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赤い糸を夢見た  作者: 咲間十重
プロローグ
1/12

麗しき戦場

 きらびやかな大広間に、一組の男女が手を取り合って進み出る。


 一人は、赤銅しゃくどう色の儀礼用軍服を着用した赤髪の青年。

 もう一人は、水色を基調としたドレスに身を包む空色の目をした少女だ。

 二人は美しい笑みを浮かべて、優雅な足取りで広間の中央まで歩く。


 ぴたりと立ち止まるのと同時に、朗々とした声が二人の背後から響いた。一段高い位置にある王座から、よく通る声がこだまする。


「オーレオン王国とリッシュグリーデンド帝国、二つの国の未来を象徴する婚約だ。夜明けの導き、大いなるしゅからの祝福を!」


 その言葉を合図にして、大広間の端に整列していた楽団が華々しくラッパの音を響かせる。同時に花弁と紙吹雪が宙を舞った。

 二人の前に並ぶ貴族たちも笑顔を浮かべて、祝福の拍手を送る。


「長い間の遺恨を超えた和平の証だ。リッシュグリーデンド帝国から我が国に嫁いできたロルブルーミア・ヴィエム・リッシュグリーデンド皇女おうじょと、我が息子リファイアード・オーレオンの末永い幸せを皆にも祝ってもらいたい」


 その言葉に、空色の目をした少女――ロルブルーミアは微笑みを深くした。


 目前に並ぶのは、オーレオン王国でも指折りの貴族たちであり、王位継承権を持つ王子や王女たちだとわかっていた。今ここで浮かべるのは、他にどんな意味も見いだせないような、ただ完璧な笑みだ。


 きらびやかな大広間で、大きな拍手で迎えられているとしても。心からの祝福などひとかけらもないことは、この場にいる誰もが理解していた。


 赤髪の青年――リファイアードもそれは同様だろう。

 唇は弧を描きつつも、周囲へ向ける視線には鋭い光が宿っている。王子や貴族たちも笑みを浮かべているものの、奥底の空気は冷ややかだ。


「結婚式はまだ先になるが――二人の婚約はこの国の未来において、大きな意味を持つだろう。これは歴史的な第一歩だ。新しいオーレオンの礎となることを、各々胸に刻むことを心得よ」


 玉座に座るオーレオン国王は、厳かな声で告げた。

 美しい毛並みの襟巻と、同じ素材の重厚なマント。豊かな銀髪の上には純金の王冠をいただいており、まとう雰囲気も厳粛だ。それが形になったような声だった。


「もちろんです、国王陛下。これからの未来を見据えての決断であることは、重々承知しております。慧眼であったと、未来において陛下の判断が讃えられる日も近いでしょう」


 真っ先に反応したのは、オーレオン王国四大貴族の一人であるハーヴェント公爵だった。丸い顔に人の好い笑みを浮かべて言えば、他の貴族たちも鷹揚に続いた。

 あくまでも上品に、優雅に。手を取り合う二人がどれほど美しくお似合いなのか、二人の婚約は当然のことなのだといった言葉を並べる。


 ロルブルーミアの絹のように美しい髪や、細かなまつげで縁取られた大きな瞳、愛らしい桃色の唇。透き通るように白い肌と薔薇色の頬。

 薔薇の刺繍がほどこされたふわりと広がるスカートに、首元や耳元をかざる天空石てんくうせき月光貝げっこうがいの装飾品は、上品でいながら確かなまばゆさを宿していた。


 手を取るリファイアードの体躯たいくは、がっしりしていながら手足は長くしなやかだ。赤い髪は染め上げられたように美しく、凛々しい眉の下で光る瞳は燃え立つ炎を連想させる。

 左右のこめかみの少し上には、艶やかな黒い角。やや癖のある髪は丁寧に整えられて、精悍さと優雅さが理想的に釣り合った顔立ちによく合っていた。


「まるでお伽話から抜け出してきたようではないですか」

「一組のお人形のようで――きっと、赤い糸でつながっているのでしょうね」


 赤い糸というのは、オーレオンに伝わる「五色ごしきの糸」伝説に端を発する。運命の相手に結びつくと言われる糸のことで、色によって運命の種類は異なる。


 赤い糸は夫婦や恋愛の運命をつかさどるとされ、赤い糸が結ばれた夫婦は幸福な結婚生活を送ると言われているのだ。


 婚約者たちに向ける言葉としては、この上もなく最適だろう。ただ、これはロルブルーミアとリファイアードへの祝福でもなければ、肯定でもない。

 この言葉はオーレオン国王へと向いているのだ。国王の言葉は正しいと、二人を結び付けたのは慧眼けいがんであるとの主張に他ならない。


 誰一人、この婚約を祝ってなどいない。それも当然だろう。

 ロルブルーミアの出身国であるリッシュグリーデンド帝国と、リファイアードの出身国であるオーレオン王国は長きにわたって争いを繰り広げてきた。



 険しい山々が連なる「黒い山脈」を国境として、二つの国は隣り合っている。

 リッシュグリーデンドは魔族の国であり、オーレオンは人間の国である。元は一つの国だったが、魔族と人間の内紛に端を発して独立を果たしたという経緯もあり、建国以来争いが絶えなかった。

 種族間の争いも加味され、魔族による人間の虐殺もあれば、人間による魔王討伐など、血で血を洗う戦争が幾たびも繰り返されてきたのだ。


 死体と血の上に積み重なった歴史があり、一時停戦中のかりそめの和平の中、二か国の姫と王子の婚姻が発表されたところで、歓迎の声は少数だった。


 だからこそ、妥協点として考え出されたのがロルブルーミアとリファイアードの存在である。


 ロルブルーミアは魔族の国たるリファイアードの皇女でありながら、まぎれもない人間だった。

 人間である母親が魔王によって見初められて皇妃となり、その際の連れ子がロルブルーミアである。

 対して、リファイアードは見た目の角からわかる通り魔族である。出自ははっきりしていないものの、鬼人族や悪魔族と人間の混血と考えられる。

 人間が大多数を占めるオーレオンではあるものの、国王の養子として迎えられたことから、二十六番目ながら王子という身分を得ている。


 人間と魔族の種族間対立を超える象徴として、担ぎ出されたのが二人だった。

 魔族の国の人間の姫と、人間の国の魔族の王子。和平の象徴として、これ以上の存在はないだろう。


 しかし、それぞれの国民の間に怨嗟の念は根強い。誰一人祝福などしていない。

 それでも、自分自身の役割を理解している二人は、ただ美しい笑みを浮かべている。



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