Refuse to fail 4
「何か気味悪...... 」
ソファーに座る本井先輩が自分の体を抱きしめながら呟く。
スマホと壁に掛かっている時計以外に、平坂部長や他の先生がつけていた腕時計も10:30を指していて、今日これまでに経験した出来事も踏まえ、俺たちはこの状況が現実とは異なるものであると考えるようになっていた。
そしてこの場にいる自分を含めた全員が、本井先輩が見せた不安を同様に感じていることも分かっていた。
『時間が進んでいない、ここは現実とは異なるのかもしれない』そんな理解し難い状況に、俺は卒倒しかけていた。そんな状況で、俺の隣に来ていたセミの震えた声が意識を保たせてくれた。
「お、おい、未場」
「......なんだ、セミ」
話しかけてくれたことには感謝しているが、こいつの話で役に立ったことは一度もない。だから俺はセミの話を聞き流そうとしていた。
しかし次の瞬間、セミの言葉を聞いた俺はこの判断が間違いであったと気づいた。
「さっきさ......ほ、保健室から出ようと思ったらさ、砂時計、動いていなかったんだよ」
「......は? 砂時計が動いてないって、砂時計の中の砂がってことか?」
俺が聞くと、セミは不安そうに眉をハの字にして頷いた。
『砂時計が動いていない』、すなわち砂が動いていないということは、物理法則が成り立っていないということである。
物理法則が成り立っていないのならばこれまでの出来事で気になるところがいくつかあるが、そもそも俺たちがこの床の上に立っていることがおかしいと言える。物理法則が成り立っていないのならば俺たちがここで宙に浮き、身動きが取れなくても不思議ではない。
考えれば考えるほどおかしな点は出てくる。この状況にまたも俺は卒倒しかけていたが、今度はセミとは違う、落ち着いた女性の声が俺の意識を保たせた。
「あんた、砂時計が動いてなかったってのは本当かい?」
その声は俺ではなく、セミに向けられていた。
「......えっ !? 俺すか?」
「そうだよ。あんた今、保健室の砂時計が動いてなかったっていってたでしょ」
「は......はい、言ったっす」
「それが本当なら......いや、本当だろうね。私はその砂時計を取ってくるよ」
セミと俺が状況を理解できないまま声を掛けてきた女性、用務員のおばちゃんは校長室を出ようとしていた。
しかし、そのおばちゃんを波中せんせーが呼び止めた。
「天養松せんせ.....天養松さん一人でどこに行くんですか? 何か御用でしたらついていきますよ」
校長室の扉の前で振り返った天養松というらしいおばちゃんが、心配ないと手を振り、再度前を向き直して扉を開けようとしたその時。ソファーに座っていた本井先輩が勢い良く立ち上がった。
「ちょうどよかった! アタシトイレ行きたかったのよ!」
本井先輩がそう言うと、名前は知らない女性の先生一人と二ヶ崎も一緒におばちゃんの方へと近づいて行った。
「私たちもいいですか? 皆でいれば安心ですよ」
女性の先生がそう声を掛けると本井先輩が不満そうな顔を見せながらも、仕方ないとおばちゃんを手で押しながら一緒に廊下へと出て行った。
おばちゃんはトイレに行くわけじゃなかったと思うんだけどな......
そんなことを考えながら、校長室に残った俺以外の男四人の顔を意味もなく見回していた。
セミ、平坂部長、波中せんせー、名前は知らない男の先生。男だけしかいない空間っていうのはどうも感情が高まるらしい。俺の横にいたセミが震えていたさっきまでとは異なり、少し興奮気味の声で俺に話しかけてきた。
「な、なぁ。俺らも砂時計もう一回見に行かね?」
「......は? なんでだよ」
「あのおばちゃんの感じ、なんかありそうだったじゃん」
「いやでもこんな状況だぞ、見に......行くに決まってんだろ」
確かにさっきのおばちゃんの反応には違和感があった。他の女性陣の勘違いのおかげで今はまだトイレにいると考えられる。つまり今、保健室まで走れば先回りできるのだ。
高まる好奇心を抑えることなく俺とセミは校長室を飛び出し、一目散に保健室へと向かった。
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