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おかしくなるアパート

作者: カワラヒワ

 遊びに来ていた小学四年生の姪に、怖い話しをして、とせがまれた。ぼくもそうだったように、このくらいの年の子は、怖いくせに恐い話しを聞きたがる。

「これは、おじさんが大学生だった時の話し」

 ぼくは話し出した。

「ある所に、そこに住むとおかしくなってしまう、といううわさのアパートがあった。大学から二駅。駅から少し離れた所にあって、ちょっと不便だったけど、家賃がすごく安かったから、地方からくる貧乏学生には喜ばれていたんだ」

「うん、うん」

 姪は目を輝かせて、うなずいた。


「三階建ての小さなアパートで、見た目には別に変わった所もない普通のアパートだった。けれど、そのアパートが立つ前は、お墓だったとか、殺人事件があった現場だったと言われていた。他にもいろいろうわさがあった。夜中に変な唸り声がきこえたり、どんどんとドアを叩く音がするとか。赤いドレスを着た女の幽霊が、部屋の隅にうずくまっているのを見たとか」

「幽霊アパート?」

 姪が体を乗り出してきいた。

 ぼくはうなずいて話しを続けた。


「大体の人は、そんな不気味なことがあると、すぐに出て行くそうだけど、我慢してそこに住み続けていると、おかしくなってしまうんだ。聞こえない声が聞こえるようになって、見えない物が見えるようになる。そうなったら、急に大声でさけんだり、外に飛び出して走り回ったりするんだ」

「え~、いやだ~」

 姪が頭を振って言った。

「そんなアパートにぼくの友達が住むことになった」

「ええっ、うそ! どうしてそんなところに。そのお友達は貧乏だったの?」

「いいや、貧乏じゃなかった。家からの仕送りもあったし、バイトもしていたし。ただの物好き。そういうのが好きなやつだったんだ」

「へえ~、そんな人もいるのね」

「いるんだよな、そんなやつが。それで、そのアパートに住みだして、数日は何事もなく快適に暮らしていたよ。静かでいい所だなんていって。実際、静かな所だった。周りは山に囲まれていたし、家もあんまりなかったし。少し、離れた所に、結構大きな病院があるだけだった。 でも、ある日、大学にやってきた友達がぼくの顔を見るなり言ったんだ。『出やがった』ってね」

 姪が口に手を当てた。びっくりした目が見開かれている。

「幽霊が!?」

 姪がたずねた。ぼくはこっくりとうなずいた。

「友達の話しはこうだった」

『昨日の夜中、むし暑くて目が覚めたんだ。扇風機のタイマーが切れていたから、俺は扇風機のスイッチを入れようと体を起こした。そうしたら、立っていたんだよ。男が! 扇風機の後ろに。背が高くてがっしりとした体に黒いスーツ姿だった。長めの髪が顔の半分を隠していたから、顔ははっきりと見えなかったけれど、半開きの口は見えた。その口が何か言いたげに動いたんだ。俺はギャっと叫んで布団を頭からかぶった。幽霊だ。とうとう出た。俺は布団をかぶったまま、しばらくじっとしていた。数分してから、そっと布団をめくると、そこに誰もいなかった』


「今までになく真面目な顔で、友達は言ったけれど、ぼくは笑って言った。寝ぼけていたんだよ。幽霊が出るかもしれないなんて、思っているから幻を見たんだ、って。そうしたら友達は、そうだよなあ。寝ぼけていたんだよなあ。幻だよなあ、あんなのは・・・。と元気なく言った。それでぼくは、でも、もし幽霊だったとしても、見て見たいって言っていたんだから、見られてよかったじゃないか。それとも、もう怖くてあの、アパートには住みたくなくなったか? ぼくは友達をからかった。すると友達は『怖いわけないだろう。面白くなってきたところだ。ずっと住むに決まってる』といった。負けん気の強い意地っ張りなやつだったからなあ」

「それからどうなったの?」


「友達は自分でいった通り、そこに住み続けた。それから一ヶ月ぐらいたって、友達は車にはねられて大けがをした」

「ええっ! まさか、我慢してそこに住んでいたせい?」

姪がきいた。

「ぼくは友達が入院している病院にお見舞いに行った。どうして車なんかにはねられたんだときくと、友達は幽霊に追いかけられて外に出たと言った。その後、気がつけばベッドの上だったらしい。車にはねられたことは記憶にないと言っていた」


「その事故で友達は左腕をなくしてしまった。アパートでは毎晩、変な声が聞こえたり、おばあさんや女の子の幽霊が部屋に現れたり、怖いことがいろいろ起こっていたらしい。それなのに、そこから出て行かなかったから、こんなことになったんだって、友達は言っていたよ」

「キャア~、怖い」

姪が小さな悲鳴を上げた。

「いやよ、兄さん。そんな恐い話しなんて聞かせて、夜眠れなくなるじゃない」

 妹が部屋に入ってきた妹がいった。駆け寄った姪の頭をなでる。

「怖かった~。でも、おもしろかった。おじさん、また、聞かせてね」

 二人は部屋から出て行った。


 ぼくは車椅子の向きを変えて机にむかった。

 なくなった右足に視線を落とす。

 あのアパートはまだあそこにあるのだろうか。

 でも、ぼくは本当にばかだったなあと思う。早くあのアパートを出ればよかった。そうすれば、足を失うこともなかったのに。ぼくは大きなため息をついた。



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