第50話 青天に轟く
離宮に戻ると、リファイアードのもとに伝令鳥からの手紙が届いていた。
軍部からの呼び出しのようで、少し出てくると言う。何か緊急の案件でもあったのかもしれない。
リファイアードを見送った後は、途端に暇になる。
ロルブルーミアは当然王宮に知り合いはいないので、来客があるわけもない。夕食会まではまだ時間もあるので、離宮の庭をあらためて散策しようかしら、と思う。
離宮の裏手には庭が広がっており、その中の一角はこぢんまりとした薬草園になっていたのだ。
代表的な薬草や香草が植わっていることは、遠目にも確認できた。だから、空いた時間に植生や生育状況をじっくり観察しようかと考えていたのだけれど。
「やあ、突然すまないね」
応接室には、にこやかな笑顔のオーレオン国王が座っている。
慌てた様子で使用人がやってきたかと思えば、ロルブルーミアに来客だという。
それだけでもいぶかしむには充分だというのに、オーレオン国王その人だと告げられて、慌てて応接室に駆け付けたのだ。
「ああ、今は完全に私的な時間だから、挨拶なんて堅苦しいことは要らないよ。謁見室では、大して話もできなくて悪かったね。リファイアードは用事があるから、と不在の間の来訪になってしまったのは申し訳ないけれど」
「――国王陛下とお会いできるのは光栄の至りですわ。ただ、充分なおもてなしができるかは少々不安がございます。教皇さまもいらしているとは、思っておりませんでしたので」
事情が理解できず、混乱に陥りながらもどうにか答えた。
オーレオン国王は、あくまでも私的な訪問だという。国王陛下に向けた公的な対応は望んでいないと察して、失礼にならない程度の平易な態度を心掛ける。
ただ、ずっと混乱は続いていた。
突然オーレオン国王が離宮に現れることはもちろん、オーレオン国王は一人ではなかった。傍らに座っているのは、シェルドエ教皇その人だった。
教皇の様子は以前顔を合わせた時よりも、憔悴しているように見えた。
教会を訪れても忙しいということで、近頃は話をすることもなかったし、そもそも教会にいないことが多かった。
久しぶりだから印象が変わって見える、というよりも顔色がひどく悪いように見えるのだ。
おだやかにロルブルーミアへ挨拶をしてくれたものの、どこか無理をしたような空気がある。
顔に出しはしないものの、体調が悪いのではないか、と心配になるほどだ。それをオーレオン国王は察しているのだろうか。
「リファイアードから、ロルブルーミア皇女の話はいろいろ聞いているからね。体にいいお茶を淹れられると言っていただろう。薬香草を使ったものだったかな。ぜひそれを、シェルドエ教皇にふるまってほしい」
国王の言葉に、ロルブルーミアは目を瞬かせる。
教皇もぴくりと反応して、わずかに眉を寄せた。「まさか、そのためにここまで連れてきたのですか」と告げる様子は、困惑しきりといっていい。
ロルブルーミアも同様で、まさかそのためにわざわざ? といぶかしむしかない。
お茶を飲むために国王陛下がわざわざ、教皇をともなって離宮を訪れる意味などあるはずがないのに。
必要なら呼びつければいいし、そもそもロルブルーミアにが用意するお茶は、そこまで特別なものではない。材料さえそろえば、誰にでも淹れることができる。
しかし、今のロルブルーミアに返す答えなど一つしかない。
困惑も戸惑いも全て消して、にこりと笑顔を浮かべると、「とっておきのお茶を用意しますわ」と告げる。
◇ ◇ ◇
とはいっても、やるべきこと大したものではない。台所周りの使用人に必要なものの指示を出して、あとは薬香草を入手するだけだ。
薬草園に植わっている植物を思い返して、教皇に飲んでもらうお茶はどれがいいか考える。
顔色が悪い。憔悴している。体調不良か、それとも精神的なものなのか。いくつもの選択肢を思い浮かべたあと、心を落ち着かせる作用のあるもの――金光草がいい、と判断する。癖もなく飲みやすいので初めての人にも向いている。
薬草園から金光草を摘み取って、すぐ台所に戻った。使用人たちが困惑しながら遠巻きにロルブルーミアを眺めていたけれど、気にしている場合ではない。
金光草を丁寧に洗って、葉の部分を千切ってポットに入れながら教皇の様子を思い浮かべる。
もともと、頑強な雰囲気のある人ではなかったけれど、久しぶりに顔を合わせた教皇はすっかり参っているように見えた。
気分を安定させ、心身の緊張を緩和させる金光草がいいだろうという判断だ。
(本当でしたら、不調の原因をおうかがいできればそれが一番なのですけれど……)
さすがにそこまで踏み込むことは難しいだろう。
沸騰したお湯をポットに入れて蒸らしながら、せめて少しでも安心のひと時になればいいのだけれど、とロルブルーミアは思いながら出来上がりを待つ。
本来であれば、給仕の類は使用人の仕事だろう。ただ、国王陛下の言葉や態度からは「ロルブルーミアの淹れたお茶」を所望していることは伝わった。
だから、ロルブルーミアは手ずからお盆を運び、応接室へ戻った。
洗練された動きとは言えないし、料理人の方がよっぽど美味しいものが作れるだろうとわかっていたけれど。
声に出さずとも望まれるものがあるなら、それを叶えるまでである。
「――教皇さま。金光草の薬香草茶ですわ。心を落ち着かせる効果がありますの。少しでも、お体を労わる助けになればいいのですけれど」
国王陛下にカップを出したあと、続いて教皇へカップを差し出す。
石造りの離宮にふさわしい、華美な装飾のない一品である。ただ、装飾はなくとも丁寧に作られており、名のある職人の手であることはうかがえた。
教皇はロルブルーミアが差し出したカップをすぐには受け取らなかった。
じっとロルブルーミアを見つめており、まなざしはゆらゆらと揺れている。その意図がわからない。
しかし、目をそらしたり困惑したりするのはこの場にふさわしくないと感じて、同じように見つめ返す。
鳶色の瞳に、ロルブルーミアの姿が映る。やわらかさややさしさより、もっと別の意味を内包するようなまなざしが、一心に注がれていることを感じていた。
長い時間だったのか、それともほんのわずかだったのか。
教皇がまばたきをするのと同時に、まなざしがゆるんだ。同時に口元もほころんで、「ありがたくいただきます」と言ってカップを受け取ってくれたので、ロルブルーミアはほっと安堵する。
それから、滞りなくお茶会は進んだものの、この時間の意図がロルブルーミアにはまるでわからない。
国王も教皇も忙しい人であり、まさかずっとここにいるわけにはいかないはずなのだけれど――と思いつつ、困惑を顔には出さないまま時間を過ごしている。
せめてリファイアードさまが帰ってきてくださらないかしら、と内心で密かに思う。しかし、その気配はないまま和やかな時間が流れる。
そうしていくらか経った頃、オーレオン国王が口を開いた。
「さて、それではそろそろ帰ろうかな。侍従たちも、慌ててるところだろうし」
「また、あなたは勝手に抜け出したんですか……」
「エトレがそんなに倒れそうな顔をしてるからじゃないか」
国王のつぶやきに、呆れたように教皇は言う。
国王は面白そうに言葉を返しているし、口にしたのは教皇の本名だろう。シェルドエ教皇とはあくまでも聖人名としての位置づけなのだ。気心の知れた仲であることが、うかがえるやり取りだった。
そんな風に冗談めいて言葉を交わしたあと、オーレオン国王はロルブルーミアに向き直って言った。
「ただ、帰る前に先ほどの――金光草をいくつか土産としてもらい受けたいのだけれど。彼に持たせたくてね」
思い出したといった様子で、国王が言う。もちろん断るという選択肢はないし、お土産も何も王宮内の全ては国王の持ち物だ。
ただ、ここで重要なのは恐らくロルブルーミアが土産として金光草を渡すことなのだろうと察した。
もっとも、お茶にするために金光草は全て使ってしまったから、庭から摘んでこなくてはならない。
誰かに持ってこさせるべきだろうかと思ったけれど、恐らくこれもロルブルーミアの手ずからであることが重要なのではないか、と薄々理解していた。
だから少し待っていてほしい、と言いおいて急いで庭へ向かった。




