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第1章 プロローグ 第2話 大天使ミカエル

「あんっ、あん、あん…嗚呼、兄様ぁ~」


「くっ…イクっ、イクぞ。イク、イク、イク…うっ!」


 兄様(ルシフェル)は私を抱いて満足すると、いつもの様に頭を撫でながら、耳元で愛を(ささや)いてはくれなかった。代わりに、神妙な表情をして話し始めた。


諫言(かんげん)を聞いては頂けなかったよ…」


 兄様(ルシフェル)の声のトーンは低く、ひどく落胆しているのが分かった。重苦しい沈黙が続き、私はやっとの事で絞り出した声で尋ねた。


「これからどうするの?」


「…もう一度だけ直言してみるよ」


「どうしてそこまで…」


 言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。どうしてなのか理由は分かっている。(しゅ)唯一神(ヤハウェ)の事)の1人娘であるアナトと私たち兄妹は、本当の兄妹の様に育った。

 (しゅ)が言うには、(しゅ)と私達の両親とは兄弟であり、つまり私達とアナトは従妹(いとこ)の関係に当たる。アナトは兄様(ルシフェル)を敬慕して付き(まと)い、私はそれに嫉妬していた。

 アナトは(しゅ)土塊(つちくれ)から創り出した人間を愛し、(しゅ)によって天界を追放されると後を追って地上に降りた。ようやく邪魔者がいなくなった私は、兄様(ルシフェル)に愛の告白をして結ばれた。

 兄様(ルシフェル)に身体を求められる度に幸せを感じていたが、兄様(ルシフェル)は私をアナトの代わりに抱いていたのだ。それを知った時の私の絶望と、アナトに対する激しい憎悪が分かるだろうか。


 (しゅ)(おご)(たかぶ)る人類に鉄槌(てっつい)を下し、バビロンの塔ごと崩壊させた。それだけでは足りないと、7日7晩大洪水を起こして一度地上を滅ぼすと宣言をした。

 兄様(ルシフェル)はそれに反発し(しゅ)の娘アナトが地上にいる事を理由に、(おそ)れ多くも(しゅ)(いさ)め様としたのだ。その結果は先に兄様(ルシフェル)が述べた通りだ。


「大変よ、ミカエル!」


 同僚であり親友でもあるガブリエルが、部屋に飛び込んで来るなり叫んだ。


「一体、どうしたの?そんなに慌てて」


 だが私はガブリエルからの報せを聞くと青ざめて、靴を()く事も忘れて裸足で駆け出していた。

 人混みを分けて押し入って広場に到着すると、まさに刑が執行される瞬間であったのだ。


「嫌あぁぁ、ダメよ!兄様ぁぁぁ!!」


 私の絶叫は(むな)しく木霊(こだま)し、手足に(かせ)をされて罪人の扱いを受ける兄様(ルシフェル)の姿が見えた。


「すまない、ミカエル…。(しゅ)よ!俺は必ず戻って来るぞ!待ってろ!!必ずだ、かな…」


 その瞬間、兄様の足元の(ゲート)が開くと、闇の底へと堕ちて行った。私は(ひど)く取り乱して、泣き叫んだ。

 それから私は、(しゅ)兄様(ルシフェル)(ゆる)しを()う為に(ひざまず)いた。10日も(ひざまず)くと、(しゅ)も根負けしたのか私を迎え入れてくれた。


「兄の為に何でもすると?」


 (しゅ)は私の身体を所望され、兄様(ルシフェル)を救う事しか考えられなくなっていた私は、その行為が兄様(ルシフェル)を裏切る事になると、正しい判断が出来なくなっていた。

 私は何度も(しゅ)に抱かれ、そのうちになぜ(しゅ)に抱かれているのか分からなくなった。(しゅ)にはアシェラと言う妻がいたが、(しゅ)との肉体関係は兄様(ルシフェル)だけでなく、彼女(アシェラ)をも裏切る行為だった。

 ある日、不倫が彼女にバレてしまい、私は慌てて服を着てその場から逃げ出した。


「よくも叔母の私を裏切れたわね?」


 嫉妬と憎悪に満ちた彼女(アシェラ)の目を見ると、私は自分が誰なのかすら分からなくなった。


「お前には、愛する者と殺し合う罰を与えてやろう」


 自分が自分で無くなる感覚の中、思い出していた。叔母(アシェラ)には、超強力催眠(ヒュブノ)と言う回避不能の能力(スキル)があった事を。超強力催眠(ヒュブノ)は、相手を意のままに操る能力(スキル)だ。



大天使長(ルシフェル)様が堕天(フォールダウン)され、闇の軍勢を率いて攻めて来るそうよ」


 ガブリエルにそう聞かされても私は眉一つ動じる事なく、悪魔(ルシフェル)の討伐には自分が出陣する事になるだろうと推測した。

 推測通り、私は悪魔(ルシフェル)討伐の総大将に任命された。大天使長に昇格した私は、この天界に()いて主に次ぐNo.2の地位に君臨する事になった。




大天使長(ルシフェル)、今ならまだ引き戻せますぞ!」


 かつての上司であるルシフェルを、神兵達が(いさ)めた。


「もう遅い。今さら引き返す事など出来ぬ。むざむざと、可愛い従妹(アナト)を死なせてたまるか!(ヤハウェ)を倒し俺が天界を()べ、従妹(アナト)を救う!」


(しゅ)を倒すなど恐れ多い。アナト様は残念でしたが、もう決まった事です。それに(しゅ)に勝てるとでも?」


「やって見なくては分かるまい。今の俺は、大天使長ルシフェルでは無い。大魔王ルシファーだ!」


 ルシフェルは神兵達の目の前で堕天(フォールダウン)し、異形の姿へと変貌して行く。


「おおぉ…悪魔、悪魔ぞ!(しゅ)の敵たる悪魔の王を討ち取れぇ!」


 大魔王ルシファーとなったルシフェルの強さは、大天使長時代を彷彿(ほうふつ)とさせるものだった。

 かつて天界に()いて「光を掲げる者」「明けの明星」などと呼ばれ、最も美しいと言われた大天使長ルシフェルの面影はそこには無かった。


 神兵達は蹴散らされ、ルシファーの軍勢は主の下へと近付いた。


「ここから先へは、1歩も通さん!」


 そう言って立ち(ふさ)がったのは、大魔王ルシファーと同じ顔をした女だった。


「ミカエル、そこを退()け!お前を傷付けたくは無い」


「ふん、悪魔風情が聞いた風な事を抜かすな。進めるものなら進んで見ろ!」


 ミカエルは恐れる事なく、一直線にルシファー目掛けて突撃した。


「ミカエルに続け!」


 ガブリエルやラファエル、ウリエルらが兵を率いて突撃し、両軍入り乱れての混戦となった。

 私が悪魔の総大将に斬りかかったが、何故か相手は防戦一方で、反撃して来なかった。


「止めろ、止めてくれミカエル!」


 悪魔の王は何度も叫んでいたが、私は悪魔の言葉に耳を傾ける事は無かった。


(惑わされるな。殺せ!悪魔の王を殺せ!)


 頭の中に響く声が、私を(ふる)い立たせた。しかし、この悪魔の王と戦いたくない自分が心の奥底にいて、なんとも不思議な感じがしていた。

 鋭い突きを繰り出すも受け流され、斬れば弾かれ、()ぎ払えば(かわ)された。それでも相手は反撃をせず、こちらの攻撃に対して防戦していたので、少しずつ斬り傷を与えた。


「くっ、待て!」


 こちらの隙を突いて悪魔の王に突破され、追い掛け様としたが悪魔の手下達に邪魔をされた。

 しかし直ぐに悪魔の王は(しゅ)の攻撃を受け、再び魔界へと()とされたみたいだった。それは、神兵達による勝利の雄叫びで伝わった。


(勝ったのか…)


 勝利して嬉しいはずなのに、涙が頬を(つた)っていた。


 主がルシファーを魔界に堕とした隙を突いて、主に攻撃をした者がいた。その者はルシファーと共に闇の軍勢を率い、ルシファーに対して対等以上に接する者であった。


「バァルよ、お前もか!?」


 その者の名はバァル・ゼブルと言い、唯一神(ヤハウェ)の長男にして妹であるアナトの夫でもあった。バァルは、ルシファーと共に(しゅ)(いさ)めて怒りを買い、魔界に()とされていた。

 そして、ルシファーと同じくアナトの為に、(しゅ)に対して反旗を(ひるがえ)して最終戦争(ハルマゲドン)に参戦していたのだ。

 自分の血を引くバァルの力が覚醒する事を恐れた(しゅ)は、その身体を2つに引き裂いて魔界に()とした。上半身は蝿に、下半身は蛙となった。この蝿こそが後の魔界の宰相たるベルゼブブであり、蛙の方もやはり魔王バェルとなった。




「兄様ぁぁぁ!」


 絶叫しながら起き上がり、ボンヤリとした頭が少しずつハッキリして来ると、またあの夢かと思った。

 物心が付いた頃から、繰り返し見る夢。夢と言うには余りにも生々し過ぎて、とても夢とは思えなかった。

 そして、それが夢では無かった事を思い出す事になったのは、私が15歳の誕生日を迎えてからだ。


「ミカエル様」


 それが自分に対して、呼び掛けられた言葉だと言う事を理解するには時間がかかった。何故なら、声が発されたのは有り得ない方向だったからだ。

 登校中に、首を斜め上に傾けて目線を上げて空を見ると、そこには羽の生えた人間が宙に浮かんでいた。


「天使!?」


 宗教関係の書物や、歴史の教科書や絵画の授業くらいでしか見た事が無い天使が目の前にいる。まるで夢が幻を見ている様で、現実だと思えなかった。


「ああ、私はまだ夢の中にいるのだ」


 そう口に出したものの、ちゃんと朝起きて顔を洗い、朝食を食べて歯を磨いて着替えたはずだ。あれが夢だったのか?否。現実だ。


「あなたは、大天使長ミカエルの転生したお姿です。記憶と能力(スキル)が戻る15の生誕まで見守っておりました」


「私がミカエルの生まれ変わりだって言うの?」


 目の前にいる天使が両手を広げると、私は光に包まれた。穏やかで温かい光。目を閉じると、膨大な量の記憶の波が押し寄せて来た。


「はぁ、はぁ、はぁ…。思い出した…全て…」


 私は悪魔の王が人間に転生したと聞いて、この手で殺す為に同じく転生したのだ。魔界もそうだが、天界も(ゲート)を抜け無ければ地上には来れない。

 しかし強力な結界が(ほどこ)されている為、神力の無い人間に転生する必要があったのだ。悪魔の王も同じ理由だろう。共に人間に受肉した身だ。目覚めた能力(スキル)を使い、今度こそ息の根を止めて見せると固く心に誓った。

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