第48話 紡ぐ声
出席が決まれば、すぐに準備を整える。一週間後には開催されるのだから、迅速に行動しなければならない。
一からドレスを仕立てるのでは、とうてい間に合わない。ただ、幸いなことに、ロルブルーミアは輿入れの品として、一通りのドレスや装身具を持ち込んでいる。
どれもが魔王の加護を授けられているだけではなく、舞踏会で着用するにも申し分のない一級品ばかりだ。
もっとも、どの組み合わせがもっともロルブルーミアを引き立てるか、という意味であれこれと試行錯誤する必要があった。
幸いロルブルーミアに今日の予定はない。執務室を辞したあとは、リリゼやエマジアの意見を参考にしながら、一日時間をかけて全ての装いをあらためた。
ただ、決して妥協は許されないこともあり、舞踏会で着ていくドレスや装飾品を選び終えた時は、すっかり夜も更けていた。
「このドレスなら、きっと舞踏会でもよく映えるでしょう。あなたには青がよく似合いますから。充分目を惹くと思います」
選んだのは濃い青を基調としたドレスだ。細やかな水晶硝子がドレス全体に縫い付けられる様子は、まるで星空のようである。
エマジアとリリゼが、選ばれたドレスを客間から丁寧に引き上げるのを見送ったあと、リファイアードがしみじみとした調子で言う。その様子に、ロルブルーミアは思わず声をこぼす。
「――リファイアードさまから、まさかそんな言葉をいただけるとは思いませんでしたわ」
予定のないロルブルーミアと違って、リファイアードには執務が残っていた。とはいえ、ドレスにも特に興味はないだろうと気にしていなかったのだけれど。
ドレス選びも中盤となった頃合いで、一通りの執務を終えたリファイアードが、ロルブルーミアの私室を訪れたのだ。どうやら、進捗状況が気になっていたらしい。
さらに、どんなドレスがいいのか念のために意見を聞いてみれば、思いの外しっかりした答えが返ってきた。それならばというわけで、そのまま最後までリファイアードも参加することになった次第である。
その時も、ロルブルーミアはつくづく意外に外に思っていた。七星舞踏会という重大な場面だからという意味合いがあるからだとしても、まさかドレス選びに自ら関わるとは思っていなかったのだ。
結婚式に着る婚礼衣装は「好きに作ってください」と見向きもしなかったことと比べれば、まるで別人のようである。
「大事な局面ですし――本来なら俺も参加するのが筋ですからね」
若干気まずそうな雰囲気が漂っているのは、恐らく婚礼衣装の際のにべもない態度を思い出しているからだろう。本来であれば婚礼衣装にも関わるべきだったのに、突き放した自覚はあるのだ。
その様子は叱られることを恐れる子供のようで、ロルブルーミアは思わずころころと笑った。
◇ ◇ ◇
無事にドレスが決まったことの高揚感や、程よい疲れのせいだろうか。ふわふわした気持ちのまま、ロルブルーミアは部屋に戻った。
今日はもう遅いから休んだ方がいいとは思ったけれど、高揚したままの気持ちでは寝付けそうにない。
それに、リファイアードとの雑談の中で家族の話が出たこともあり、無性に声が聞きたかった。
耳飾りを外して、慣れた仕草で音話機を起動させる。
就寝時間ということは、家族たちはこれからが活動も本番だ。忙しく動き回っているから、誰も出られないかもしれない、と思ったのだけれど。
「――ルミアか」
「お父さま!」
しばらくの呼び出しのあと、応答したのは低く落ち着いた声。
ゆったりとした調子で名前を呼ぶのが誰かなんて、すぐにわかる。間違いようなく魔王アドルムドラッツァールの声である。
この時間帯は執務中であることが多いのに、と思いつつも、話ができるのは嬉しかった。
高揚した気持ちもあって、ロルブルーミアは勢い込んで「舞踏会に招待されましたの!」と報告する。
上位者しか参加できない舞踏会なのだ。ロルブルーミアが認められた証だと言うことはできるし、そう告げればアドルムドラッツァールは「それはよい知らせだ」と笑った。
「ルミアが国でつらい目に遭っていないかがどうかだけが心配でな。お前が認められたなら、これほど喜ばしいことはない」
「安心なさって。わたくし、教皇さまや聖女さまとも顔見知りになりましたのよ。今度の舞踏会では、オーレオン国王陛下とも近くで顔を合わせられると思いますの。ちゃんとこちらで、わたくしの居場所を作っていますから、結婚式で確認してもらえたら嬉しいわ」
弾んだ声で告げると、アドルムドラッツァールはしばしの沈黙を流した。それから、ゆっくりとつぶやく。染み入るような、じんわりとした声で。
「――そうか。それならいい」
心から安堵したような、やさしい響き。普段の荒々しさはどこにもない。
ただ父親として娘に向ける愛情が形になったような、どこまでもやさしくて――少しだけ震えるような声をしている気がした。
父親からの愛情は何度も受け取ってきた。だから、いつも通りだと言うこともできたけれど、少し雰囲気が違う気がして、ロルブルーミアは首をかしげた。
もしかして、結婚式を前にして何か思うことがあるのかしら、と思う。どうかなさったの、と口を開きかける。しかし、そこで別の声が飛び込む。
「父上、そろそろルーゼが薬を持ってくるようで……ん、これはもしかして……ルミアからの通信?」
固い床に爪が当たるかちゃかちゃ、という音に、凛としたよく通る声。聞き間違えるはずもない。
「アルヴァお姉さま!」と名前を呼ぶと、嬉しそうに「ルミア、元気だったか」という声が聞こえてくる。
第二皇女にして魔狼のアルヴァープティウルは、嬉しそうに様子を尋ねるので、ロルブルーミアは舞踏会に参加できるのだと告げた。
「おお、それはよいことを聞いた。みんなにも教えてあげよう――だが、舞踏会か。ルミアのドレス姿を見られないのが残念だな」
「本当だよ。ルミアは、どんなドレスを着るの?」
続いて飛び込んできたのは、軽やかで明るい声。第四皇子であり吸血種のルーゼットリンクだった。
ロルブルーミアは笑顔を浮かべて「お父さまが贈ってくれた紺青のドレスですわ」と答える。ルーゼットリンクはすぐに理解して「ああ、ルミアによく似合うね」とうなずく。
「もちろん、どのドレスだってよく似合うよ! ただ、ルミアのドレス姿が見られたらよかったな。お父さまは結婚式に参加できるけれど」
「ああ、そうだった。まったくうらやましい」
「父親の特権だな。よくよく目に焼き付けて、お前たち教えてやると約束しただろう」
いじけたような言葉に、アドルムドラッツァールが鷹揚にうなずく。軽やかなやり取りに、ロルブルーミアの唇はほころんだ。
リッシュグリーデンドで過ごした日々が鮮明によみがえるようだ。そのままの気持ちで口を開く。
「舞踏会では、ワルツも披露するんですの。リッシュグリーデンドが評判になるような、すばらしいワルツを踊ってみせますわ。結婚式を無事に成功させるためにも、リッシュグリーデンドは良いところをたくさん知ってもらわないといけませんもの」
自分が嫁いできた理由ならよくわかっている。リッシュグリーデンドに利益をもたらして、父親や家族が守る場所を自分も同じように守るのだ。
そのためにできることがあるのが嬉しかった。あらためて、上位者しか参加できない舞踏会への招待はまたとない機会だ、と幸運を噛みしめる。
きちんと仕事をしてこなくては、と決意を新たにしているとルーゼットリンクが尋ねた。
「ねえ、婚約者とは上手くやってる? いじめられてはいないと聞いたけど、大丈夫かな?」
「魔族とはいえ、オーレオンの王子だからな。変なことはされていないか」
はっとした調子でアルヴァープティウルも続くし、アドルムドラッツァールまで重々しく「何かあればすぐに申し入れをしよう」とうなずいている。
決して国のためにならないからと我慢することはしなくていい、と言うのはまったくの本心だとわかっている。ロルブルーミアはくすりと笑みを浮かべた。
「大丈夫ですわ。前も言いましたけれど、お茶の時間をご一緒していますの。お土産として飴をくださいましたし、薬草の話も熱心に聞いてくださいますの。それに、わたくしのドレスも一緒に選んだんですのよ」
さっきまでの時間を思い浮かべて答える声は、思っていたよりもやわらかい。
恐らくそれは、音話機の向こうの家族にも伝わったのだ。ロルブルーミアがふわふわとして、やわらかな心地でいることなんてすぐにわかる。
すぐに答えたのは、ルーゼットリンクだ。軽やかな声で、明るい陽だまりみたいな声で言う。
「そうかぁ、それならいいんだ。ええと――リファイアードって言ったかな? いつか話してみたいな」
「鬼族の混血だったか。人間の国で暮らすのはどんな生活なのかはもちろん、軍人ならではの話にも興味はある」
ルーゼットリンクにアルヴァープティウルもうなずいて、音話機を使えば話ができるだろう、なんて会話をしている。
音話機自体は貴重品ではあるものの、国家機密という扱いではない。誰も彼も喧伝するのは考え物でも、ロルブルーミアが信頼たる人物であると判断すれば、使用することはやぶさかではないと言われているのだ。
「――確かに、一度話をしてみたいものだな。ルミアを任せるに足る相手なのか」
娘たちの会話を聞いていたアドルムドラッツァールが、重々しく言い放つ。刺々しさを感じさせる声は、愛娘の結婚相手に対する厳しさに由来するものだろう。
国のための結婚だと納得しているとはいえ、父親の心情はまた別だということがありありと伝わってくる。
兄たちは「お父さま、怖がらせちゃだめだよ」やら「これくらいで怯むようなら、ルミアを任せられない」なんて話をしていて、それは全てロルブルーミアを大事に思うからだとわかっている。
大切に、宝物みたいに思ってくれているからこその言葉たちだ。
くすぐったい気持ちでささやかな会話を聞いている。
リファイアードについての話が盛り上がっているので、ついさっきの出来事――子供のような姿を話そうかしら、とロルブルーミアは少しだけ考える。
しかし、すぐに考え直した。婚礼衣装を決める際、にべもない態度を取っていたことが前提にあるのだ。
今のリファイアードについて、誤解されるようなことをわざわざ口にする必要はないだろう。
「結婚式では、リファイアードさまともお会いできるはずですわ。そのときに、たんとお話してくださいませ」
実際に顔を合わせて、直接言葉を交わしてもらうことがリファイアードを一番理解できるに違いない。そう思って、あれやこれやと言い合う家族に告げる。
するとアドルムドラッツァールは大きくうなずくし、姉たちも同意を返すから、結婚式では父親とリファイアードが並ぶ姿が見られるはずだ。
結婚式が近づいているのだ、とロルブルーミアはあらためて実感する。
そのための試金石が舞踏会であり、本格的に自分の役目を果たさなくては、と思う。
可憐な皇女として、恐ろしい魔族ではなく愛らしい皇女として。リッシュグリーデンドの友好性を宣伝して、魔族は恐ろしくはないと伝えなくては。
結婚式を無事に終わらせて、リッシュグリーデンドとオーレオンの末永い友好の象徴となるのだ。
少しずつ力の衰えている魔王や、それに支えられるリッシュグリーデンドという国を脅威から守るために。大事な思い出の詰まった故郷を、家族が背負って立つ国を守るために。
ロルブルーミアの役目は、オーレオンとの友好の懸け橋の象徴となることだ。
現状としては、広く受け入れられているとは言い難いし、そもそも大きな催しとあれば何もかもが順風満帆にいくとは限らない。
予想外の出来事が起きるかもしれないし、全てが上手く行くかどうかは誰にもわからないのだ。
そう思うと不安がよぎるけれど、失敗は許されないのだと知っている。
無事に結婚式を終えて、オーレオン王族の一員になることがリッシュグリーデンドの未来につながっている。そたのめに、自分はここにいる。
「お父さまとお会いできるのを楽しみにしていますわ。だから、どうか体調にはお気をつけて」
先ほどの会話で薬の話が出ていたことや、この時間帯に執務をしていないこと。もしかしたら、体調がよくないのかもしれないと思いながら、そう言う。
家族の誰もきっと素直には言わないだろうから、真相はわからないけれど。ロルブルーミアを心配させないためのやさしさなら、今はそれを受け取ろうと思った。
「舞踏会も結婚式もちゃんと成功させてみせますわ」
ただの強がりかもしれなくても、それでもそう言う。
国を背負って立つのだ。重圧は確かにあるし、家族が近くで助けてくれるわけではない。それでも、ロルブルーミアは自分が孤独ではないと知っていた。
同じように大事なものを守ろうとする存在なら、ロルブルーミアはよく知っている。
リファイアードにとって大事なもの、世界の全てと同じもの。それは決してロルブルーミアはではないし、父親という存在だ。ロルブルーミアが家族を大事にするのと同じなのだと知っている。
だからきっと大丈夫だと、ロルブルーミアは思っている。
国を背負って二つの国の懸け橋としての象徴になること。一人ではなかった。お互いのことを一番にしていなくてもよかった。
ただ一つ、大事なものを守ろうとする意志だけが確かなら。同じものを見て同じ気持ちを抱いているなら、きっと大丈夫だ。




