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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
第5章 絢爛たる戦線

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第49話 綾なす影


 舞踏会の前日に、ロルブルーミアとリファイアードは王宮を訪れた。夕食会へ出席するためである。


 まずは豪華絢爛な謁見えっけん室に通され、オーレオン国王への挨拶を行う。

 玉座に座る国王は圧倒的存在感を誇っており、型通りの挨拶をするだけでも威圧されるようだった。


 典礼に則った受け答えを行い、儀礼的な挨拶を終えたあと、案内されたのは王宮の外れにある離宮だった。

 明日の舞踏会に向けて一泊する予定ではあるものの、継承権の低いリファイアードは王宮に泊まることを許されていない。敷地の外れにある石造りの離宮が妥当という判断なのだろう。

 もっとも、ロルブルーミアにはそれの方が落ち着くことができた。


 誰もがはっきりと口にはしないし、態度にも出さない。しかし、まとわりつくような視線をずっと感じていた。

 二人を迎えに来た馬車の御者も、ずらりと並んだ衛兵たちも、控室に案内する従僕も、謁見室に控える侍従たちも。

 魔族の王子と魔族の国の皇女おうじょに対する、ぬぐい切れない忌避感はそこら中に漂っていた。

 全てを跳ね除けるのはオーレオン国王だけで、何もかもを焼き尽くす太陽のように、ただ燦燦さんさんと玉座に座っていたのだ。


 だからこそ、王宮から距離を取れることにほっと安堵する。

 石造りの離宮は装飾も控えめで、しんとした静けさが流れていた。使用人たちはこわばった顔で二人を出迎えたけれど、何かを口にすることはなかった。


 王宮に立ち入りが許されるのは、従者でも貴族の地位を得ている者だけだ。平民出身のリリゼやエマジアたちの身分では難しい。

 それに、リッシュグリーデンドからやってきた魔族の侍女など、王宮の門をくぐれるはずもない。

 それゆえ今回は連れておらず、今回の滞在においては離宮の使用人たちが代わりの役目を果たすことになっている。歓迎はされずとも、ただ職務を遂行してくれるならそれで充分だった。

 くわえて、王宮の外れにある離宮には、もう一つ利点もあった。





「ああ、見えてきました。あれが、舞踏会の会場になるギヤ・シオン宮殿です」


 リファイアードの言葉に、ロルブルーミアは馬車の窓越しに視線を向ける。

 木々の向こう、青空を背景に現れるのは、輝きを宿す漆黒の建物だ。全容は見えずとも、いくつもの尖塔せんとうや装飾的な破風はふなどが威風堂々とした装いを感じさせる。


 国王の住まいであるソレスエール宮殿を中心に、敷地内にはいくつもの建物があり、趣の違う庭園が広がっている。

 王や王妃の別邸のほかに、今回の舞踏会が開催されるギヤ・シオン宮殿、二人が使っているような宿泊用の離宮に、歴代の宝物を所蔵する宝物庫、国外からの来客のための迎賓館げいひんかんなどが広大な敷地内に点在している。


 ギヤ・シオン宮殿は敷地の西側に広がる森の中にそびえたつ、黒曜の宮殿である。内装は反対に白を基調としており、清廉とした華やかさがある。

 大人数を収容できる大広間のほかに劇場も併設されていて、娯楽特化の宮殿といった趣だ。

 外観や内装は星空を題材としており、全体にはきらびやかな雰囲気が漂っている。


 事前に位置関係などを含めて、リファイアードから説明は受けている。情報を頭に浮かべてあらためて確認しながら、ロルブルーミアはしみじみと言葉をこぼす。


「とても立派な建物ですわ。ここからでも、ずいぶんと大きく見えますもの」

「ええ、もっと近くに行けば、全容がわかるでしょう。今回の目的は宝物庫ではありますが、ギヤ・シオン宮殿の裏手にありますから」


 二人が向かっているのは、始祖王にまつわる宝剣や聖女の宝冠、はたまた歴代王族の宝冠が収められた宝物庫である。

 舞踏会の日には招待客に向けて公開される手はずになっているものの、王族であれば事前に訪れることができる。

 ロルブルーミアのために作られた宝冠も、新しく収蔵されているのだ。一度も目にしたことがないので、この機会に見に行こうという話になった。


 もしも二人が王宮の中心部へ向かえば、ずいぶんと目立つ。

 行動の意味を勘繰られ、何かを仕掛けようとしているだとか諜報活動しているだとか、謂れのない憶測が飛ぶ可能性も考えられた。

 しかし、幸いなことに二人の泊まる離宮は外れに位置しており、しかも西寄りだった。

 宝物庫と場所は近く、この程度の移動であれば目立たないはずだった。

 それに、宝物庫の警備は、リファイアードの部隊が担当している。王宮内でも、あまり気兼ねする必要もないだろう。


 宝物庫はギヤ・シオン宮殿の別館であり、建物も似た雰囲気になっているとリファイアードは言う。

 宮殿の外回廊から渡り廊下を進んだ先に静かにたたずんでおり、舞踏会の日は周囲に明かりが灯されて訪れる者を迎えるのだ。

 舞踏会では自由時間も設けられることから、散策がてら訪れることも想定しているのだろう。


 リファイアードの説明を聞いている間に、馬車は進む。舗装された道は真っ直ぐとした一本道で、そろそろ宝物庫が見えてくるはずだった。


 しかし、その前に突然馬車が止まる。

 まだ目的地には到着していないにもかかわらず、一体どうしたのかとリファイアードが問えば、御者は恐る恐るといった声で答える。前方に、既にほかの馬車があるのだ、と。


「――なるほど。第二王女がすでに先客としていらしているようです」


 窓から前方へ視線を向けたリファイアードが、ぽつりとつぶやく。


 王宮内の移動は基本的に馬車によるものだ。王家の紋章の入った画一的な馬車を利用することができるし、ロルブルーミアたちが乗っているのも離宮に用意された王家の馬車である。

 しかし、国王夫妻や継承権上位の王子・王女などは自分たち専用の馬車を持っている。


 窓から見えるのは、カボチャ型のかわいらしい馬車である。きらびやかな黄金で飾られ、楕円形の窓には色硝子がはめこまれている。

 イチゴの花と果実をあしらった紋章は、第二王女のラフレーヌのものである。


 今夜の夕食会にも参加する王女であり、ロルブルーミアの頭には瞬く間に出席者の情報が浮かび上がる。


 オーレオン国王陛下に、三人の王妃、王位継承権を持つ子供たちは五人、さらにその伴侶と婚約者が三人。合計十二人の夕食会に参加することになっている。

 全員の顔と名前は完璧に頭に入っている。家族構成はもちろん、それぞれの領地の特徴だって当然把握している。どんな話題を振られても答えられるよう、準備は万端だ。


「ラフレーヌ殿下となると、あまり積極的に顔を合わせることは推奨できませんね。ロルブルーミア姫は当然、ご存じだと思いますが」

「ええ、そうですわね。否定派にくみしていることは、聞き及んでおります」


 ロルブルーミアが王族や貴族の状況を正確に把握していることは、リファイアードも会話から察している。だからこそのやり取りである。


 オーレオン王国には三人の王妃がいる。

 四大貴族のフロローゼラ公爵家とネジェミネ公爵家、リオールド教の大聖人を始祖とする聖徒せいと貴族のロワーシュ公爵家出身の女性で、それぞれに子供がいる。


 フロローゼラ公爵家出身のエストリーフェ妃の子供は、第一王子のアルベルサージュと第三王子のシャンヴレット。

 ネジェミネ公爵家のセレセヴィラ妃の子供は、第二王子のフジェールウスと第二王女のラフレーヌ。

 ロワーシュ公爵家出身のルノンデニア妃の子供は、第一王女のグレイナディアだ。


「一番の急先鋒がシャンヴレット殿下であることは間違いりません。魔族排斥派のルカイド公爵に幼い頃から世話になっていることが大きく影響しています。ただ、もちろんシャンヴレット殿下以外にも、結婚に否定的な立場の方は多い」


 リファイアードの言葉に、ロルブルーミアはうなずく。今回の出席者たちがどういった立場であるかは、ロルブルーミアもおおむね理解していた。


 第三王子は当然反対派として、シャンヴレットの母親であるエストリーフェ妃や第二王女のラフレーヌ、その母親のセレセヴィラ妃もどちらかといえば否定的だ。

 それ以外の顔ぶれも、決して積極的に賛成を口にはしていない。

 表向きは中立派ということになっているものの、国王に表立って反意を告げることをためらって静観を決め込んでいるだけだろう。

 積極的な肯定派は、夕食会の参加者にいないことは確かだ。


「宝物庫で顔を合わせても、お互い気分を害するだけになるでしょう。ここは、一旦引くのが賢明だと思いますが、いかがでしょうか」

「賛成ですわ。無理に宝物庫へ向かっても、心証を悪くするだけだと思いますもの」


 魔族に対して肯定的な意見は持っていないのだろうから、あまり良い結果になるとは思えなかった。

 表立って悪し様に罵られることはなくても、心の内はわからない。夕食会前に争いの火種を生むことは避ける方が賢明だろう。

 宝冠を見られないことは残念だけれど、明日の舞踏会当日にも機会はあるはずだ。


 そう考えて、ロルブルーミアはリファイアードの判断を支持する。恐らく同じ結論に辿り着いたのだろう。リファイアードはうなずいて、馬車は一本道を引き返す。



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