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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夫は鉱山の魔物なので、重婚はお断りします、皇帝陛下!!

作者: 家具付

タイトルは明るい感じですが、話は割と暗いです。ご注意ください。ある意味バッドエンド?

「わたしの、花嫁」


「オルガ、それ以上しゃべっちゃだめよ! 傷が」


この大陸の半分を支配する男、レオンハルトは目の前の光景を理解しがたかった。

彼の目の前には、彼が切り捨てた魔鉱山の魔物の中でも、指折りの能力を持っていたのだろう角もちが倒れ伏している。

大きく袈裟懸けに切り、体を真っ二つにしたというのに、その魔物はいまだ言葉を口にしている。

その魔物は体の大きな魔物であり、鉱山の中を自在に動き回る特異能力を持っている様子で、なかなか皇帝レオンハルトも苦戦したのだ。

だが一度弱点を見つければ早いもので、戦いの時間はあっという間に終わったのだ。

これで魔鉱山は、魔物の脅威におびえる事もなく、人間の自由に、魔力を付与できる唯一の鉱物、神鉱石をとる事が可能になったはずなのである。

少なくとも調査報告によればそう言う事になっており、レオンハルトは彼の支配する土地の中でも、いまだに魔物の顔色を窺わなければ、貴重な鉱石を採掘できない事が許しがたく、こうして直々に討伐に来たのだ。

事実、魔物が支配する鉱山に入る事を、この土地に長く暮らす採掘の町の町長は止めてきた。

身分を隠し、それなりの家柄の騎士という事にした皇帝レオンハルトに、危ないのだ、危険なのだ、あの鉱山は選ばれた人間しか入れないのだ、と説得にかかった。

それは善良な町長らしい言葉であり、魔物の討伐に来たと言っても、彼はなかなかうんと言わなかった。

だが、それでも人間の自由に神鉱石を採掘できない事は、今後も大きな街の損失になると説得した結果、町長は鉱山の出入り口の鍵を貸してくれたわけである。

さてそんなやり取りの後に、レオンハルトが部下たちに調べさせたところ、どうやらこの町の鉱山の中でも、神鉱石が採掘できる鉱山は一つだけで、そこに入り、無事に神鉱石をとって戻って来られるのは、その鉱山の魔物に捧げられた花嫁という立場の女性だけなのだという事も、彼は知る事になり、義憤にもかられたのだ。

魔物の花嫁などというものにされて、あわれな生き方を強いられている女性がいる事は、皇帝の支配する土地では許しがたい蛮行のように思われたのだ。

それゆえ急ぎ、装備を整えて魔鉱山に入り、そこの最終地点に座して、完全に油断していた角もちの魔物を、皇帝レオンハルトは切り捨てたわけである。

角もちは他の魔物とは一線を画した魔物という事は定説で、角が立派であるほど強大な力を持っているとされている。姿は千差万別、人間のような整った見た目の者もいれば、目の前の角もちのように、醜い姿をした者もいる。

このように醜く汚らわしい魔物が、国でも重要地点であるこの鉱山の地帯で、のさばっているなど言語道断、とレオンハルトは思っていたのだが。


「オルガ、ねえ、いやだよ、ねえ! オルガがいなくなっちゃったら、私はどうすればいいの? オルガがいない世界なんて、いらないよ!」


「……泣くな、花嫁」


目の前の角もちの魔物を真っ二つにしたそのすぐ後に、一人の女が息を切らせて走り込み、そしてレオンハルトなど目もくれずに、その角もちに駆け寄り、かろうじてつながっている角もちの手を握り、泣きじゃくっているのだ。


「あなたが助かるなら、泣くわ! 泣いて泣いて泣いて、涙が枯れても声が出なくなっても泣くわ! だから死なないで、私を置いていかないで!! おいていくのは私だって、オルガが言ったんじゃない!!」


魅了の力を持つ魔物でもないのに、女は魔物の死を否定しようとしたがっている。

だが、ついに。


「しあわせになれ、それだけを」


魔物は、魔物が取れる表情なのか、と思うほどやさし気な顔になり、そして目を閉じて……魔物が消滅する時独特の、霧になって消えていった。



「オルガ!!!!」


女は叫び、そしてレオンハルトの方を振り返った。

美しいとは言えない女だった。どこにでもいるような、平凡そうな女で、ただ目の色だけがきらきらと美しく、神鉱石のような輝きを、光源の乏しい鉱山の中で放っている。


「……あなたも、オルガの神鉱石を欲しがってここにやってきたの」


涙をこぼしながらも、レオンハルトを睨み付ける女は、そう口にした。


「そうだ。皇帝の支配する土地で、魔物がのさばる鉱山など許しがたい蛮行だからだ」


「もう無駄よ」


「何?」


「見なさい、このあたり一帯を」


「何を……!?」


レオンハルトは周囲を見回した。あまり気にしてはいなかったが、先ほどまではこの鉱山の最終地点だった洞窟の中は、驚くような大きさの、輝きは相当な神鉱石の断片が、埋め尽くしていたというのに、それらが漆黒に染まっていき、ついには何の変哲もない石くれに変わっていた。


「あなた達の大好きな神鉱石はね、オルガがいなくなったら、もうどこの鉱山でも採掘できなくなるの」


「なんだと?」


「神鉱石はね、オルガと私の愛で力を持つようになって、それを私が地上に持って行く事で、変質しないものに変わっていくものだったの。オルガがいないならもう、どんな魔物も、どんな王様も、神鉱石を新しく生み出す事は叶わないわ」


「魔物風情の力が、この大陸でも指折りの貴重な物である神鉱石の鍵を握っていただと? 嘘をつくな、小娘」


「じゃああなたの目の前で起きている、神鉱石だったものがただの石ころに変わっている状態をどう説明するの」


「貴様、先ほどから生意気な口ばかりたたきおって!」


レオンハルトは少し考えていたのだが、付き従っていた護衛騎士の一人が、激昂した調子で娘を怒鳴りつけたので、一言いった。


「お前がその石を採掘しても、もう無理なのか」


「無理よ」


女は確信でもあるのかはっきりとそう言った。

それを見やった後に、皇帝は一言こう言った。


「この女も帝都に連れて行く。少しは面白い活用方法がありそうだ」


皇帝は大変に見た目の整った男であり、目を奪われない人間など一人もいない生活を送っていた。

だというのに、この目の前の女は、一体どういう感覚なのか、レオンハルトの顔を見ても一切顔色も表情も変わらない。

それが面白く感じられたので、レオンハルトは護衛騎士達にそう命じて、更にこう言った。


「お前達、後でここに鉱山夫達を呼び、いくつか神鉱石だった石を採取させて、持ち帰れ」


「陛下?」


「この女の主張が正しいのか、帝都の学者たちに確かめさせる事にする」








「なるほどな」


魔物の花嫁だったのだろう、小娘を帝都に連れて行き、あの鉱山で採取した石を学者たちに調べさせたところ、レオンハルトは思っていた以上の情報を手に入れる事が出来た。


「つまり神鉱石としての魔力付与の力は、魔物の花嫁の祈りにより最大化し、最大化したものだけが市場に出回っていたと? そして石くれに変わっていた物も、あの小娘が祈りをささげたものだけは色味こそ悪いが、神鉱石としての力を宿すのだと?」


「はい。彼女が何に対して祈っているのかはわかりませんが……彼女の祈りがない物とある物を比較すると、祈りを捧げられた物は、色や形こそ、ただの石ころと同じですが、力は神鉱石のそれになっておりました」


レオンハルトはしばし考えた後に、学者たちを退室させ、彼の腹心の女部下を呼び寄せてこう言った。


「エリーゼ。私は結婚する事にした」


「なんとそれはおめでたい事でしょうか! 何処のお嬢様とでしょう、選ばれた女性はきっと、幸せを噛みしめる事でしょう」


「鉱山の町から連れてきた、あのみすぼらしい女だ」


「……え?」


「あの女を余所の国にとられる事は我慢ならない。そして、あの女を家臣の誰かの妻にする事も我慢ならない事にしかならん」


「……かしこまりました」


女部下のエリーゼは、頭を垂れて命令に従う姿勢をとり、退室していった。


「神鉱石を、他国にも我が国の貴族にも奪われるわけにはいかないからな」


皇帝レオンハルトはそう言って、自分の言った事が他人から聞こえると、大変な執着に聞える事も考えようとはせずに、執務に戻ったのだった。






皇帝が鉱山の町で花嫁を見出し、結婚するという話はあっという間に帝国内に広まり、下々の人間であるほど、運命の恋だ、真実の愛だともてはやし、評判は上々な物になっていた。

貴族達も、思惑は色々あったが、皇帝レオンハルトのたった一つの我儘が、最初の妻だけは自分の選んだ女性がいいという事だけなので、大目に見る事にして、後宮の支配者になるであろう第二の后に、自分達の娘が選ばれる事を目指し、暗躍する事になったのだった。


そしていよいよ結婚式当日である。この日までレオンハルトは、結婚する事で他国から奪われる事を回避しなければならない女と、一切会わなかった。会ったのは最後、鉱山での事で、その時よりはまともになっているだろうと彼は想像していたのである。

女は家族もおらず、孤児だったと報告書に上がっていた。

そして、町長の家に引き取られて、魔物の花嫁に選ばれて、その役割を全うしていたのだとか。

町長が神鉱石の仕組みを知っていたかはわからないが、レオンハルトを引き留めていたのは事実なので、この男を罰する事は出来ない。繰り返し、町長は

「魔鉱山に手を出してはなりません、そっとしておいてあげてください!!」

と泣きながら止めていたくらいなのだ。

何をそっとしておいてほしいのか、というのは、間違いなくあの角もちの魔物と魔物の花嫁の事だったのだろうが。きちんと言わないのもまた皇帝の前では罪である。町長の地位はさすがに没収であった。

レオンハルトは、神殿の関係者が連れて来る花嫁を、神殿の祭壇の前で待っていた。


「……」


扉が開き現れた花嫁は、純白の衣装に身を包み、痛々しいほど痩せた肩をむき出しに、うつむいて歩いていた。

両手に握りしめる花嫁のブーケが、小刻みに震えている。

だがそんな物は関係ない。皇帝が欲しいと言ったら、手に入らない女などいないのだ。


「では、婚礼の儀式を行います」


神官長が厳かな声でそう言い、祝いの言葉が唱えられていく。

そしていよいよ。


「では、新郎たる皇帝、レオンハルト・ロロンゾ・エルデルレンドル。あなたはこの者を妻として扱う事を誓いますか」


ここで皇帝に、数多の制約がかからないのは様式美である。皇帝が一人の女に人生を捧げる事はあってはならない事とされているからだ。


「誓います」


言葉だけならどんな言葉だって、政治のためなら唱えられる男は、余裕のある態度でそう言った。

そして、神官長が花嫁を見て言う。


「では、新婦たるファリーナ。あなたは健やかなるときも病める時も、いついかなる時も新郎の事を支え、夫として扱う事を誓いますか」


皇帝はそれにはいと答える女しか知らなかった。ここまで来て、何か言う人間はいない。

新婦は沈黙を保っている。緊張しているのかと誰もが思っていた。

皇帝の花嫁として表舞台に立たされた、訳ありの女性という事は貴族中に知れ渡っていたのだから。


「新婦?」


神官長が問いかけた、その時だ。


「冗談じゃないわ!! 私には夫がいるのよ!!! 夫を切り殺したくそ男なんかと、結婚するなんてありえない! 神殿は重婚を罪とするんでしょう!! これ以上私と夫を辱めるな!!」


怒鳴り声は神殿の祭壇に朗々と響き、見守る誰もの言葉を失わせる。

そして言葉を失い、動きの固まった誰もを無視して、女は花嫁のブーケを皇帝に投げつけると、そこからこぼれた粉が、皇帝を直撃した。


「ごほっ、ごほごほっ、げほっ!!」


皇帝はとても細かい粉を思い切り吸い込み、咳き込み、膝をつく。女はその瞬間を逃さず、一気に祭壇から扉に続く赤いじゅうたんを、走り出した。


「まて、女!!」


「陛下に何をした!!」


皇帝を助けようとする護衛騎士と、女に向って剣をふるおうと走る護衛騎士がいる。

女は走って走って走って……出入り口の扉に手を伸ばし、


「陛下を害するなど言語道断!! 何処の手のものか知らないが、死ぬがいい!!」


あと少しで外に出られる、という時に、背中から切られ、何段もある外の美しい階段を、血まみれになりながら転がり落ちて、そして。


「……オルガ、いまから、あなたの所に……」


と小さく呟き、目を閉じたのだった。




これが、皇帝レオンハルトの数少ない傷である。この時女が投げたブーケに入っていたのは、コショウの混ざった片栗粉だった事も明らかになり、女がとある貴族の令嬢に頼み込み、用意してもらったものだという事も分かった。

さすがにコショウと片栗粉を渡した事で、貴族令嬢を罪に問わせるわけも出来ず、皇帝の第一の結婚式は、人生最大の汚点となったのだった。

そして、皇帝はこの後民衆から


「結婚式で、気に入らない行動をとったら、最愛の花嫁ですら切って捨てる男だ」


とささやかれ、いっそう恐ろしい男だと噂されるようになったのである。

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