第1章 プロローグ 第7話 修羅道の主・阿修羅王
阿修羅王と一口に言っても、実は4人いる。婆稚阿修羅王、佉羅騫馱阿修羅王、毘摩質多羅阿修羅王、羅睺阿修羅王の4人だ。修羅界は彼らによって4分割され、絶える事の無い戦が繰り広げられていた。
その4人の阿修羅王のうち、帝釈天の妻となった舎脂の父は、 毘摩質多羅阿修羅王である。
インドに於いては、アスラ神族ダーナヴァ族を率いる王で、プローマンと言う名で知られている。
忉利天に住まう天帝・帝釈天と誼を結ぶ為に、舎脂との政略結婚を望んだ。
帝釈天は女癖が悪く、特に人妻には目が無くて、数多くの逸話が存在する。そんな帝釈天に嫁がせるのには不安があったが、娘が喜んだので安心していた。実はこの婚姻は、娘自身が望んだものでもあったのだ。
この婚姻に帝釈天も初めは乗り気では無かったが、阿修羅王の娘が美しいとの評判を聞いて興味が湧いた。
偶然にも舎脂が水浴びしている所を目撃し、余りの美しさに我を忘れてその場で舎脂を犯した。そして連れ去って、凌辱を繰り返した。
実は舎脂は、その見た目の美しさとは裏腹に、素手で阿修羅王を負かした事もある女傑であり、短気で気が荒い。
そんな舎脂が大人しく帝釈天に犯されたのは、本性を知られれば破談になる事を恐れたからである。既成事実を作ってしまえば、帝釈天に男としての責任を追求出来るからだ。
事実、帝釈天は舎脂を攫って、そのまま妻にした。思えば水浴びに出会すなど、余りにも出来すぎている。初めから舎脂の策だったと考えると自然だ。
毘摩質多羅阿修羅王は激怒し、攫われた娘を取り戻す為に挙兵した。
帝釈天は、配下の四天王や三十三天を引き連れて迎え討った。中でも毘沙門天の強さは阿修羅王にも引けを取らず、戦況は優位に運んでいた。
援軍としてやって来ていた阿弥陀如来軍の孔雀明妃によって糧道が断たれたからだ。
しかし阿修羅王は、全兵力を一点に集中させて逆撃に出た。絶え間なく戦い続ける修羅の軍勢は、天界に於いても屈指の強兵だ。遂に帝釈天軍は、押され始めて撤退した。
帝釈天はこの危機に、梵天に取りなしを頼んだ。だが阿修羅王は許さず、決着をつける事にこだわった。
後に仏教では、戦い始めた理由は阿修羅にこそ正義があったが、固執し過ぎる正義は正義では無く、相手を赦す慈悲の心を失えばそれはもはや正義では無いと説く。
追撃する阿修羅軍は、帝釈天軍を壊滅寸前まで追い込んだ。帝釈天は退却していると、蟻の行列を踏みそうになってその場に踏み止まった。
それを見た阿修羅王は、潰走している帝釈天が踏み止まったのは、援軍が来たからに違いないと思い込んで退却した。
帝釈天は千載一遇の機会と、背を向けた阿修羅軍に襲いかかった。調停していた梵天軍や、他にも援軍として現れた阿弥陀如来軍に挟撃され敗走し、阿修羅王は捕らえられた。
舎脂の懇願により阿修羅王は処刑を免れ、釈迦如来の説得によって仏法の守護者として修行する約束で解放された。
「うおぉぉぉ!!」
思わず握り締めた拳は空を切った。辺りを見回すと、まだ薄暗かった。
「はぁ、はぁ、はぁ…夢か…」
一体何度、同じ夢を繰り返し見た事だろうか。額にかいた汗が、頬を伝って顎から滴り落ちた。
日頃あまりテレビを見ないのだが、昨晩偶然点いていた「霊能力者vs.科学者」と言うスペシャル番組に出ていた霊能力者の顔を見た時、全身の血が泡立った。理由は分からないが、言いようの無い怒りが心の底から湧いて来た。
「俺は…この女を知っている…」
何処で会ったのか分からない。何故こんなにも、あの女の顔を見て憎悪が湧き起こるのか分からない。きっと前世からの因縁に違いないと思った。
理由は無いが、この女に近いうちに会える予感がした。自分でも、会って何がしたいのか分からなかった。憎しみに捉われて、危害を加えたいのだろうか?会った時に答えが出るだろうと思い、目を閉じて二度寝した。




