する感謝を口にすれば、国王は満足そうにうなずいていた。
それに、最高級の食材を使っているだけではなく、王宮料理人が腕によりをかけているのだ。
繊細な味付けはどこまでも奥深く、一口食べれば豊かな風味がふわりと広がり、何重にも折り重なる味わいが舌を喜ばせる。どれもが絶品にふさわしく、オーレオンという国の豊かさを感じることになった。




