放浪者の邂逅
星々の寿命は短い。文明の寿命もしかり。
だだ、時折、星と共に滅びなかった文明がある。極度に発達した文明は、母星を失って星の海を彷徨う。
それはあてのない漂流。宇宙の暗闇への絶え間ない転落である。
宇宙には、新たな故郷を求める旅人が行き交っている。
「こちらは、貴船前方、4光年を航行する宇宙船、ケプラーⅡである。この通信が聴こえたら返信願いたい」
「ケプラーⅡ、こちらは宇宙船ボイジャー。聴こえている」
広い宇宙では、ごく稀に放浪者同士が通信可能な距離まで接近することがある。
そういった場合、通信が交わされるのが常である。
恒星間航行が可能な技術水準では翻訳の問題は解決されているため、異なる星系由来の文明間の意思疎通もスムーズに行われる。
「ケプラーⅡよりボイジャー、本船の所有する宙域データを共有する代わりに、貴船のデータを共有されたい」
目当ては相互の探索データだ。相手が辿ってきた道に自らの種族の生存に適した星系があるかもしれない。その淡い期待が放浪者同士を交信へ促す。
「ボイジャーよりケプラーⅡ、データ共有、了承した。………データを送信した。確認してくれ」
「ケプラーⅡよりボイジャー、データを確認した。感謝する。こちらも送付した」
「ボイジャーよりケプラーⅡ、データに感謝する」
「ケプラーⅡよりボイジャー、貴船の航海の無事を祈る」
「ボイジャーよりケプラーⅡ、ありがとう。お互いの幸運を」
星の海をゆく文明は極致に達している。だから異文明との交流に意味はない。
交流しても探索データ以上のものは得られない事が了解されているから、数百年、数千年に一度あるかないかの邂逅は数分で済まされる。
そのはずだった。
「ボイジャーよりケプラーⅡ……のオペレーター。もし暇なら少し話さないか?貴船に変針・増速の予定が無ければ、我々はあと3時間は交信可能だ」
「ケプラーⅡの当直、ハルナだ。ボイジャーのオペレーター、本船はこのまま航行予定」
「ボイジャーのラクスマンだ。ケプラーⅡのハルナ、短い間だがよろしく」
ラクスマンとハルナは、それぞれの母星について語る。懐かしい故郷の話を。
「ハルナ、僕の母星は水に満ちた青い青い美しい星だったんだ。宇宙広しと言えど、あれほど美しい星はまたとない」
「ラクスマン、青い水の惑星か。それはさぞや美しかったことだろう」
「ハルナ、僕は思うよ。何で僕たちはあの星と一緒に滅びなかったのかって。僕らは恒星間航行なんてできなくたってあの星で生き、あの星で死ねたら十分幸せだったんじゃないかって」
「ラクスマン、私も同感だ。結局、宇宙を旅して私たちが発見したのは、母星がかけがえの無い星だったって事実だけだ」
「そうだね、ハルナ。結局、僕たちは第二の故郷を見つけることができなかった」
その言葉に、ハルナはある予感めいた確信に突き当たる。
「ひょっとしてラクスマン、君も最後の一人なのか?」
身体の寿命は無限に引き伸ばせる。精神も定期的な記憶消去を行えばどこまでも維持できる。けれども、魂の摩耗だけは科学ではどうにもならない。生殖を繰り返し、種の寿命が尽きた後、最後の一人の魂が擦り切れた場所が旅の終わり。そういう定めなのだ。
「ということは、ハルナもか。奇遇だね。僕たちはお互いの種族の最後の一人という訳だ」
「宇宙ではこういうこともあるのだな、ラクスマン」
「これが、科学では解明できない宇宙の神秘って奴だね、ハルナ」
広い宇宙で放浪者同士が出会う。しかもお互いが最後の一人。そんな偶然はあっても第二の母星に巡り合う事はない。
二人の放浪者は、しばし、残酷で美しい宇宙の闇を目に焼き付けていた。
「———あの、もし賛同して貰えれば……」
「———もしその気があればなのだが……」
二人がその事を口にしたのは殆ど同時であった。
※※※
二隻の超惑星級重宇宙船は、お互いがお互いの引力に引かれ合うようにして亜光速で衝突コースに乗った。お互いがお互いへ落ちてゆく。
「さようなら、ハルナ」
「さようなら、ラクスマン」
衝突。
それは二つの文明、二つの種族の長い長い旅の果て。
母星に後れること数百万年の結末であった。
宇宙船は全壊し、巨大な質量は熱と光に変換される。
宇宙船の残骸が自重と運動エネルギーとで核融合反応を生じたのである。
文明は終わり恒星が産声を上げた。
その光は宇宙の暗闇の中で熱く燦然と輝く。
恒星の周囲を周回するガスとデブリは長い年月をかけて惑星を成すだろう。その3番目の惑星はいつしか水を湛え、生命に満ちた青い星となる事だろう。
その星の生命と文明がどのような最期を迎えるかは、まだ分からない。