帰る場所 2
「辞めれねぇってのがキツイよな」
隣の台でメダルゲームをしていたセミが、ちょうど俺に届くくらいの声量で呟いた。
俺たちは部活後、着替えてすぐに帰宅。......ではなく学校の近所のゲームセンターに寄ってメダルゲームをしながら雑談していた。
「まあグラウンド抜け出して雑談しててもバレなきゃいいんだから、まだ良い方だろ。しかも......お、ラッキー! 17枚の奴倒したぞ!」
セミが排出口から出てくるメダルにこっそり手を伸ばして盗ろうとするのを体でガードしながら、俺は続けた。
「しかもどうせ俺らは金ないんだから、水飲み場も校内にあるし下校時間までは居座れる学校にいる方が良いだろ。部活動生なら少しくらい時間オーバーしてもそれなりに言い訳はできるしな。ってかお前空のメダル入れいつまで持ってんだ。早く返して来いよ」
ガードし続けるのも疲れたのでセミの頭を引っ叩くと、セミは手を引っ込めて立ち上がり、諦めた顔で受け付けの方へと歩いて行った。
「アイツ何で毎回メダルが一枚も残らないんだ? 長いこと一緒にいるのにアイツがメダル預けに行くの見たことないな。......あ、この音は」
横で見続けてきた友人として、セミの天性のメダルゲームスキルの無さを憂いていると、聞き覚えのある音楽が流れ始めた。
「蛍の光」だ。閉店時間が近い。
俺たちはいつも閉店時間まで居座り続けるので、この音楽を聴いて自然と帰る気持ちができていたが、わずかな違和感も感じていた。
「あれ、体感だとあと一時間くらいあるはずなんだけどな」
俺たちが部活終わりにここに来るのが午後7時半頃。ゲームセンターの閉店時間は午後10時。
午後10時にここを出て解散する流れが俺たちのルーティーンになっていたからこそ、今日の閉店時間がやけに早く感じられた。
「時間変わるならアナウンスくらいしろよな。俺たち以外にもこの時間帯の常連はいるんだぞ」
愚痴をこぼしながら自分のメダルを預けるために受付の方へ向かおうと立ち上がった瞬間、俺は大きな違和感を感じた。
受付の方を向いた俺の視界に映る、顔は見えないがおそらく同年代くらいのスポーツのユニフォームを着た中高生の存在であった。
「あれって......三中のユニだよな? ......なんでだ?」
視界に映る中高生の着ているユニフォームは、俺とセミが通っていた市立遡田第三中学校のサッカー部のユニフォームであった。
それも俺とセミの代が着ていた柄のやつだった。
「おーい。もう閉まるぞ。未場早く預けて来いよ。あ、お前メダルが有り余るほど残ってるのを俺に自慢したいのか?」
信じられないその存在に戸惑う俺の右からセミが歩いてきた。手が少し濡れているのを見るに、トイレに行っていたのだろう。
「メダルで自慢なんてちっちゃい男だなおま」
「セミ。あそこにいる人、三中のユニ着てないか?」
セミが何か言いかけたが、無視して俺の感じる違和感の方を向かせた。
「え、何? 三中のユニ? お前何言ってんだよあれはもう残ってないだろ。っていうかあそこにいる人って従業員さんじゃん」
「は? お前目いかれてんのか? あそこの中高生くらいの......あれ」
そんな人は見えないと言い張るセミを一度睨み、もう一度自分が指差す方を見ると、そこには閉店作業を行う従業員しかいなかった。
「お前疲れてんの? あ、昨日オールしたんだろ。部活の時も変にガチ目な回答してたし、疲れてんだよお前」
三中のユニを着ていた人物を探そうと周りを見回す俺を、何も見えないらしいセミが「疲れてんなら早く預けて解散するぞ」と言いながら受付の方へと押してくる。
「疲れてねぇよ。おい押すな、さっきの中高生探してんだよ」
セミに抵抗しようとする俺のもとに誰かが近づいて来ているのが視界の端に映る。
まさか自分が探している対象かと思い、すぐに俺がその人物の方を向くと、
「閉店時間になります。残ったメダルはお預けください」
ニッコリとした営業スマイルの従業員さんに声を掛けられた。
結局俺の抵抗も虚しく、強制的に受付の方に連行されてしまい、さっき見た三中のユニの人物を見つけることはできないまま、俺たちはゲームセンターから出てきた。
出た直後にセミが頭の後ろで手を組みながら、
「三中のユニ着てる奴がいたら怖いだろ。あれみんなで処分したの覚えてるだろ?」
と確認してきた。
「まぁ。俺が主導して処分したからな......」
俺らの代は、三中のサッカー部ユニフォームを卒部後すぐに処分した。
処分した理由、当時の感情を思い出す気はないが、処分されたはずのユニフォームが残っているのはどうにもおかしい。
「やっぱお前疲れてんぜ。さっさと帰れよ。じゃあまた明日な」
「あぁ......俺も帰る。また明日」
俺が違和感に悩んでいることを気にも留めず、セミはさっさと解散していった。
最初は違和感をハッキリさせたいと思っていたが、辺りも街灯の光を残して闇に覆われているので、自分でも「疲れている」と結論付けて、家路を辿り始めた。
そして、俺がその路の終着点に到達することはなかった。
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