帰る場所 4
無意識のうちに自分の知っている物・情報に親近感を感じ、引き寄せられることを、既知性バイアスというらしいが、なんて便利な言葉だろうか。
既知性バイアスによって、俺は無意識のうちに校舎の中に入っていた。
時刻は10時半を過ぎた頃、当たり前に校舎の中は真っ暗のはずで、それでも俺は引き寄せられてしまった。家路を辿っていたのになぜか家に帰りつけず、気付けば知らないところまで歩いて来ていた。16歳の高校生男子という一般的に一番強がりたい時期にあたる俺でも、不安と恐怖にやられていたのだからこれは仕方ない。
「仕方ないと思いながら入ったけど......入ったの間違いだったかもな」
疲れているのもあり、どこか休める場所を......と考えながらいい感じの部屋を探していた俺は、校長室の前で人生最大の恐怖を感じ、固まってしまった。
駐車場に車が止まっていなかったのになぜか明かりの点いている校長室。しかもその中から物音が聞こえてきたのだ。怖い。
「もし泥棒とかだったらどうしよう。俺疲れてるから勝てないぞ」
疲れていなければ勝てるというわけでもないのに、俺は言い訳を先出ししながら校長室の方へそろりそろりと歩を進めた。
そうして俺が扉の前にたどり着いた瞬間、突然扉が開いた。
あまりの恐怖に俺は、扉の先を見ることなく自衛のために足を前に蹴り上げた。
そしてその足は確実に何かに当たっていることを感じ取ったが、同時に何故か俺の下半身は小刻みに震えた。
「あ......あ......おぅ......」
男の弱弱しい声が聞こえ、扉の方を見ると、腰を少し曲げたの男がわずかに震えながらも固まっていた。
おそらく俺が蹴ったのはこの男の股間だ。俺の方も少し震えていたのは、多分それを無意識に感じ取っていたからだ。
「...して......下ろして......その足下ろして......」
はじめは視界全体に広がる一面の光に目が明順応しておらず、その顔ははっきりと見えていなかったが、声を聞いたことで目の前の男が誰なのか理解した。
「波中せんせー!? すっ、すみません!」
言いながら足をすぐに下ろすと、波中せんせーは下っ腹を手で抑えながらその場にうずくまった。
目の前にうずくまっている波中せんせーとは、俺とセミのいるクラス、1年5組の担任で、年齢が26歳とかなり若く、親しみやすいため男女問わず学校中で絶大な人気を誇っている物理専門の教師だ。
「波中せんせー......大丈夫ですか......」
「.......うっ......」
俺の呼びかけに反応することもできないほど波中せんせーは苦しんでいるようだ。まぁ、あんな威力で蹴られたら多分俺死んでるしな......
「いくら驚いたからって股間を蹴り上げるのはやり過ぎだ」
うずくまる波中せんせーを未だに下半身を震えさせたまま見ていると、聞き覚えのあるクソ真面目な声が校長室の中から聞こえてきた。
校長室の中を見ると、声の主である平坂部長、マネージャーの二ヶ崎、俺と同じように下半身をブルブルさせながら波中せんせーを見ているセミ、あともう一人サッカー部マネージャーの二年生女子と、この学校の用務員のおばちゃん、見たことあるけど名前は知らないこの学校の先生二人がいた。
「いや泥棒だった場合一番効果的じゃ......じゃなくて! なんで部長たちいるんですか!」
俺の問いに対して、中にいる皆が一斉に口を開こうとしたが、平坂部長が手でそれを制止し、代表して答え始めた。
「これを説明するのはもう何回目かわからないが、ここにいる俺を含めた皆は、そこの波中先生も含めて、皆......帰れなかったんだ」
「えっ!? 皆も?」
「その言い方......お前もか。俺たちも気付いたらこの学校の近くにいて、仕方なく入ってきたんだ」
この状況に陥っているのが自分だけではないという安心と、この状況が偶発的なものではなく意図的なものであるという恐怖で、俺は無意識にまた足を前に振っていた。
「......うぅ......いてっ」
足が波中せんせーにヒットしていることには気付かなかった。
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