Refuse to fail 2
◇ ◇ ◇
あの日は雨だった。火を点けようとした俺たちにとっては最悪の豪雨だった。
それでも俺たちはなんとか火の消えない場所を探して、ようやく見つけた裏門近くにある屋根付きの焼却場で、約束通りユニフォームを跡形もなく燃やし始めた。
「こんな時間にこんな火デカくしたら俺たちバレるんじゃね? ぼろ負けした挙句、関係ないことで怒られるとか嫌だぞ。未場、バレたらお前が責任とれよ」
空が青藍色に染まっていく中、燃え上がる火をじっと見つめ続ける俺とは対照的に、俺の横で周りをキョロキョロ見ながら警戒しているセミが、俺の方に向かって周りの他の部員たちにもなんとか聞こえるくらいの声量で囁いてきた。
「この時間は毎週用務員のじいちゃんがここでいろいろ燃やしているから大丈夫だ。誰も生徒が燃やしてるなんて疑ったりしないし、そもそもこの火は俺たちが来る前からここでずっと燃え続けてただろ」
たまたま燃えている火の近くにいたなんて言っておけば、教員も誰一人疑ってこないだろう。しかも雨が降っていたんだから、暖を取っていたという更なる言い訳が生み出せる。
こんな大所帯じゃなければそれで済んだだろうが、今は大所帯で一緒に燃やす必要があった。誰かが燃やしてなかったということが無いように。
俺の言葉に納得したセミが周りを警戒するのを止め、黙って燃えている火の方に目を向けた頃には、ユニフォームのほとんどが黒い灰となり、もう原型は全く残っていなかった。
もう少しで完全に燃え尽きる......というところで、様々な思いを胸に火をじっと見続けていた俺たちの静寂を、一人の大人の声が切り裂いた。
「はぁ。はぁ。今日はやたらとゴミが多いなぁ。生徒たちも自分が出したごみは少しくらい持って帰ってくれないと」
用務員の声だった。その声を聞いた瞬間、俺たちはすぐにその場から裏門へ走り出し、ユニフォームの最期の瞬間を見ることなく、学校を後にした。
後日、焼却場の近くをこっそり通って帰宅した他の部員によると、用務員のじいちゃんは直前に俺たちがいたことには全く気が付いていなかったらしい。
あのユニフォームを燃やすことが正解だったのか、それとも燃やさずに悔しさの思い出として残しておくべきだったのか、正解は俺にはわからなかった。俺に分からないんだから他の誰かが分かる訳が無い。
それでも、この記憶を鮮明に覚えているのは......
◇ ◇ ◇
「うわ! 臭っせ!」
どれだけ嗅いでも毎回100%のリアクションをしてしまうその匂いで、俺は我に返った。
「おいセミ! なんで高校生にもなって練習着をバッグに直入れしてんだよ! なんで高校生にもなってこんなこと言わなきゃならないんだ!」
波中せんせーと共に、失神したセミの付き添いで二人分の荷物を背負って保健室にやってきた俺は、セミのバッグから香る、制汗剤の良い意味で懐かしい匂いによっていつの間にか、過去を回想していたらしい。
そして、悪い意味で懐かしい匂いによって現実に引き戻された。
俺が怒鳴りつけると、ついさっき意識を取り戻したセミがベッドに寝たまま、「男の勲章よ......」なんて言ってきた。
こんな疲れている時にこんな仕打ちたまったもんじゃないと、俺が息を大きく吸った瞬間、ベッドに腰掛けていた波中せんせーが笑いながら話し始めた。
「男の勲章ってのは間違ってないよね。この臭さすら青春なんだよ。考えてみてくれよ未場君、男が臭いのって当たり前というか、まぁ納得できるけどさ、女の子が臭いのは納得できないだろ? 女の子は誰だってお花の匂いがするものじゃないか」
何言ってるんだこの人。誰だって等しく、臭くない方が良いだろ。
「何言ってるんすか波中せんせ。気持ち悪いっすよ」
「僕も男だからね。そういう一面も持ち合わせているに決まってるんだよ。この話はこの三人だけの秘密だよ」
波中せんせーは自分の口元に人差し指を当てて、俺たちにウインクしてきた。
俺たちの知る波中せんせーの理想像が崩れた気がして、無意識のうちにセミの脛を殴っていた。
「いってぇ!」
「いっ!?」
セミは声を上げ、脛を押さえて痛がっていたが、もう一人の声をあげた人物、波中せんせーは股間を両手で守るように押さえていた。
「波中せんせ? なんで股間握りしめてるんですか」
俺が聞くと、波中せんせーは平然を装うように笑顔でこっちに話し始めたが。体は小刻みに震えていた。
「さっきのあの感覚が残っててね......他人が痛がるところを見てもまだ少しゾッとしちゃうんだよ......」
はて、さっきとは何の事を言っているのかわからないが、波中せんせーも苦労しているのだろうと結論付けて、校長室に戻ろうと俺は保健室の扉へ向かった。
一度瞬きをして、扉の引手に手を掛け、扉についた小さな窓から暗闇のはずの廊下を見ると、そこにはあいつがいた。
燃やしたはずのユニフォームを着たあいつが。
顔は暗闇で見えなかったが、あの服は間違いなく俺たちの代の三中のユニフォームだ。
俺が勢いよく扉を開けて廊下に出ると、あいつはいなくなっていた。
「どうしたんだい未場君? 勢いよく扉を開けて。壊したら弁償になっちゃうよ?」
波中せんせーの声に振り返ると、二人とも俺の方を見ていたが、なにも変わった様子はない。
やはりあいつは俺だけに見えていたらしい。
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