第1章 プロローグ 第3話 陀羅尼・孔雀明妃
孔雀明妃は、孔雀明王とか孔雀王の名でよく知られているが、彼女は女性の仏様なので、明妃と呼ぶのが正しい呼び方だろう。
彼女の容姿は色白で端正な顔立ちをしており、細い腰は胸やお尻を際立たせ、そのスタイルは世の女性達からの羨望の的で、いわゆる絶世の美女だった。
その容姿と相反して毒虫や毒蛇を喰らい、三毒である貪瞋痴の煩悩をも喰らって、仏道に成就させる功徳の持ち主とされる。
毒虫や毒蛇を喰らう為に、その体内は猛毒であり、絶世の美女である彼女を抱けば死に至る。その為に美女であるにも関わらず、彼女は伴侶が得られずに孤独であった。
西洋天界がルシフェルの叛乱によって混乱していた頃、東洋天界に於いても事件が起こった。
阿修羅王が天帝・帝釈天に対して戦争を仕掛けたのである。事の発端は、阿修羅王の娘である舎脂が帝釈天によって凌辱された事による。
阿修羅王は帝釈天と友好を結ぶ為に、娘を差し出して政略結婚をしようとしていた。その噂を聞き付けた帝釈天は、どんな女子か確かめる為に、舎脂の水浴びを覗いた。
帝釈天は、舎脂の余りの美しさに我慢出来なくなり、その場で舎脂を犯した。どうせ嫁になるのなら、今抱いても早いか遅いかの違いしか無いだろう、と言う自己中心的な考えによるものだった。
その思惑の中には、自分は天帝である。その自分に逆らえる者などこの世には居ない、と言う驕り昂ぶりもあったであろう。
嫁入り前の可愛い1人娘を穢され、阿修羅神族の王である自分の顔に泥を塗られて激怒した阿修羅王は、修羅の軍勢を率いて帝釈天に宣戦布告をして開戦したのだ。
この戦争は、東洋天界全てを巻き込む大戦争へと発展した。当初は復讐に燃える阿修羅軍が優位に立ち、四天王率いる神兵を蹴散らして忉利天(須弥山の頂上にあるとされる帝釈天の住む天界)へと迫った。
帝釈天は東洋天界が滅ぶ危機だと、梵天と阿弥陀如来に援軍を依頼した。
梵天は妻の弁財天、那羅延天と妻の吉祥天、大黒天と妻の大自在天妃と共に神兵を率いて阿修羅王の軍勢と戦った。
阿弥陀如来は、不動明王や大威徳明王、降三世明王に軍荼利明王、金剛夜叉明王ら五大明王達に神兵を率いさせて散開し、退路を断って突撃させた。
この時一軍を率いていた中に、孔雀明妃もいた。彼女は神兵を迂回させて、阿修羅軍の背後に回り込んで糧道を断った。
戦の要は、食糧である。腹が減っては戦はできぬものだ。糧道を断たれた阿修羅軍は、慌てて後方へと軍を回した。
そこへ孔雀明妃の伏兵に遭い、混乱している隙を突いて阿弥陀如来軍と梵天軍が突撃して来たのだ。
更には援軍によって、息を吹き返した帝釈天軍までが突撃して来た為に戦線を維持出来なくなり、阿修羅軍は潰走した。
舎脂の取りなしによって、阿修羅王は処刑こそ免れたものの、阿修羅神族は修羅界に幽閉される事となった。この戦の勝利の立役者は、孔雀明妃であった。
ガバッと布団ごと身体を起こして、辺りを見回した。汗で身体が濡れていたので、起き上がってシャワーを浴びた。
「またあの夢を見たのね…」
同じ夢を見る様になったのは、いつの日からだっただろうか。恐らく物心がついた頃には、既に見ていた覚えがある。
そして15歳の誕生日に、近所のお寺の前を通ると呼び掛けられた気がして立ち止まり、用事も無いのにお寺に入った。
少し古びていたけど、手入れが行き届いていた。御堂があり、中には阿弥陀如来像が鎮座していた。
「明妃よ、孔雀明妃よ…」
「孔雀明妃…?」
その名が、凄く懐かしく感じた。そして聴こえるはずの無い声が、阿弥陀如来像からハッキリと聴こえたのだ。
「お前と同じく、阿修羅王も転生している。気を付けるのだ…」
「待って!孔雀明妃って?阿修羅王って何なの?何に気を付けるのよ!?」
しかし、それっきり声が聴こえる事は無かった。
「ぷっ…、アハハハ…。いくらお寺だからって幻聴まで聴こえるなんてね。アハハハ」
幻聴だと思うと、急に怖くなって来た。お寺に、気味の悪い気配が漂っている感じがしたのだ。後ろを振り返る事なく、全力で走って帰宅した。
「キャア!!」
すると、家の周りに得体の知れない生き物が、ウヨウヨといたのだ。いや、生き物でさえ無いだろう。お化け?幽霊?妖怪?魑魅魍魎の類いが漂っており、私が近寄ると一定の距離を保って離れた。
どうやら彼らは話せないのか話し掛けて来ず、私を害する事は無さそうなので、見えているけど見えないフリをした。目を合わせると、取り憑かれるとか聞いた事があるからだ。
「オン・マユラ・キランデイ・ソワカ」
ふいに口をついて出た呪文の様な言葉を発すると、目の前にいた魑魅魍魎が一瞬で消えた。いや、昇天したと言った方が良いだろう。消える瞬間に目が合うと、それは喜びの色を見せた。なるほど恐らく彼らは、私に成仏させて欲しいのだろう。
私は真言を唱えて彼らを成仏させると、何処からか情報が漏れたのかTV局がやって来て取材をされた。私の力を信じない教授と、TVで対決すると言う番組にオファーされた。
私は嫌だったけど、ゲストにSweet StarsのMizukiちゃんが出演すると聞いて、二言返事で承諾した。私の1番の推しが、Mizukiちゃんだからだ。
番組出演当日、私は緊張しながら推しの楽屋挨拶をした。ノックをして楽屋のドアを開けると、そこには憧れの推しがいた。
まだ14歳、私の1つ歳下なだけの推しの可愛らしい事。推しは143㎝で、161㎝ある私よりも18㎝も背が低い。背が低いから可愛いらしく見えるだけで無く、整った顔立ちは美しかった。
「お人形さんみたい」
思わず心の声を口にした。すると急に無礼な発言をしたと思い畏れて、腰が抜けた様にその場にへたり込んだ。
「大丈夫ですか?」
Mizukiちゃんに手を差し伸べられると、畏れ多くてお辞儀をして楽屋を出た。
「はぁ、はぁ、はぁ…。胸の動悸と手の震えが止まらない。憧れの推しだから緊張しているのかと思った。でも違う。これは…怯えてる。私が…!?私は、私は…Mizukiちゃんを…知って…いる…」
今世では無い。前世の自分の記憶だろう。どの様な因縁があるのか分からないけど、Mizukiちゃんが怖い訳でも無い。この気持ちが一体何なんだろうかと、思い悩んだ。
「はい。本番入りま~す!」
私は慌ててスタジオに入った。